19話 彼女なりのウェルカム・ドリンク

「……適わないわね」

 梓葉が苦い笑みを浮かべて、湯呑みを置いた。

「その通りです。あれは──」

「待った」話し始めようとした梓葉を、利玖は手で制する。「まずはお茶を飲んでください」

 その途端、梓葉は冷ややかな表情になって利玖を睨んだ。

「利玖さん。押しかけておいて、一方的にこんな事を申し上げるのはおこがましいにも程がある真似だと重々承知しています。けれど、これは二、三日かけてゆっくりと考えていただけるような話じゃないの」

「梓葉さん」

 穏やかな声で、鶴真が梓葉を止めた。

「佐倉川さんの言う通りです。まずは、私達が落ち着かなければ」

「でも、鶴真……」

 鶴真は目元を和らげて湯呑みを持った。

「このお茶、とても華やかに茶葉の香りが立っています。あらかじめお湯を用意して湯呑みを温めておいてくれたのでしょう。ここまで手間をかけてもてなして頂いたのに、こちらの気が急いているからという理由で突っぱねる方が無礼です」

 褒めてもらったので、とりあえず利玖はぺこんと頭を下げる。

「喉が冷え切っていると出てくる言葉にも棘が混じる……、とは母の談です。ですので、佐倉川家では何かと理由をつけて、会談の場に淹れ立ての茶を間に合わせようと苦心するわけです」

「なるほど、至言ですね」

 梓葉はまだ眉根を寄せていたが、鶴真に促されて、やっと湯呑みに口をつけた。

 一口、二口と飲むうちに徐々に頬に赤みがさし、やがて、彼女本来の自然な可憐さが戻ってきた。

「すごい……。わたしも自分の部屋で飲んでいるけれど、まったく違う銘柄みたい」

「それはよかった」利玖は小首をかしげて微笑む。「わたしなりのウェルカム・ドリンクです」

 それを聞き、梓葉はきょとんとした後、ふいに鶴真を見上げて「ふっ……!」と吹き出した。

「そう……、そうよね、鶴真」湯呑みを置き、観念したように首を振る。「小手先でどうこうしようとするのはやめましょう。利玖さんに寝業ねわざは通用しないわ」

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