リサイクルショップ『異世界堂』〜世界の歌姫(女神)に怒られる店長(魔王)の言い訳〜

椎楽晶

リサイクルショップ『異世界堂』〜世界の歌姫(女神)に怒られる店長(魔王)の言い訳〜

 ここはリサイクルショップ『異世界堂』。名前の通り、異世界から流れて来た漂流物を修理したり素材として売るお店です。

 ここで言う『異世界』とは日本のこと。

 私はその日本から流されてきて気がついたら店長さんに助けられていた。

 店長さんは緑の髪で耳の尖ったいかにもな見た目のエルフ…なんだけれど、本当はこの世界と一緒に産まれた、この世界の『魔力を司る存在』=魔王。

 世界にいくつかある『異世界』からの漂流物が流れ着く場所のうち、唯一『生きた人間』が流れ着くお店の裏にある池を秘匿するためお店を始めたらしい。

 この世界には『人間』は存在しない。

 肉体的にも能力的にも最弱な私は、実は1歩も外に出ていない。

 窓から見る景色の異様さと来店するお客さんの人外っぷりを目の当たりにすれば、納得して引きこもりにもなる。

 元々インドア派だし、それほど苦痛には感じないのが幸いしてる。

 何より無理に外出して死にたくはないからね。


 今日も今日とて、朝起きて店長さん作の朝食をモソモソと食べる。

 基本的に店長は超ショートスリーパーな上に燃費も良いので晩ご飯くらいしか食べない。お昼の休憩も私にはしっかりランチが準備されているけれど、店長さんはお茶とお菓子程度。

 今頃はお店の外の清掃と棚出しをしているはず…と、思っていると階下から轟音と色々なものが壊れる音、何より地震のように家屋の揺れを感じて迷わずダイニングテーブルの下に隠れる。

 地震大国日本で生活していて、身に染み付いた習慣だ。一説によると、そのまま閉じ込められたり圧死の危険性もあるらしいけれど…どうなんだっけ?

 いまいち危機感薄く避難していると、揺れは程なく収まった。けれど、階下では何やら大騒ぎの声が聞こえてくる。

 地震が原因でもなかったので、恐る恐る様子を見に降りることに。

 本当は最弱の私は何事かあったら店長さんの足手纏いになる。けれど、現状把握も出来ずに待機はできそうになかった。

 猫すら殺す好奇心だ。

 

 そっと階段を降り、そのままゆっくりお店への扉を覗く。

 幸いにも慌てた店長さんが開けっぱにしていたので、物音を立てて開ける必要がなくて良かった。

 覗き込んだ店内は、まるで竜巻の直撃を受けた後のよう。

 棚も売り物もめちゃくちゃで、窓ガラスも天井のランプも粉々になって床に散っている。

 特に被害が大きいのが扉で、蝶番は吹っ飛び、木枠に嵌められていたステンドグラスは木っ端微塵だ。

 しかし、そんな惨劇の店内なんてオマケにしか見えなくなる…恐ろしいほどの美女が立っていた。

 黄金と見紛う金髪に深い青い瞳の超絶美女。

 男性にしても高身長な店長さんと並んでいても遜色ないほど背が高い。

 ボンキュボンのナイスバディを水着にロングパレオ巻いただけにしか見えない凄い格好で肌のほとんどを晒し、細い腕には腕輪が幾重にも重なりシャラシャラと楽器みたいな綺麗な音をさせている。

 そんな芸術品の楽器みたいな腕に、キラキラした薄いショールを引っ掛けているが多分あれは装飾だな。防寒だったり露出を抑えるための使用法じゃない。

 それにしても、あの芸術品のような女性がこの惨状を起こした?

