エクスプローラーキョウコⅡ

最時

第1話 がまん

 冬期北アルプス深部で有名な登山家のキョウコさんと幕営している。

 七日間はかかる行程。

 キョウコさんの予定していたパートナーが体調不良で行けなくなり、急遽、学生である俺に白羽の矢が立った。

 以前から行きたかったルートで、キョウコさんとこのルートを行けるなんて俺にとってはまたとないチャンスだった。

 しかし噂は聞いていたがなかなかの変人だ。

 まだ道半ばだが、あらゆる意味で無事に降りられるか日々不安が募っていく。


 今夜はこの時季には珍しく快晴となった。

 ただ、放射冷却で気温はすでに-20度を下まわっている。

 寒さには比較的強い方だと思うが外でじっとしていると寒さを感じる。

 だが、それが気にならないくらいの美しい星空だ。

 冬の澄んだ空気で、街の光が入らず、しかも新月だ。

 最高の星空だった。


 少しでも荷物を軽くしたい横断ルートだが、重いカメラを持ってきたかいがあった。

 もともと俺が登山を始めたのは写真を撮るためだった。

 冬期北アルプス深部の星空は撮りたかった写真の一つ。

 しかもこのコンディションで撮れるのは一生無いかも知れない。

 俺は寒さを忘れて撮り続けているとキョウコさんがテントから出て来た。


「この寒い中、まだ撮ってるんだ。だけど、確かに凄い綺麗ね」

「はい。最高です」

「ヒマラヤも良かったけど、今日のこの星空は今までで一番かも」

「本当ですか。声かけていただいてありがとうございます」

「こちらこそ。今年は行けないかなって思っていたところだから」


 俺は小さな三脚にカメラを固定してシャッターを切り静かに離れる。

「夜通し撮るの?」

「はい。タイムラプスです。雪上で安定していないので近づかないでくださいね。あとライトも付けないで下さい」

「えー。こわいー」

「もうテントに入って下さい。俺はちょっとトイレへ」


 カメラを見つめるキョウコ

「・・・ そんな、ダメだって言われると気になっちゃうじゃん。どんなの写っているかちょっとだけファインダーのぞいて見よ。」

 静かにカメラに迫り、伏せてそっとファインダーをのぞく。

「あっ、すごい綺麗」

「何してるんですか」

 キョウコを後ろから見下ろすように立っている。

「あっ。早かったね」

「静かに下がって下さい」

「はい」


 キョウコはほふく後進で下がってきた。

「まったく。中山さんに聞いていたんですよ。行くなとか、やめろ、って言うとやるから絶対言うなって。ジョークかなと思っていたんですけど」

「中山君大げさだから(中山は槍ヶ岳から逆さ吊りの刑で確定)」

「それで何してたんですか」

「どんな映像撮れてるのかなって」

「カメラがブレたら台無しなんですから」

「だけど気にならない?」

「なりません」

「しっかり写ってなかったら台無しじゃん」

「設定も電池も全部確認してあります」

「よかった。忘れているんじゃないかなって思って」

「・・・ ありがとうございます。寝ますよ」

「あっ。怒ってる?」

「大丈夫ですよ」

「ゴメン。明日ライチョウ捕まえて撮らせてあげるから」

「天然記念物なんだからやめて下さい」

 また不安が募った。

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