第4話 2話に一回ペースで気絶する男

 突然、目が覚めた。

 眠気など一切なく、快調な目覚めだ。心なしか、体調が良くなった気もする。

 ここは屋内のようで、俺はベッドに寝かされているみたいだった。

 もちろん仰向けなので、天井を見る事ができる。


「……知らない天井だ」


 一度言ってみたかったセリフをこぼしてから、額の違和感に気づく。

 試しに触ってみると、ヌチャリという感触が。

 それは、水を含んだ布だった。

 かなりの時間乗せられていたのかもう温くなってしまっていたが、これが乗せられているということは熱を出したりしたのだろうか?


 自分の貧弱さに憂鬱になりながらも、体を起こす。

 とりあえず布はそばにあった机に乗せておき、ベッドから身体を出す。

 ずいぶん安っぽいベッドで、とても質がいいとは言えない品質だったが、こういうことは口に出さない。

 万一誰かに聞かれたら気まずいし、何より失礼だからな。それに、人としてなってないとも思う。これが、人に嫌われないための気遣いよ! ……実践したのは初めてだが。

 まあ、それはいいとして。


 ここは何処だ? おそらく、本日2回目の問いを浮かべる。

 机とベッドが一つだけという、寝る以外の使用法を微塵も考えられていない機能重視の内装を見たところ、誰かの家の寝室というのが一番納得できるが……あの美少女の家だろうか?

 最後に覚えている記憶と照らし合わせると多分あの美少女が介抱してくれたのだと思うけど、どうだろう。

 ……もしかして、道に置き去りにされて別の誰かに拾われただけなんてこともありうるのだろうか。

 流石にそんなことをする子には見えなかったが、人という生き物はすぐに裏切る。

 彼女が赤の他人である俺を見捨てたとしてもおかしくはなかった。

 例え何年共に居ようとも、裏切る時は一瞬だ。

 ほんの一瞬しか会っていないのなら、裏切られてしまうのも当然……。


 と、卑屈になっていたがそんな心配は杞憂だったと思い知らされる。


「あっ、起きてる。気分はどう? よくはないと思うけど」


 あの美少女が、水の入った桶を持って部屋に入ってきたのだ。


「喉とか乾いてる? あと、お腹空いてたりとか。もしそうならいつでも言ってくれれば……」

「……なんで」

「ん?」


 たくさん気にかけてくれる美少女。それは嬉しかったが、俺の中では嬉しさより重要な、気になる事があった。


「なんで、助けてくれたんだ?」


 さっきも考えていたが、俺と彼女は赤の他人。わざわざ直接助けずとも、誰かに預けるなりすればそれで良かったのだ。

 なのに、助けてくれた理由。

 それが気になり、いつの間にか口から飛び出していた。

 美少女は少し困惑したような表情で、けれど言い淀むことなく言い切ってくれた。


「なんでって……だって、あんなところで倒れられて見捨てられるわけないじゃん?」

「……ははっ」

「えー、なんで笑うの」


 その答えを聞いて、俺はつい笑ってしまった。

 至って普通の、“人”の情。それにしてはあまりにも迷いがなく、ただ純粋な想い。

 この子には果たして、裏なんてあるのだろうか?

