【超短編】あの頃、この桜並木で
茄子色ミヤビ
【超短編】あの頃、この桜並木で
「知ってるかい?桜の木の下には死体が埋まっているんだ」
突然彼氏にそう言われ、私は背中がぞわっとした。
当然怖いという意味ではない。
ここはあの頃と変わらず、私たちが通っていた中学の通学路だったものだから、すれ違う後輩たちに今の妄言が聞こえなかったかヒヤヒヤした。
「桜と死体。繋がりがあると感じるのは不思議かい?でも理解できる気がする。理解しようとしてしまう。美しいものと死は相性がいいんだ」
その時、ざぁっと風が吹き桜の花びらが舞い散る。
私はいつ踵を返してこの場から逃げてしまおうかと様子を伺う。
「桜は美しいよね、千切れて舞うだけなのに美しい」
人差し指を立てながら私に近づいてきた。
私は顔が熱くなるのを感じた。
先も言ったがこの桜並木は通学路で、さらに今は下校時間で人通りが多いのだ。
付き合い始めて3年になる彼氏なのだが…ほんとうに…この…これは…本当に勘弁してほしい。胸が痛い。
「ところで、この道にある桜は何本植えられているか知っているかい?」
「……言わなきゃだめ?」
「何本あるか知ってるかい?」
私たちを通りすぎた中学生がクスクスと笑う。
ぐぬっ…そうか、あのときこんな気持ちだったのか。
「に…28本」
私は桜並木の入り口に書いてあった看板の通りに答えた。
「そう、僕らのクラスの人数と同じだね!」
「あ!あのさ!!」
一刻も早くこの場から離れねば。
なぜなら目の前から中学生の集団が群れを成して歩いてきているからだ。
彼氏の大仰な身振り手振りに既に彼らは興味を示しているように見える。
仮にそれが気のせいだったとしても…これ以上は私の心がもたない。
しかし彼氏は続けた。
これ見よがしに続けた。
まだ地面に落ちたばかりであろう綺麗な桜の花びらを一枚拾い上げながら
「まだ暖かい気がするね、死んでいるのに」
と、それを口元に運んできて、ふぅと吹いて中学生の集団へと飛ばした。
ついに中学生たちは「なにごとだ?」と私たちを見てきた。
げふっと私の口から赤いものが出た気がした。
これは以上は本当にまずい。
私は隣のこの人とは関係ないと、それとなく彼から離れた。
「あの出口の2本の下にだけ死体が埋まっていないんだ…なぜか分かるかい?」
しかしコイツは私の背中に手を回し抱き寄せながらそんな事を言ってきやがった!
その先は言わなくても分かってると
頼むからそれ以上は辞めてくれと
どう懇願すべきか悩んでいる内に…すべては手遅れになった。
「僕らの分さ」
正面からの私たちの横を通りすぎた中学生は、間違いなくその言葉を聞いていた。
しかしその痛々しい空気に全員が黙りこくっていた。
そして、なんなら少しでも関わらないようにと静かに加速し…私たちから10メートルほど離れたところで爆発したように笑った。
「ぷっ…あははははっは」
と、中学生の笑い声が聞こえた彼も、ついに我慢しきれずお腹を抱えて笑い始めた。
よし…中学時代の私のマネをするのは今後一切禁止にしよう
【超短編】あの頃、この桜並木で 茄子色ミヤビ @aosun
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