第三八節 何が起こるか分からない
翌朝、六時二分。微かに聞こえる雨音で陽太は目を覚ます。カーテンを開けると、小さな雨粒が窓を打ち付ける。
晴れの前日から一変して、この日は雨。
しかし、陽太はポジティブに捉える。
制服に着替えると、サッカー雑誌を手に取り、椅子へ腰掛ける。頁を捲ると、この年のインターハイの特集記事が陽太の目に飛び込む。陽太は開いた頁の記事を目で追う。
インターハイは五二校が出場。県内からは吉田体育大学附属高校が出場する。前年のインターハイ決勝戦を四対一で制した。
そして、二人のプロ選手が誕生。
国内最強の呼び声高い高校だが、監督である高山は高校総体県大会決勝戦後のインタビューの中でこう話す。
-我々は『最強』と一ミリたりとも思っていません。強い高校さんは数え切れないですから。『最も強い』が最強ですが、私の中の『最強』は圧倒的な差を見せる強さだと思っています。実際、県大会ではそのような強さを発揮できませんでした。選手と共に私も成長していきます。-
練習試合では六失点と大敗を喫した山取東高校。選手層の違い、連携の浸透度などの理由があるが、大石は試合後、森にこう話した。
「同じ高校生だ。勝てないことはない。相手がプロ候補の集まりで『最強』と呼ばれていてもだ。何が起こるか分からない。劣勢の状況から流れが変わって勝つことだってある。そのためには試合の流れを良い方向に変えることが出来る選手が必要だ。実際、このチームにいるだろ?一人」
この言葉で森の頭の中に一人の生徒の顔が浮かんだ。
「しかし、今はまだ公式戦に出せる程の選手ではない。まだ持っているものを出せていない。技術とは違うあいつにしかないものを。それを引き出すことがチームの勝利に、そして、あいつの将来に繋がるんだ」
技術は必要だが、それだけでは先発の座を掴むことが出来ない。技術以外に必要なもの。それは、その選手しか持っていないものだ。
健司をはじめ、大石、和正や大輔などもその選手が持っているものに気付いている。
いや、もう一人。
五月の練習試合終了後、高山と大石の会話の中で、ある人物が話題に上がった。
「良い選手が入ってきましたね。一番厄介な選手でしたよ。うちにはいないタイプの選手だなと思いながら観てました」
「一番伸びしろのある選手です。それに、あの子にしかないものがありますから」
大石が話すと、高山は少し羨ましそうな表情を見せた。
陽太にしかないものに高山が気付いたからだ。それが脅威になる。技術が伸びれば更に。
高い技術を持った選手を集めても絶対勝てるわけではない。長年指導する中で高山自身、それに気付いた。
この練習試合で改めて。
六得点を記録したが、高山は圧倒的な強さを見せることが出来なかったと感じた。
山取東高校のとある選手のプレーで幾度となく得点の芽を摘まれたからだ。
彼に負けないように高山は選手を鍛え直すと心に誓った。
その後しばらく大石と言葉を交わした後、お礼を伝え、その場を後にした。
高山のインタビューはこの練習試合を経験したからこそだった。
ふと、寝室の時計へ視線を向ける陽太。時刻は六時五三分。
陽太はサッカー雑誌を本棚へ戻すと寝室のドアを開け、階段を下り、リビングのドアを開ける。
「おはよう。出来てるよ」
ダイニングテーブルには朝食が並べられている。健司は椅子に腰掛け、朝刊を広げている。
陽菜の姿はない。
陽太は椅子へ腰掛け、手を合わせる。
陽太が味噌汁を啜り、器を置く。同時に、健司は朝刊をたたみ、陽太に声を掛ける。
「一次予選から波乱が起きたな」
その言葉に陽太が頷く。
高校総体県大会に出場出来なかった高校がシード校を破ったのだ。
敗れたのは県大会の常連校。一校ではなく、五校以上。
何が起こるか分からない。
これがスポーツの面白さで怖さでもある。
一瞬の気の緩み、プレッシャー、戦術への対策など理由は様々。
二次予選のメンバーは未定。大石はどのようなメンバー構成で臨むのだろうか。
自身はメンバーに入ることが出来るだろうか、どこまで勝ち進めるだろうか。あれこれ考えながらご飯茶碗を持つ陽太。それと同時に、陽菜がリビングのドアを開ける。
「おはよう」
陽菜は笑顔で挨拶すると椅子へ腰掛け、陽太を見つめる。
健司も。
二人が何を思ったかは陽太には分からない。
しかし、それはポジティブなこと。
陽太は視線を気にすることなく、ご飯茶碗を置く。
「行ってきます!」
陽太が学校へ向かい、玄関のドアが閉まる。
「何が起こるか分からないね」
「ああ。それがスポーツの面白さで、怖さだからな」
ダイニングテーブルの上に広げられた朝刊の地域面を眺めながら健司と希が言葉を交わす。紙面には一次予選のスコアが。
シード校の三分の一以上が一次予選で姿を消した。二次予選では更なる波乱が起こるかもしれない。
そう思ったのは健司と希だけではない。
山取東高校の職員室。大石は朝刊に目を通す。
「まさか、シード校が一次予選でこんなに姿を消すなんてな…。二次予選は波乱続きになりそうだ。メンバーをどうするか…」
大石は朝刊を鞄へ入れ、腕を組む。
しばらくして、大石の頭の中に一人の一年生部員の顔が浮かぶ。
「まだ早い…。だが、見てみたい気持ちもある…」
葛藤する大石。
大石の選択が山取東高校男子サッカー部の、その部員の命運を握っていると言っても過言ではない。
何が起こるか分からない二次予選を山取東高校はどのように戦うのだろうか。
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