いいわけ大魔王

明弓ヒロ(AKARI hiro)

いいわけが多すぎる

「なんだ、この手応えの無さは?」

 魔王が放ったデストロイバーニングこの世の全てのものを焼き尽くす炎が、勇者の振るった渾身の一刀によりかき消えた。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。呪文屋の主人が病に倒れていなければ、お前など消し炭になっていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が恨めし気な目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「俺にはいきつけの呪文を買う魔界の本屋があった。だが、その主人が病に倒れてしまったのだ。魔法の本の呪文の力は、作り手の魔力に比例する。今の俺の魔力は、普段の十分の一にも満たない。そこら辺の雑魚モンスターと同じだ」

 魔王が自嘲気味に勇者の問いに答えた。


「なにい! 普段の十分の一にも満たないだと! そんな奴を倒したら逆に俺の名が落ちる。今日のところはいったん引く。次に会った時には互いに全力で戦おうぞ」

「勇者様、何を言ってるのですか! 弱っているなら今が絶好のチャンスです!」

 そう言って戦いの場を去ろうとした勇者を、賢者が慌てて引き留める。


「いや、正々堂々戦うのが本当の勇者だ」

 渋る賢者を引きずるようにして、勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 魔王が呼び出したジャイアント巨大なメドヴェーチはちみつを食べるもの(ロシア語で熊のこと)を、勇者が一刀両断した。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。俺が子どものころから大切にしていたぬいぐるみを召使が捨てなければ、お前など虫けらのように踏みつぶされていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が悲し気な目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「俺には生まれたときから、いっしょにいた熊のぬいぐるみがあった。今は世界中から恐れられている俺だが、子どものころは弱虫でな。夜中に怖い夢を見て起きたときでも、その熊のぬいぐるみで癒されていたのだ。だが、そのぬいぐるみを最近雇った召使が捨ててしまった。使い魔の力は、その依り代となる物体と使い手との絆の深さによって決まる。さっき俺が召喚した奴の依り代は、昨日買ったぬいぐるみだ。もし、俺が大切にしていたぬいぐるみを使って召喚したら、その力は百倍、いや、千倍を超えていたはずだ」

 魔王が残念そうに勇者の問いに答えた。


「なにぃ! 百倍、いや、千倍を超えていただと! そんなものを召喚されていたら俺は負けていたかもしれない」

「勇者様、まさに絶好のチャンスです! さっさと魔王を倒しましょう」

 ここぞとばかりに賢者が勇者をけしかけた。


「いや、ここはいったん引こう」

「なぜです!」

 勝負を付けようとする賢者とは逆に、勇者が剣を収めた。


「子どもの頃から大切にしていたぬいぐるみを失くしたばかりの魔王を討つのは忍びない。魔王よ、悲しみが癒えたときに正々堂々、勝負をつけようぞ!」

 お人好しの勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 勇者を狙って投げた魔王のヘラクレススピア大牛の角槍が、あさっての方に飛んで行った。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。俺の装備がぐちゃぐちゃになっていなければ、お前など串刺しになっていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が残念そうな目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「俺には普段、武器や防具の手入れをする召使がいる。だが、年には勝てずとうとうこの世を去った。その息子が後を継いだが、こいつが不器用でな。海神の作った防具とサラマンダーの鎧を取り違えたり、ペガサスのブーツと鋼の靴を片方づつ俺に履かせようとしたり、もうぐちゃぐちゃで収拾がつかない。今日も、俺のお気に入りの一角獣の角で作った槍ではなく、大牛の角で作った槍を持たせやがった。一角獣の角で作った槍を投げていれば、お前が城の庭に入ったときに串刺しにしているわ」

 魔王が呆れたように勇者の問いに答えた。


「なにい! 俺が城に入った時点で串刺しにしていたと!」

「勇者様、いちいち相手にするのはやめて、さっさと魔王を倒しましょう」

 ここぞとばかりに賢者が勇者をけしかけた。


「いや、ここはいったん引こう。本当なら、俺はこの場に来る前に死んでいた。俺は、庭に入ったときに槍が飛んでくるなど警戒していなかった。俺はまだまだ未熟だ。修行をして出直してくるとしよう」

 自分に厳しい勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 夜空に輝く星さえも砕くという魔王が振るったワンド・オブ・キングダム王者の杖が、魔王の手からすっぽ抜けた。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。俺が寝不足でなければ、お前など剣ごと粉々になっていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が眠そうな目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「お前との勝負を万全とするために、俺はこのワンド・オブ・キングダム王者の杖を探しに魔界の森に行ったのだ。だが、この杖は巨大な虹がかかった満月の夜、妖精の歌が聞こえる場所にしか姿を現さん。だが、そうそう条件が重なることはなく、夜な夜な徘徊散歩し、ようやく昨晩、この杖を手に入れることができたのだ。今は寝不足で全く力が入らんが、ちゃんと睡眠をとっていたら、お前など……」

 勇者の問いに答えている途中で、魔王は眠ってしまった。


「魔王が眠っている今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

「いや、眠っている敵を襲うのは卑怯すぎる。ここはいったん引こう」

 自分もひと眠りするかと勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 魔王のへなちょこパンチが、勇者の鎧に当たって跳ね返された。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。俺が筋肉痛でなければ、お前のどてっぱらに穴が開いていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が痛そうな目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「正々堂々、お前と拳と拳の勝負をするために、俺は激しい筋トレをしているのだ。効果を出すためには強い負荷をかけての筋組織の破壊と、休ませての筋組織の超回復を繰り返す必要がある。今は、ちょうど筋組織を破壊しているところだ。休ませて超回復すれば、俺の筋力は今の一万倍にはなるだろう」