 とてもじゃないけれど、こんな事なんか出来なさそうな見た目ににしか見えない。。

 けれど、忘れちゃいけないのがここは『異世界』だという事。

 背は高いが体は薄い店長でさえ、漂流物の冷蔵庫だとか大型のモニターだとかを一人で軽々と持ち上げる。

 魔法的なものの力なのか、そもそも筋力が人間とは違うのかはわからない。

 とりあえず、ただの『人間』の私は何とも貧相で貧弱に見えただろう。

 そんな水着の超絶美女さんは店長さんにプンスコ怒られているけれど、どこ吹く風で笑っている。いろんな意味で強い。

 思わずまじまじと見すぎて美女と目が合ってしまった。

 バチっと音でもしそうな勢いであった視線。驚愕の後に複雑な感情で顔を歪ませる美女。

 すごいな美女って眉間にと小鼻に皺寄せて、唇曲げても美女だ。きっとその筋の趣味の方には興奮の表情だろう。

 目の前の女性の変化に気がつかない訳もなく、店長さんも視線を追ってこちらを振り返る。



 「あなたは何を考えているの!?」


 それまでヘラヘラ笑っていた美女が、瞬間で沸騰し烈火の如く怒り出すしヒールの音も高らかにこちらに向かってくる。

 店を荒らされプンスコしていた店長さんが、いや〜その〜なんて言いながら指をもじもじしつつ言い淀みつつ、美女の目から必死に私を隠すように目の前に立ち塞がった。

 一進一退の攻防が行われている。

 雇われている身としては、雇い主の意を汲んで引っ込んだ方が良さそうかな?


 「あの、私…部屋にいます!ごゆっくり!!」


 『あ、ちょっと…』と追い縋ろうとしたのを、おそらく店長さんが防いだのだろう。特に引き止められずに自室に逃げ込む。

 一体、店長さんと美女はどんな関係なんだろう?

 お客さん…って感じではなかった。そもそも客ならお店の商品を壊すなんてしないだろう。欲しいものが並んでいたかもしれないんだし。

 長くなるかもしれないし、何をして暇を潰そう…と、考えながら何気なく本棚を眺めているとフッと思い出した。

 朝食の途中だったので、全部…どころかほとんど手付かずだ。

 『あ〜』と、ため息と悲嘆の声を同時に出す。

 まぁ、たまたま昨日、珍しく売れ残ったクッキーを貰ったやつがある。お茶はないけれど、水差しの水で十分だ。

 私はこの世界の文字の練習に使っているノートを広げ、幼児向けの絵本の文字と照らし合わせながらゆっくり読んでいく。

 時折、クッキーを齧り水を飲み、まだ朝の空気を纏った風に揺れるカーテンを目の端に入れつつ絵本に集中した。





 地下の作業場で、近々くる予定の仲介人に渡す漂流物のチェックをしている時、この店の四方10kmに張り巡らしている結界がブツリと千切れるのを感じた。

 仮にも創世記から生きている魔王の結界に干渉し、突破し、開けた穴から崩壊する前に修復frきる存在なんてたった一人しかいない。

 それが分かっているから、結界の異変と同時に駆け出し店に向かったけれど…遅かった。

 轟音と共に玄関は破壊され、家も相当揺れた。

 きっと2階であの子が怖がっている。不安と混乱で泣いているかもしれない。今すぐにでも駆けつけたかったけれど、目の前の彼女を放置する方が危険だ。

 眩しい金髪に深い青い瞳。均整の取れたプロポーションに、シミも傷もない磨かれた白磁の肌。

 歴史に度々登場しては文化・芸術の水準をあげている存在は『歌姫』と呼ばれ、気まぐれで世界中に出没し、助言し、歌って踊って回る。

 史書では各年代に現れた『歌姫』は、同一の特徴を持った別人だと記されているが当然だ。何十年、何百年に1度現れる人物が同一人物とは思うまい。長命な種族もいるが、それでも1000年単位では流石に考えない。

