第2話

 「何かしら? 恋文なんかじゃなかったみたいだけど」


 手紙の中には、私の知恵が借りたいと書かれてある。そんなの今まで一度もなかった。


「ほら、ちゃんと読んでおかないからそうなる。この手紙の差出人は随分前に君のことを頼ったみたいだけど、かなりの時間君はそれを放置していたんだ」


「それは悪いことをしちゃったわね。すぐにお断りの返事をしなくちゃ」


「断るのかい?」


「そりゃそうよ。こんな面倒くさそうな手紙、本当は無視してしまいたいところ。だけど、送り主だって立場ある人でしょうから……。私これでも気を遣っているのよ?」


 恋文でさえ辟易としているのに、こんな得体の知れない手紙を相手なんてしてられないわ。


「相談してきてるんだよ? それに差出人の彼は何も求婚してるわけじゃないし、多分どうしようもなくなって君を頼ってきたんだ。話くらい聞いてあげてもいいんじゃないのかい?」


「彼? 何言ってるの、モミジ?」


「へ?」


「この手紙を送ってきたのは女の人みたいよ」


 モミジは引ったくるように私から手紙を取り上げた。


「名前なんて書いてないじゃないか」


「名前なんてなくとも、完全に女の字じゃない?」


「字に男や女があるのかい?」


「妖って実は人間のことをあんまり知らない?」


 人間なら、赤ん坊でもない限りはみんなこれが女の書いた字だと分かる。


「まあ知らないな。でもなんだ? ってことは女が聡子に手紙を書いたってことか?」


「そうなるわね。こうなると、風変わりな恋文の線も完全に消えてしまったわね」


「そうかい? 人間ってのは面白いもんだ。あり得ないことなんてないさ」


「ハハ! 何言ってるのよ。この相手の女性はなかなか真剣みたいだから、そう茶化しちゃいけないわ」


「でもあまりに情報がない。この人は誰なんだ?」


「それは行ってみないと分からないわね。場所は、左京二坊……」


「行くのか?」


「まさか……」


「そう言うと思った。聡子の面倒くさがりは異常だからな。わざわざ行くわけない」


「言い方はなんだか癪だけど、その通りね」


 私がわざわざ行くわけないでしょ? 手紙から切実なのは伝わってくるけれど、名前も明かさない女の子のために行ってあげる義理なんてない。


「しかし、無視してしまえば家名に傷がつくんじゃないのかい? 聡子の父上がどう思うだろうか?」


「なに? 脅してるつもり? そんなこと言っても無駄よ? だってこの手紙をすぐに燃やしてしまえば済む話だもの」


「あれ? 聡子もしかして知らない? 君の父上は君宛ての手紙を全部確かめてるんだよ?」


「は? それ本当?」


「本当だよ。全部見てるもの。君は見られないように捨てているつもりかもしれないけれど、父上は前もって全部目を通してるんだよ」


「……! 知りたくなかったな」


「ま、そういうことだから、燃やしてもしょうがない。君への依頼はすでにお父さんに知られてるってことさ」


 ……じゃあ私が手紙をほったらかしにしてるのも父上には知られてたってこと? あえては言ってこないだけで、少し怒ってるかも!?


 それはまずい。あまりに怠惰だからっていって、嫁に出されるようなことがあってはたまらない! 私の生活はこの部屋の中だけで完結しなくちゃいけないんだ!


 ……そのためなら……そのためならば、甘んじて受け入れよう。


「仕方ないわ……うぅ……悲しいけれど、約束のところに行かないと……」


「ただ人と待ち合わせするだけの人間のものとは思えない悲壮感だね」


 外に出るなんていつぶりかしら? 誰かに姿を見られないようにしなきゃ。いや、べつに出ちゃ駄目なんてことはないんだけど、見られてしまって、「橘家のあの娘、実は外に出てくるらしい。思いのほか活発な娘だ」なんて思われてしまったら、ようやく最近減り始めた求婚がまた増えてしまうかもしれない。


 そんなことになると、とても面倒くさい。寝る時間と本を読む時間のどちらかが消えてしまう。……あ、そうだ。


「そうだよ! 代理で桐たちに行ってもらえばいいじゃない!」


「ダメに決まってるでしょ。そんな失礼なことできるわけない。相手だってそれなりの身分のお人なんだ。ごねてないでさっさと行ってきな。ただでさえもう何日も待たせてるんだから」


「行ってこいって……モミジは?」


「え、私? 何が?」


「あなたも当然来るでしょ? 当たり前よね?」


「え! 私君が生まれてから一度もここから出てないんだよ?」


「そんなの知らないわよ。この私が出るって言ってるんだから、あなたも出るのよ! さあ! 行きましょう!」


「いや、ちょっと待って……」


「まだぐちぐち言うつもり?」


「違う……ほら、夜に来いと書かれてるだろ?」


 あら、ほんと。早とちりしちゃったわ。


 陽が落ちてすぐに出発した。目立たないから、夜というのはかえっていいかもしれない。暗いのはあまり得意ではないけれど。


 私は平民の女に変装をしている。私が私であることを隠すためだ。決してバレてはいけない。隣を明らかに人間じゃないモミジが歩いているのは変な感じだけど、彼女の姿は他人には見えていない。


 二人して、うつむきつつ自分の足で手紙の主のいる場所へと向かった……。

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