「なにい! 一万倍だと!」

「勇者様、たぶん嘘だと思いますが、いずれにせよ今は動けないようなので、さっさと魔王を倒しましょう」

 今日こそはと賢者が勇者をけしかけた。


「いや、ここはいったん引こう。こいつが筋肉痛になったのは、俺と正々堂々の勝負をするためだ。だったら、俺はそれに応える義務がある」

 仁義に厚い勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 魔王の唱えたワールド・イレイサー全てを無に帰す呪文が、不思議な力でかき消された。

「今がチャンスです! 勇者様、止めを!」

 凶悪なモンスターを率い人間を苦しめてきた魔王を退治せんと、遥かな異国からきた勇者と王国一の賢者の長い旅も、ようやく終わりだ。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。今日が七の日でなく、四か九の日であれば、運命は逆になっていたものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が四苦八苦した目で睨みつけた。


「どういうことだ」

「七の付く日は、ラッキー7と言って運が人間の味方をする日だ。つまり、逆に俺たち魔族にとっては不幸な日だ。アンラッキー7とでも言おうか。八も末広がりと言って人間にとって幸運な数字だ。それに対し、四や九の付く日は俺たち魔族が有利で、人間が不利となる。人間と魔族の運命を懸けた決戦なら、どちらにとっても公平な一や三、五の日がいいだろう。だが、十三は人間によって不幸な数字だから、気を付けたまえ」

「そんな屁理屈を言い出したらキリがありません。仮にそうだとしても、運も実力の内です。さっさと魔王を倒しましょう」

「いや、屁理屈も理屈の内だ。日を改めて出直すとしよう」

 今は七月だから十月まで待つかと思いながら、勇者が魔王の城を後にした。



◇◇◇



「なんだ、この手応えの無さは?」

 魔王の斬撃を、勇者の渾身の斬撃が迎え撃った。


「魔王、これが最後だ」

「残念だ。お前がアルティメイトウェポン伝説の剣さえ手にしていなければ、実力では俺が勝っているものを」

 必殺のアルティメイトスラッシュ究極の一撃の構えを取った勇者を、魔王が悔しそうな目で睨みつけた。


「お前はいつもいつも言い訳ばかりだな。この剣のどこがアルティメイトウェポン伝説の剣だ。こいつは只のそこらへんで売っている剣だ」

 勇者が小馬鹿にしたような目で、魔王をせせら笑った。


「なにぃ! 勇者が持っているのは、アルティメイトウェポン伝説の剣のはずだ!」

「確かに勇者が持っているのは、アルティメイトウェポン伝説の剣だ。だが、俺は勇者じゃない」

 勇者の体が煙に包まれ、煙が晴れるとそこには賢者の姿があった。


「お前は、勇者の偽物か!」

 魔王の顔が驚きに歪む。


「あいつは、勇者というよりただの馬鹿だな。このままじゃ埒が明かないから、俺が王に諫言して今頃は牢の中だ。貴様の首は俺が貰う。死ね、いいわけ大魔王!」

 一閃、賢者が剣を払うと、魔王の首が落ちた。


「ふっ、あっけないな。さっさと倒せばいいものを、あの馬鹿が」

 そういって賢者が魔王の城を去ろうとすると、

「馬鹿はお前だな。賢者を名乗りながら、愚か者めが」

 切り離された魔法の首が、地面から賢者を見下しせせら笑った。


「おのれ、化け物め! さっさと死ね! フレイムファイヤー

 賢者が呪文を唱えると、魔王の首が炎に包まれた。


「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」

 だが、炎の中から魔王の狂笑が賢者に浴びせられた。


「お前は何もわかっておらん。俺を殺すことが何を引き起こすのか」

 狂笑しながら、魔王の声が城に響いた。


「貴様の言う通り、俺は”いいわけ大魔王”。だが、俺が存在しているおかげで”いいわけ”が俺に封じられていた。しかし、お前は俺を殺した。これがどういうことになるか、まだわからんのか」

 魔王の狂笑に皮肉が混じった。


「俺が死ねば、俺の中に封じられていた”いいわけ”が世界中に蔓延はやるぞ。人間たちも、どんどん”いいわけ”をするようになる。自分がしでかしたことの始末を、しっかりと自分の目で確かめるんだな」

「まさか」

 魔王の言葉に賢者が凍り付いた。


「勇者はそれがわかっていた。あいつこそ、本当の賢者だ。賢者であり勇者だった」

 勇者に会えたことが、滅びつつ魔王にとって喜びであった。


「戻ったら、お前がどんないいわけをするのか。今のうちによく考えておくがいい」

 それが、魔王の最後の言葉だった。



◇◇◇



 そして、魔王の言ったことは本当になった。”いいわけ大魔王”が滅んだのち、人間はたくさんの”いいわけ”をするようになった。


 ”お題が悪いから書けない”、”書く時間がない”、”☆や♡を付けてくれないのでやる気が出ない”、”コメントがうざい”、などなど、人間はしょっちゅう”いいわけ”をする。


 あなたも”いいわけ”をして、お前は”いいわけ大魔王”だと言われたことがあるだろう。それは、砕け散った”いいわけ大魔王”の魂が、あなたの中にもあるからだ。


―了―

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