言い訳ばかり言う妹は、私の婚約者がほしいらしい 

新 星緒

寝室で

「だってメイシアお姉様が悪いのよ」

 ユウラの非難がましい声にため息をつきたくなった。


 ユウラはひとつ年下の妹だけど、私とは母が違う。お父様が庶民の女性に生ませた子だ。

 どうやら外聞をはばかるような顛末の末に授かった命らしいのだけど、逞しいユウラの母親は女手ひとつで娘を育てていたみたい。けれど流行り病で急逝。母親の仕事仲間がユウラを我がリゴーニ侯爵家に連れてきて、父の悪事が発覚した。

 しかもろくでなしの父はユウラを孤児院に入れようとしたらしい。それを寛大なお母様が諫め、家族に迎え入れたそうだ。


 今から十年ほど前のことで、私は九つ、ユウラは八歳だった。

 以来私たちはお母様の方針で別け隔てなく育てられたのだけど、ユウラはいまだリゴーニ家に慣れていない。


 というか生い立ちゆえなのか、僻みへきがある。なにかといえば言い訳ばかりだし。

 彼女は勉強もマナーも貴族教養もいまいちで、それを生まれのせいばかりにしているのだ。


『庶民の出だから』とか『母親が居酒屋の給仕にすぎないから』なんて言い訳は可愛いほうで、『メイシアお姉様がすごすぎるから私が悪く見える』とか『メイシアお姉様ががんばりすぎるからいけない』になってくると、さすがに私も面白くない。


 私は私のために努力しているのに、ユウラの怠慢の言い訳にされるのは理不尽すぎる。それに彼女の言い訳は、実のお母様にも私のお母様にも失礼だと思うのだ。


 だから私とユウラは仲の良い姉妹とは言い難かった。

 半年ほど前にお母様が病で亡くなると、ユウラはますます僻みがまじくなり、姉妹仲は冷え切った。だけどまさか――




「メイシアお姉様ってば、私との差をみせつけてばかりなんだもの」

 ユウラが私を見下ろしながら言う。輝かしいほどに勝ち誇った顔だ。

「確かに私の母親は下町の居酒屋の女給しかできないような女よ? でも父親は一緒じゃない。それなのにこの格差。ひどいわよね?」


『格差なんてないわ。あなたが言い訳ばかりして、努力をしなかったからじゃない』


「唯一勝てるのはこの豊満ボディ」

 と、ユウラがむぎゅっと胸を寄せた。十七歳とは思えない爆乳(と、メイドたちが言っていた)が、大胆に開いた胸元から見える。

「メイシアお姉様は貧乳だものね。せっかく美人でも、男の人は喜ばないと思うわ。だって夜会に出るとみんな私の胸を見ているもの」


『……』


「だからね、ノルベルト様も私に夢中になると思うのよね。お姉様さえいなければ。私、ずっとあの人がほしいと思っていたの。一目惚れってやつ?」

 やっぱり。なんとなく察してはいたけれど、あなたもノルベルトを好きなのね。


 ノルベルト・サヴィーニは私の婚約者だ。侯爵家の嫡男で、身分と年齢が釣り合っているという理由だけで決められた政略結婚。だけど彼と私はとても気が合い、今ではお互い以外の相手は考えられないと思っている。

 ユウラが彼を本気で好きならば多少は申し訳なく感じるけれど、だからといって私から略奪しようと考えるなんて。


 とても恐ろしい子だったんだ。

 私が彼女に感じていた違和感は気のせいではなかったのだわ。


「美人で賢くて礼儀作法も完璧、人望もあって素晴らしい友達もたくさん、婚約者は国一番の良い男だなんてずるいと思うの。だからね、こうなってしまったのは仕方ないの」とユウラ。「全部ぜぇんぶ、メイシアお姉様が悪いのよ。私にみせつけるから。だから許してね。恨んだりしちゃイヤよ」


 彼女はそう言って、私の頬に触れた。


「冷たぁい。完全に死んでいるわね。ふふふっ」


 リゴーニ邸の私の寝室。階段から転落して死んだ私はベッドに寝かせられている。お父様は外出中で、使用人たちは慌てふためいてあちこちに連絡をしているところだ。きっとそろそろ侍医が来るころだろう。


 でも来てもなんの役にも立たない。私は死んでしまっているのは確かだもの。だって私は天井付近から自分とユウラを見ている。これってそういうことよね?


