第五五節 「一九番」の赤いユニフォーム
九時四五分。両校のスターティングメンバーが発表され、電光掲示板に選手の名前が表示された。
大石はロッカールームでこの試合での戦術を伝える。陽太達は頷きながら大石の話に耳を傾ける。
「以上だ。持てる力を全て出し切って来い!」
「はい!」
そして、スターティングメンバーはユニフォームに着替え、階段前でスタンバイする。隣には対戦相手の稲松商業高校のスターティングメンバーが並ぶ。
彼らの姿を見ず、前を向く山取東高校イレブン。
九時五五分。両校のスターティングメンバーがピッチヘと姿を現す。その瞬間、スタンドから拍手と歓声が起こる。
整列後、握手を交わす両校のイレブン。
そして、両キャプテンがセンターサークルの中心で向き合う。主審のコイントスでエンドが決定した後、改めて握手を交わす。
そして、両校のイレブンはポジションへと散る。
陽太達リザーブメンバはベンチで試合開始のホイッスルを待つ。
そして、一〇時丁度。
「ピーッ!」
ホイッスルが鳴り、稲松商業高校のキックオフで前半の四〇分が始まった。
稲松商業高校はしばらく細かくパスを繋ぐと、八番の選手が左サイドへボールを出す。
ボールを受けた七番の選手がそのままドリブルでサイドを駆け上がる。
幸俊がコースを塞ぐようにべったりとつく。七番の選手はパスの出しどころを探る。山取東高校はそれを見てゾーンを敷く。
パスコースを上手く塞ぎ、じりじりと七番の選手へと迫る。
すると、七番の選手の名前を呼ぶ声が。そして、その選手はゾーンを上手く抜け出し、サポートへ。
七番の選手はサポートに来た六番の選手へパスを出す。ボールは繋がり、ペナルティーエリア前へ。
樹と一対一の状況。互いに様子を窺う。
次の瞬間。
六番の選手はふわりと右サイドへボールを上げる。そして、一〇番の選手がオフサイドトラップをかわし、頭で合わせる。
混戦のゴール前。芝に弾んだボールを幸秀が左手で弾く。流れたボールを九番の選手が押し込もうとするが、幸秀が再び弾く。こぼれたボールを健吾がタッチラインの外へ。
稲松商業高校のスローイン。
幸秀は立ち上がり、健吾とハイタッチを交わす。
「やっぱり強いな。
幸秀がボールを貰う六番の選手を見つめながら言う。
「そう簡単には勝たせてくれないだろうな。松葉とかがベンチにいるけど、それまで俺達がどれだけ持ち堪えられるかだな」
健吾は言う。
これは、大石も同じ考えだった。
六番の選手がスローインを出す。ボールを受けた一〇番の選手はドリブルでペナルティーエリア内へ侵入。
そして、九番の選手へ。
右脚を振り抜いた。
ボールは枠を捉えたが幸秀がパンチング。ボールはまだ生きている。一〇番の選手が拾い、ふわりとやわらかいボールを上げる。
そのボールに反応した一一番の選手が頭で合わせる。
ボールは僅かに枠を捉えきれず、ゴールポスト横を転がり、山取東高校のゴールキックとなった。
「仮に出番が回ってきたらかなりのプレッシャーだな…」
隣に座る将が少し弱気な公太を見る。
確かにな。
将は前かがみに近い姿勢で戦況を見守る。
「でも、逆にチャンスとも捉えることができるよな」
今度は公太が将を見る。
確かにな。
すると、公太の表情に滾るものが浮かぶ。
「活躍して、勝ったらヒーローになれるぞ!」
陽太が言う。
その表情は楽しさそのものだった。
ネガティブに捉えるな。ポジティブに捉えよう。
そう言いたかったのだろう。
高校入学後に克服した弱点、そこから身に付いた強み。
山取東高校に入学したからこそなのだろう。
陽太は大石を見る。目に映るのは腕を組みながら戦況を見つめる大石の姿。教壇に立っている時とは違った姿。ベンチから見る大石とスタンドから見る大石の姿は陽太には違って見えた。
教師であり、監督である大石。
「俺は仙田達が卒業する年に異動になるだろう」
大石が以前話していた言葉が陽太の頭の中で再生される。
これには何か意味があるのでは。
陽太はそう思った。
試合は稲松商業高校ペースで進む。
〇対〇で迎えた前半三一分。
稲松商業高校はコーナーキックを得る。
八番の選手が右足でゴールへ向かう軌道のボールを上げる。そのボールに反応した九番の選手が頭で合わせる。
ボールは枠を捉える。
幸秀が腕を伸ばし、ペナルティーエリア外へ弾き出す。
しかし、そのボールは一〇番の選手へ。そして、そのまま右脚を振り抜いた。
それからまもなくして、ゴールネットが揺れる音が。
得点が認められ、稲松商業高校が先制した。
ボールをセンターサークルへと転がす幸秀。その姿を見て、健吾は幸秀の背中に手を置く。
「まだ前半だ。チャンスはある。切り替えよう!」
幸秀に声を掛け、ポジションへ戻る。
ごめんな…。
幸秀は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
だが、フィールドプレーヤーは誰一人も下を向いていない。
俺が取り戻す。
そういった気持ちがこもっていた。
その後はゴール前まで迫ったが、GKのファインセーブもあり、一対〇で前半が終了した。
ベンチ裏へと下がる両校の選手。
山取東高校のロッカールーム。
大石は幸秀の背中に手を置きながら言葉を交わす。
大石の言葉に耳を傾ける幸秀。
しばらくして、大石は陽太を見る。そして、歩み寄る。
何かを伝えるかのように。
背筋が伸びた陽太。
それからすぐに陽太の耳にこのような言葉が届く。
「後半、頭から行けるか?」
えっ…。
一瞬戸惑いを見せる陽太。しかし、それは大石が陽太の力を必要としているということ。
「はい!」
力強い声で返すと大石は頷く。
「頼むぞ」
陽太の左腕に手を置き、公彦の元へと歩いた。
陽太は一つ息をつき、天井を見る。
陽太の高校公式戦デビューが近付いている。
俺に出番が回ってきた。絶対勝つ!まずは同点に追いつかないとな。よし!
自身に気合を入れた。
将は陽太の表情を見て、全てを察した。
「行くぞ!」
「はい!」
ハーフタイムが終わり、ピッチヘと戻る。
続々と選手が出てくる。
そして、二二人目の選手が出てきた瞬間、山取東高校のスタンドから拍手と歓声が起こった。
和正達の目に映るのは「一九番」の赤いユニフォーム。
和正達は電光掲示板を見る。
そこにはLEDによって映し出された「仙田陽太」の文字。
「ピーッ」
小賀市サッカー場に歓声とともに後半開始の、仙田陽太の高校公式戦初出場を知らせるホイッスルが響いた。
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