魔女のレコード
聖家ヒロ
本編
私は洋館でレコードを見つけた。
煤と埃、そして虫モンスターが纏わりついた、明らかに古い代物。その背面には“わたしの記録”と、丸みを帯びた字で書かれていた。
型が古い。私は持ってきた解析用ビットを展開し、まん丸としたそれから放たれたコードがレコードに突き刺した。
やがてビットはホログラム映像を投影し、再生バーを生み出した。
「再生して」
私の一声で、五分以上はある再生バーが歩み始める。暫く雑音が続き、やがてはそれを切り裂くようにして、女性の声が微かに聞こえてくる。
『えー、あー、こほん……聞こえてるかな……機械弄るの苦手なのよね』
その声は、字と同じくらい丸みを感じられた。可愛らしく、小柄な女性を彷彿とさせる声だった。
私は思わず、その声に身を委ねた。
『どうも、私は“魔女”です。森の片隅で、弟子達と仲良く暮らして……いました』
突然、その声から活力が無くなる。
どうした、何があった。有名なスポーツ選手の不調を見ているような気分になり、気分が昂った。
『これを聞いてる人は、魔女かな、魔法使いかな……それとも、それ以外の人かな……どうでもいい、誰にしても、話さないといけないことがあるもの』
『いい? これの前の誰かさん。驚かずに聞いてね』
どきどき。胸がさらなる昂ぶりを見せる。初めてロボットに乗った時以来の胸の昂ぶりが、私を襲う。
しかし求めていない、聞き飽きた銃声らしき音声が、私の期待を突き破って聞こえてくる。
『アランっ! いや……! 駄目っ……!』
空気が灼かれ、灼熱が広がる音。誰かの死を嘆く音。これも聞き飽きた。私が求めるのは、あの丸くて優しい声のみだ。
しばらく、聞き飽きた地面を駆る音が続き、ようやく求めていた声が聞こえてきた。
『……よく聞いてね。レコードの前の誰かさん。できれば……この時代の人じゃないほうが、私的には嬉しい』
心して聞く。心して聞くから、もっと、もっと聞かせてくれ。
『あぁ……駄目だ。ちょっと待ってて。煤が目に入って、痛くって……』
相当痛いのか、丸い声がノイズが走ったかのように震えてくる。
心待ちにしていると、彼女の丸い声が、また戻ってきた。
『ふぅ……落ち着いた。ようやく話せる。もっかい言うけど、よく聞いててね』
私は息を呑む。
ホログラムを突き抜けてしまいそうなくらいに、画面に顔面を近づけて。
『“魔法”の世界は終わる。これからは“機械”の世界が始まる』
『魔法がモンスターを退治して、魔女や魔法使いが崇められる世の中は、もう終わる』
『だからね……せめて……せめて……わたしだけを認めてなんて、わたしだけを覚えていてなんて言わない。
わたし達魔女や魔法使いがいた世界があったって事を、忘れないで……』
『魔女と魔法使いは、殲滅される。だから、これを聞いている誰かさんが、わたしたちより後の世代に生きる人であることを願うね……』
『――に。きをつけ――ばんめの魔女――』
再生バーが右端に到着した。
異様なまでの静けさが辺りを包み込み、私は喪失感に支配される。
私は結局、聞き飽きた音しか聞けなかった。
もう沢山だ。銃の音も、燃やす音も、嘆く音も聞き飽きた。
だからよく聞いてほしい。
私の事を覚えていてなんて言わない。
あのレコードの内容を、どうか覚えていてはくれないか。
これを聞くのが私のような人間ではないことを、心から願う。
――再生終了。
魔女のレコード 聖家ヒロ @Dinohiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます