第七節 練習試合当日
五月四日、朝五時二六分。小鳥の囀りで陽太は目を覚ます。
胸に手を当てると、鼓動が高鳴っていることに気付く。
六時前。仙田家は陽太以外、誰も起床していない。陽太は部屋の窓から外の景色を眺めた。空には雲一つない。
「走ってこようかな」
ジャージに着替えた陽太はジョギングを始める。見慣れている景色。だが、この日はその景色が違って見えた。
道を進む陽太。
すると、しばらくして。
「絶対大丈夫!」
どこからかそのような言葉が陽太の耳に届く。陽太は一度立ち止まり、周囲を見渡す。しかし、誰もいない。
「誰だったんだろう…」
首を傾げた陽太は進行方向を見据え、再び走り出した。
六時二〇分過ぎに自宅へ戻った陽太。すると、リビングのドアの向こうから水道の水を出す音が陽太の耳に届く。
陽太がリビングのドアを開けると、キッチンに立つ希が陽太へ視線を向ける。
「おはよう。早いね。もうちょっとで出来るから待っててね」
「うん」
陽太はドアを閉め、シャワーを浴びに浴室へ。シャツは汗びっしょりになっていた。
シャツを洗濯機へ入れ、シャワーのお湯を出す。お湯が陽太の汗を洗い落としていく。
一五分程して、陽太は浴室から出る。そして、リビングのドアを開け、ダイニングの椅子へ腰掛けた陽太はテレビを点ける。すると、天気予報が陽太の耳に届く。
「今日は一日晴れるでしょう」
雨の心配はない。
しばらくして、希が朝食をテーブルへ置く。
ご飯に豆腐とわかめの味噌汁、卵焼き、ほうれん草のお浸し。
試合を考えた献立だ。
「いただきます」
手を合わせた陽太は箸を持ち、食べ始めた。
それからおよそ三分後、陽太が味噌汁を啜っていると、リビングのドアが開く。
「お兄ちゃん、早いね…」
陽菜だ。
ドアを開けた陽菜は目を擦りながら陽太を見つめる。
「試合だからな。陽菜も早いな」
「何でか分かんないけど目が覚めちゃった…」
陽菜は一つ
「お兄ちゃん」
陽菜の声でご飯茶碗を置く陽太。
「どうした?」
陽太の問いから若干の間があり、陽菜は 「ううん…。やっぱりいいや」と答え、キッチンへと歩く。
「ごちそうさま」
陽太はキッチンへ食器を運び、寝室へ戻る。そして、スパイクなど道具に不備がないか確認し、寝室のドアを開ける。
「行ってきます」
キッチンに立つ希に声を掛けた陽太は玄関へ。すると、追いかけるように希が小走りで玄関へ。そして、一本の水筒を陽太へ手渡す。
「ちゃんと水分摂るんだよ?」
「うん」
頷いた陽太は水筒を受け取る。
「よし!じゃあ、行ってこい!」
陽太は希の言葉に力強く頷き、玄関のドアを開ける。ドアが閉まると同時に、健司が希へ声を掛ける。
「行ったか」
「うん」
「そうか」
短い会話の後、何かを祈るように、二人はドアを見つめる。
八時前、陽太は男子サッカー部の更衣室で着替え、練習場へ向かう。到着すると、和正達が各々練習していた。
「陽太!」
和正が陽太へ声を掛け、歩み寄る。
「眠れたか?」
「ぐっすりだよ。和正は?」
「俺は何だか目が冴えちゃって。緊張のせいかな」
陽太と和正はしばらく言葉を交わし、パス練習を始めた。
九時過ぎ、大石と森が練習場に姿を現す。その瞬間、陽太達は一斉に大石と森の元へ。
「全員いるな。今日は強豪の吉田体育大学附属高校さんとの練習試合。名前に臆することなく全力でぶつかってこい!」
「はい!」
大石の言葉に一年生部員全員が声を合わせた。
しばらくして、練習場に挨拶の声が響く。
「おはようございます!」
吉田体育大学附属高校の男子サッカー部員だ。全員が頭を下げ、挨拶。
続けて陽太達も。
吉田体育大学附属高校の部員は大石の誘導で体育館へ向かい、練習着に着替える。
体育館から出た大石は吉田体育大学附属高校の監督と握手を交わす。
「本日はよろしくお願いします。大石先生」
「こちらこそ、よろしくお願いします。高山先生」
吉田体育大学附属高校サッカー部監督、
大石とは選手時代、大会で数度対戦しており、互いを認知していた。
しばらくして、吉田体育大学附属高校の部員が体育館から姿を現し、練習を始めた。その様子を眺める陽太達。
その瞬間、陽太達はレベルの高さを思い知らされる。
「すげえ…」
陽太はそう言葉を漏らし、その場に立ち尽くす。
彼の目に映ったのはまるでプロのような相手選手の動き。
「ほんとに全員一年なのか…?」
陽太が言葉を漏らすと、和正の「一年だってよ…」という力のない声が。
「試合になるのかな…」
陽太、和正だけでなく、山取東高校一年生男子サッカー部員全員がそう思った。
「集合!」
大石の声で陽太達が集まる。
「では、スターティングメンバーとリザーブメンバーを発表する」
大石は一枚の用紙を挟めたボードを右手に持ち、
DFでは和正の名前が呼ばれた。
「MF」
その瞬間、陽太の鼓動が一気に高鳴る。
「村山、
やはり入れないか。
陽太がそう思った次の瞬間。
「仙田」
陽太の名前が呼ばれた。
陽太は少し遅れて「はい」と応えた。
「やったな!頑張ろうぜ」
和正は囁くように言葉を掛け、陽太の背中に手を置く。
「以上だ」
リザーブメンバー発表終了と同時に、やる気に満ち溢れる部員、落ち込んだように俯く部員の姿が陽太の目に映る。
大石はボードをベンチへ置く。そして、陽太達を見つめ、言葉を掛ける。
「では、もう一度言う。全力でぶつかってこい!」
「はい!」
メンバーに選ばれた一年生部員は各々準備を進める。
「まさか、俺が選ばれるなんて…。練習試合さえ無理だと思っていたからな…」
スパイクの紐を結びながらそう呟く陽太。その後姿を大石と森が見つめる。
「陽太君を…」
森の言葉に大石は頷く。
「一ヶ月で見違えるほど伸びた。まだまだ伸びしろがある。観てみたいだろ?現段階でどれくらい通用するか」
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