 色んな感情が渦巻いて、なにがなんだかわからないけれど――



 バタン、と大きな音を立てて扉が開いた。真っ青な顔色のノルベルトが飛び込んでくる。

「メイシア!」

 悲壮に叫び私に駆け寄る。

「ああ、メイシア!」

 床に膝をつき私の手を取り、ノルベルトが泣き崩れる。


『ノルベルト!』


 彼の名前を叫んでも、反応はない。

 彼の元に行きたいのに体は動かず天井から見下ろしているだけ。


 そんな私の代わりに、ユウラが私のノルベルトに寄り添うようにひざまずいた。

「助けようとしたんです!」

 さきほどまでの歓喜に満ちた顔はどこへやら、ユウラは涙をハラハラとこぼし悲壮な表情だ。


「でもあとちょっとのところで手が届かなくて」

 泣きながらノルベルトに体をすりつけるユウラ。


「俺に触れるなっ!」ノルベルトがユウラを突き飛ばした。「言い訳なぞ聞きたくない! お前の言い訳はいつだって努力しなかったことの正当化でしかないじゃないか! しかも嘘! 全部嘘だ! どうせメイシアを助けようとはしなかったんだろう!」

 ノルベルトは叫ぶと私に向き直り、泣き崩れた。


 あなたがユウラをそんな風に思っていただなんて知らなかった。私は彼女の愚痴を言ったことはない。心の狭い人間だと思われたくなかったから。

 でも話しておけばよかった。私とユウラの関係について。


 ノルベルト。私、ユウラに突き飛ばされて階段から落ちたの。

 彼女に殺されたのよ。


 見栄を張って良い子ぶらないでいればよかった。





 ――ああ。なんとか生き返ることはできないかしら。あそこに私の体が見えるのだから、元に戻れたっていいと思うの。神様、お願い――




 私は、ベッドの中の私にしがみつくノルベルトばかりを見ていた。

 気づいたときには彼の背後でユウラが花瓶を振り上げていて――


『やめてっ!!』


 叫んだけれど、花瓶はノルベルトの頭に叩きつけられ、血しぶきとともに爆ぜた。





 ……そんな



 ……嘘でしょ?






 ◇◇





「……だからね、お姉様」


 媚びているようなユウラの甘えた口調。

 はっとして周囲を確認する。リゴーニ邸の二階の廊下。私はちゃんと普段の目線の高さを歩いている。


 ユウラに突き落とされて死んだのは、夢?


「たまにはこうやって姉妹ふたりきりで過ごすひとときも大切だと思うのよ?」


 そのセリフに息をのんだ。聞き覚えがある。

 ユウラを見る。

 彼女の服装にも覚えがあった。私が殺されたときと同じもの。


「どうしたの? お姉様」

 戸惑い気味に微笑むユウラ。あと数歩で階段だ。




 ――私もずっと言い訳をしていたのだわ。狭量な子と思われないために、『お母様が信頼している子だからユウラは良い子のはず』と考えて違和感に蓋をしていた。


 息を吸い胸を張る。


「私、知っているのよ、ユウラ。あなたは私をここから突き落として殺すつもりでしょう? ノルベルトを奪うために」


 彼女の顔がこわばる。

「な、なんのこと?」

「言い訳はけっこうよ。知っているのだから。私、あなたに一度殺されたの」

「……」

「きっと神様が気の毒に思って時間を巻き戻してくれたのね。哀れなユウラに教えてあげるわ。あなたは私を殺してもノルベルトを手に入れられない。むしろ嫌われる」

「……私、一度お姉様を殺したということ?」

「そうよ」

「ならばまた成功させるまでよ!」


 悪鬼の形相のユウラ。

 彼女が言い訳をしないなんて。本気なんだわ。


 飛びかかってきたユウラとつかみ合いになる。

 今度は絶対に殺されない。

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言い訳ばかり言う妹は、私の婚約者がほしいらしい  新 星緒 @nbtv

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