ゼムナ戦記 翼の使命

八波草三郎

翼持つもの

出会いは雨の日(1)

「ま、まさか、貴様は!?」


 航宙船から飛びだしてきた機動兵器がその全貌を現す。背中に畳んでいた推進機スラスターを広げると、その様はまるで翼のようである。


「誰が呼んだか正義ジャスティの翼ウイング! ここに見参!」

 青年が名乗りを上げる。

「星間銀河にはびこる悪は、誰が許してもこの俺が許さない!」

「たった一機ででかい口を! やってしまえ!」

「できるもんならやってみな!」


 翼をひるがえした人型機動兵器はアームドスキン。柄のようなグリップを脇から抜くと光る剣身が現れる。

 三十を超える敵を前にビームランチャーをかまえて撃ちながら、ばっさばっさと斬り倒していった。翼持つヒーローが通り抜けたあとには無数の光球が花開いていく。


「この翼の前に影など無し! 正義の力、思い知ったか!」


 悪を成敗した正義のヒーローはポーズを決めて去っていく。救われた人々は口々に感謝を述べて彼を讃えた。


「零細輸送業を営むアリスター・ウイングマン。彼の真の姿は正義の使者『ジャスティウイング』である。星間銀河のどこであろうと、その翼の前には悪の栄えた試し無し。明日もどこかで翼がはばたく」


   ◇      ◇      ◇


 ナレーションが終わると「つづく」の立体文字が徐々に3D投射スペースを占めていき番組が終わった。コリューシャ・ヴィヨルンはようやく終わったかと思ってため息を吐いた。


「今日の配信分も格好良かったな、ジャスティウイング」

「うんうん、あの決めポーズがたまんないよね」


 少年たちは主人公の真似をしながらはしゃいでいた。客がいないので許しているが、騒がしいことこのうえない。


「ほら、雨が小ぶりになってきた。今のうちに帰ったほうがよくない?」

 ウインドウガラスの外を示す。

「ほんとだ! ありがとう、リーシャ」

「またね、リーシャ姉ちゃん」

「はいはい、今度はお姉さんかお母さんを連れてくるのよ」


 彼女が営んでいるのはビューティーパーラー。ヘアアレンジメントが生業である。どんな商品であれネットを介せば即日に届く現代においても、廃れないのがこの職業。


 とはいえ短時間でカットのすむ自動理容機器は存在し、彼らのような少年はその世話になっている。コリューシャが相手にするのは、ヘアアレンジにこだわりのある男女。独自のセンスと確かな技術を要求され、顧客の細かな要望を現実にする職業として生き残っている。


 一部サービス業、エンターテインメント界隈を除いて店舗を構える産業が少なくなっても彼女のような仕事は街中に存在した。非常に小さな店ではあるが。


(本当に正義の味方がいたらね、こんな苦労はしなくてすむのに)

 憂鬱な気分になる。

(だいたい、零細輸送業を営んでるただの男が、あんな大きな最新機動兵器を運用維持できる? とんでもないお金が掛かるはずよ。同じ零細店舗を運営する身としては呆れるような設定)


 需要が限られる以上、利益は知れている。客は宣伝費に予算を掛けられる大手チェーンがほとんどさらっていく。そんな状況下で、十八の娘がなんとか細々と経営しているのだから褒めてほしいくらいだ。


「あ、研ぎに出した鋏を取りに行かなきゃ」

 配達費用さえ預金トレド残高に優しくない。

「もー、また雨強くなってる。あーあ。母さん、鋏の受け取りに行ってくるから、お客さん来たら待ってもらってて」

「はい、待てる方はね」

「うん、お願い」


 シェードコートを羽織って店を出る。撥水素材を叩く雨粒の音がけたたましい。かなり勢いが強まっていた。


(こんな天気じゃお客さんも来ないし、そんなに急がなくてもいいか)


 金属加工ショップを訪って目的の鋏を返してもらったコリューシャは濡れる足元を気にしながらも雨の街を歩きはじめる。行く人の少ない歩道はいつになく歩きやすかった。


「あ!」


 声がもれる。普通であれば気にもしない光景。ただし、彼女の意識に触れるものがあれば無視できない。


(あの仕草)