 彼女は僕と同じ存在。創世記に世界によって世界に産み落とされた…燃えたぎる命の象徴として在る『女神』。

 その女神が、先ほど奥に引っ込んだひ弱な命の存在を目にして怒っている。

 あんなに弱くて儚くて脆い存在を、守るどころか魔王の都合で塗り替えようとしているのに大激怒をしている。

 『女神』が感情のままに振る舞えば、大地がどうなるかすらも忘れて怒り狂っている。

 当然だ。コイツはそういうさがだ。

 美しいものを愛でる女神、自身が光り輝く女神、争い昂らせる女神、そして愛し育む女神。

 大事に守って育てて看取るべき弱き者を、ぐちゃぐちゃに塗り替えようとしているのが我慢ならないのだろう。

 その怒りによって、今まさに弱き存在が死ぬほどの力を放出してるのすら気がついていない。

 目を吊り上げ、青い瞳は赤く染まり、長い金の髪が蛇のようにうねる。

 綺麗に整えられた爪に鮮やかな赤を載せた指でガツガツを胸を突かれるが、貫通してもおかしくないくらいに痛い。


 良かったな。

 僕が結界を新しく張ったおかげで、お前はあの子を殺さずに済んでいるんだぞ?


 心の中で少しドヤってしまったのがバレて、ついに頭を思い切り叩かれてしまった。

 首が捥げるかと思った…。



 言いたいだけ言って落ち着いたのか、彼女は冷静さを取り戻したようだ。

 それでも残る怒りを吐き出すように、長く深いため息をく。

 

 「一体、何を考えているの?何をしたか分かっているの!?」


 分かってる。全部わかってやってる。

 だって、どうしても欲しくなってしまったから。


 「君だって、2000年前に同じことをしたじゃないか」


 そう。彼女も同じことをした。

 それは異世界の『人間』ではなかったけれど、この世界でもう絶滅してしまったとある種族の最後の一人を愛し、生きながらえさせるために自分の眷属にした。


 「あれは同意だった。何よりあの子はきちんと寿命で見送ったわ」


 一緒にされて心外だ、と吐き捨てる。思い出を汚されたとでも思ったのだろうか?

 それなら僕だって現在進行形であの子…可愛い『人間』との日々を侵略されている。

 とりあえず、もう暴れないだろうことを確認し、店内を元に戻していく。

 店は復元魔法があるから良いけど、売り物はダメだな。壊れているか、高密度の魔力に晒されて染まってしまっている。これじゃあ、漂流物の『無尽蔵に魔力を注入できる』特性が台無しだ。

 僕はイライラしながら前髪をかき上げ彼女を睨みつける。


 「何にしろ『魔王』と『女神』は双極。互いに不可侵の存在だったはずだ」


 これ以上、あの子との生活を邪魔されたくない。

 僕は彼女が眷属を持った時も、失った時もわざわざ会いになんて行かなかった。行こうとも思わなかった。


 「存在を歪めてまで手元に置くの?」


 あぁ、そこが気になるのか。

 確かに、あるがままを受け入れ愛する『女神』には許し難いのかもしれない。

 けれど僕にとっては、手から離れていくのが許せない。

 たとえそれがどんな理由であっても。これは『魔王』としての特性なのか。個人の思考なのかは分からないけれど。


 何も僕に、彼女は諦めた顔をして帰っていった。


 「もっと言い訳するかと思ったら…開き直るなんてね。ど屑が!」


 と、とんでもない捨て台詞と共に…。


 800年程しばらく会わない間に、随分と口が悪くなった。

 第一、彼女に言い訳する意味はない。

 どれだけ言いつくろったって、同一存在の半分なんだ。心の根が繋がっているから、本心は何となく透けてしまう。

 あぁ、だからか。

 世界が対して大きな動きもないのに、文字通り『飛んで』来たのは。

 心の底で感知したんだろう。

 不穏で物騒で最悪で最低なことを、己の半分がしでかしている、と嗅ぎとったんだろう。


 直した店の中に残る不要になった残骸を、跡形もなく燃やし尽くし上階を伺う。

 宣言通りに自室にいるみたいだ。呼吸も一定で穏やかだから、退屈で寝ちゃったのかな?

 説明しなきゃいけないんだけれど、起こすのも忍びない。

 けれど、様子見と称して堂々と部屋に入り寝顔を見ることができる。

 あの子の寝顔を愛でながら、うまい説明でも考えよう。彼女の存在は、まぁ、伝えても問題ないけれど、なんであんなに怒っていたのかを誤魔化すのは大変だ。

 もしかしたらそんなに気にしないかもしれないけれど、突っ込んで聞かれた時に困らないようにちゃんと考えておかないと!

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