 前の世界では最後、俺は人の“裏”を目の当たりにして逃げ出した。

 だが、裏がみえないこの子は……信じられるかもしれない。

 そんなことを考えると、今まで疑っていた俺が馬鹿みたいで、笑いが溢れてしまったのだ。

 大丈夫だよ美少女ちゃん、君のことは笑ってない。

 そう思っていたのだが、口に出さねば伝わらない。少女は不貞腐れた顔のまま、「じゃあさ」と仕返しのように質問をしてきた。


「じゃあさ、なんで君はわたしを助けてくれたの?」


 俺はイカした返答を思いつき、笑みを隠しきれないまま答える。


「……あんなところで襲われてて、見捨てられるわけないじゃん?」

「あっ、ずるい! それさっき私が言ったやつ!」


 美少女は納得いかないというふうに頬を膨らませるが、その仕草がまた可愛く、男の恋心ハートを打ち抜ける破壊力を秘めていた。

 が、俺はそういったちょろい男ではない。

 可愛いとは思うが、まだ惚れてはいないのだよ。……多分。


 美少女は笑い続ける俺にイラついたのか、水につけたまま絞っていない布を投げつけてきた。


「このー!」

「ふべっ!」


 見事顔面にクリーンヒット。

 絞られていなかったせいで、顔の周りがビチャビチャになってしまった。

 そんな俺の有様に満足したのか、美少女は満足げに笑うと。


「さて、と……じゃ、わたしは君が起きたっておじさんに伝えてくるよ」

「おじさん?」

「この宿屋を経営してるおじさん。一応報告したらすぐ戻ってくるけど、何かあったら呼んでね! えっと……」

「……? どうした?」

「名前、なんだっけ?」


 ああ、そういえば。まだ自己紹介を……いや、ここは敢えてかっこよく言おう。


「まだ名乗っていなかったな……俺の名前は理一りいちだ。片落理一かたらくりいち。びしょ……君は?」

「へぇ、リーチ……あんまり聞かない感じだね。私はミーシャ。よろしく!」


 なんだかイントネーションが違うように感じたが、まあ些細な違いだったので気にしない。

 美少女改め、ミーシャは手を振ると部屋を出て行ってしまった。


「にしても、随分と楽しい子だったな。……ミーシャ、か」


 日本ではほとんど聞かない名前だ。というか、漢字じゃない。

 外国のどこかでありそうな雰囲気だ。

 また仰向けになると、改めて実感する。


 ——ああ、俺は異世界に来てしまったんだ、と。




         ◇◇◇◇◇◇




 ミーシャは、薄暗い廊下を歩く。

 あの“カタラク・リーチ”という少年が目覚めたことを報告するためだ。

 報告の相手は、父親ではない。

 相手は、ミーシャが今泊まっている宿を経営している“ビルド”という男だ。


 ミーシャは路地裏から抜けた時、突然気絶してしまった理一の扱いに困った。

 介抱するべきだとは思ったが、どこへ連れて行くのが正解かわからなかったのだ。

 病院へ連れて行くにはお金が足りないし、自宅へ連れて帰るには距離が遠い。

 そんな時、思い出したのが今泊まっている宿の主人だった。


 ここからそう距離もなく、安らげる場所。

 他に選択肢もないと、ミーシャは理一を連れて帰ったのだが、ビルドと鉢合わせたのだ。

 勝手に宿泊人数を増やしたら怒られるか? とミーシャは不安になったものの、ビルドは怒ることなく迎え入れてくれた。

 それどころか、熱が出ているか確認して冷たい布巾まで持ってきてくれたのだ。


 なので、理一の目覚めを一番に報告する相手が“おじさん”ことビルドなのである。

 廊下を歩き終え、ミーシャは騒がしい部屋と繋がっている扉を開く。

 途端に、薄い扉で遮られていた笑い声は爆音となってミーシャの耳に響き渡った。


「お前、ま〜た振られたのか? 今週で何度目だよ!」

「今週で、ええと……四回目っす」

「毎日じゃねえか! ブハッハハハハ!」


 ミーシャが泊まっているこの宿屋は、宿泊だけでなく同時に飲食店も経営している。

 当然酒も販売しているので、こうして酒に呑んだくれている大人が多数いるのだ。


 ミーシャはそそくさと移動して、厨房の方に声をかける。


「おじさーん! いるー?」


 程なくして、厨房の奥からフライパンを持った大男が現れる。ビルドだ。


「ああ? なんだ、嬢ちゃんじゃねえか。どうした?」

「さっき、あの男の子が目を覚ましてさ、その報告!」

「そうか、死んじゃいなかったか。じゃ、そこで少し待ってろ」

「……? うん、わかった」


 簡潔に会話を交わし、ビルドはまた厨房の奥の方へ入っていった。

 言われた通りに待っていると、数分後、ビルドが何かを持って現れた。

 両手にもたれていたのは、三つの料理を乗せたトレーだった。

 もっとも、そのうちの一つはただのパンであり、調理されたものは二つだが。

 トレーに乗っていた料理は、優しい色のスープと肉と野菜の炒め物だった。


「このスープとパンをあのガキに食わしてやんな。スープにつければパンも柔らかくなるし食いやすいだろう。お前はこっちを食え」


 訳もわからぬまま渡されたトレーにミーシャは困惑していたが、この説明を受けてようやく理解した。


「ありがとう、おじさん!」

「ああ。食い終わったら食器持ってこいよ」


 お礼を言って部屋へ戻ろうとしたミーシャは、ピタッと止まってビルドの方へ振り向く。


「……あの」

「……? なんだよ」

「これのお代って……」

「あぁ? そんくらい、サービスだサービス」


 その言葉を聞いたミーシャは、喜びのあまり全身を震わせて小さくジャンプした。


「……ッやったー! ありがと、おじさん‼︎」

「おい馬鹿! そんな暴れると中身溢れるぞ!」


 そんなビルドの忠告を聞くより先に、ミーシャは跳ね上がるテンションをそのままに部屋へ駆け戻っていた。


「……ったく、器用な真似するガキだ」


 そして、ビルドは呆れて厨房へ戻ろうとして……。


「……おい、聞いたか今の?」

「ああ。聞いたぞ」


 テーブルの方から、そんな声を察知した。

 嫌な予感がして、歩みを止める。


「おい、てめえら何勘違いしてるか知らねえが——」

「お前らぁーっ! 今日はビルドのサービスだとよー!」

「「「ウオオオオォーー!」」」

「なっ⁉︎」


 嫌な予感が的中し、客の一人がそんなことを喚き出した。

 そいつは常連で、店主のビルドとも仲が良かったが……店側にとって洒落にならないことを言い始めた。


「おいおいおいビルドさんよぉ〜! 急にサービスってどんな風の吹き回しだよ!」

「あぁ⁉︎ んなこと一言も言ってねえよ、全部お前の勘違いで……」

「あー? なんだってー? 聞こえんな〜あ……。あ、追加の酒を持ってきてくれ! もちろん、サービスで!」

「…………」


 ビルドはその常連の元へ向かい、頭にポンと手を置き……。


「ん? なにこの手? いいから、酒を……ぐああああっっ‼︎ いでっ、いでっ! いでででででで!」


 そのまま鷲掴みにし、力を込めた。


「うるせぇ! 調子に乗んのも大概にしろ!」

「ええっ⁉︎ だってお前、酒はサービスだって……‼︎」

「んなこと言ってねえよ、酒の飲み過ぎだ!」

「グワァァァァァァァァァーーッッ‼︎」


 そんな断末魔が、宿全体に響き渡った。

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