 よく知るものである。


 ビルの軒に佇んで雨宿りしている男性。少年と青年の境目に位置する年頃。ちょうど彼女と同じ年代であろう。一見して、呆然と視線をさまよわせているように思える。


(見えない人だ)

 特有の仕草なのである。


 ふと気づいたように彼女に顔を向けてきた。その様子に「あれ?」と思ってしまう。でも、行き過ぎたりはできなかった。


「困ってます?」

「ちょっとだけ」


 柔らかな声音がコリューシャの耳に流れ込んでくる。彼の特異な容姿と相まって不思議な空気を醸しだしていた。


 注目したのはその瞳。右目は紫なのに、左目は澄んだ緑色をしている。焦点を結んでないのは彼女が予想したとおりなのだが、どこか違和感があった。

 真っ直ぐで暗めの銀髪は首元を超えるあたりまで。長いまつ毛を毛先がこするくらいの前髪が細い眉を覆っている。

 端正な顔立ちの肌は結構浅黒い。日焼けでなく地黒なのだとわかる。そこへ柔らかな稜線を描くまぶたに縁取られた優しげな目。素直に伸びた鼻筋。そして、微笑をたたえた薄めの唇へと続く。


(なんだか神秘的まである)

 心のなかで感嘆する。


 特異な点はそれに収まらない。額には輪環状の装具ギアを着けている。耳にも端子部が伸びていて、そこには微細なセンサー類を備えているようだ。


(なんだっけ? 確か軍人さんが着けてたような)

 見覚えはあるが名前まで出てこない。


 服装も深紫のフィットスキンだ。その上に光沢のある素材のショートブルゾンを羽織っている。それは主に宇宙を生活の場とする人々がしている格好。


(なんだかアンバランスなんだけど、困ってるのは変わりないのよね)

 彼ににっこりと笑いかける。


「君、目が不自由なんでしょ?」

 善意を示せば不躾でもいい。

「よくわかったね?」

「うん、身内に……、母もそうなの。だから仕草でわかっちゃった」

「それは大変だ」

 本人が最も理解できるはずなのに、どこか他人事な感じ。

「君もじゃない」

「この雨はね。参ってる」

「じゃあ、うちに来る?」


 手を握って誘った。瞬きをくり返して驚いた様子の男性は目を細めて彼女を見た。表情の変化が相手に与える印象をよく知っている者の行動だった。


(慣れてる。きっと長いんだ)

 周囲の反応を理解しているからこそ。


 シェードコートの中に招き入れる。大きめとはいえ、二人が収まるといささか狭い。身を寄り添わせなくてはならなかった。


(なんだか恥ずかしい)


 彼は介助に慣れている様子。無理のないよう、コリューシャの腰を抱いて引き寄せてきた。あまりに自然な仕草だったので、つい身を任せてしまう。


「えーっと……、こっち。わかる?」

 身体を向ける。

「あんまり気にしなくていいよ。見えてるんだ」

「え?」

「頭のこれ、σシグマ・ルーンっていうんだけど、感応用のギアだから。ぼくの目は機能してないけど、このカメラが代わりに映像を脳に直接送ってる。だから君のことはちゃんと見えてる。同い年くらいだよね? 優しくてかわいい人に声掛けられてびっくりしちゃったよ」


 ふわりとした声音が意外な事実を告げてくる。驚いて彼を見た。詫びるようにウインクしてくる。


(もー、今になってすごく恥ずかしくなってきちゃった。頬が熱くなってるのまで見えちゃってる?)

 身をよじるが彼は放してくれなかった。


「ぼくはジュネ」

「わたし、コリューシャ」

 名乗り合う。

「みんなはリーシャって呼ぶからそれでいい」

「じゃあ、リーシャ。雨の間はお世話になっていいかな?」

「うん、大丈夫。狭いとこだけどよかったら」


(とっても不思議な人。この年頃の男の人って遠慮があるか下心があるかどっちかって感じなのに、そんなとこが全然ない。まるで十くらい離れてそうなほど)


 コリューシャは不思議な出会いにどこか胸踊らせていた。

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