13話 樺鉢神社

〈湯元もちづき〉の向かいにはこんもりと緑の生い茂った小山がある。

 麓には『樺鉢神社』の文字が刻まれた石碑。そこから朱塗りの鳥居をくぐって、まっすぐ上に石段が続いている。

 温泉街の中では、通行人の目を楽しませる目的も兼ねてそこかしこに温泉が湧いていて、その熱気のおかげで日暮れ時の肌寒さも気にならなかったが、参道を覆う木立に入っていくと、枝葉が抱え込んだ冷気が降りかかってくるように寒かった。

 一人ずつ拝殿の前でほんつぼすずを鳴らし、賽銭箱に硬貨を投げ入れて神社の主に挨拶をする。

 清史に続いて参拝を終えると、利玖は本坪鈴をごろごろと鳴らしている充を横目に境内の隅に寄って、神社全体を見回した。

 御神体が祀られている本殿は、拝殿とは別の場所に建てられている。拝殿の背後、斜面を五メートルほど上った先だ。

 拝殿の裏側から登って行く事も不可能ではないが、獣道すら存在しない急勾配のやぶをかき分けていかなければならない為、拝殿の右後方から斜面を回り込んで、やや遠回りだが、その分なだらかな参道が作られている。

 もっとよく本殿が見える位置を探そうと歩き出しかけた利玖は、ふと誰かが石段を上がってくる足音を耳にして、そちらを振り向いた。

 暗色のフィルムをかけたような木陰の中を、若い男が一人、こちらに向かって登ってくる。

 彼の目鼻立ちがはっきりとわかる距離にまで近づいた時、背後にいた能見正二郎が、あっと声を上げた。

「──ありゃ、お坊ちゃん! こんな所まで来なすって、どうしたんです?」

 言ってから能見は、自分がうっかり鶴真を昔の呼び名で呼んでしまった事に気づいて、気まずそうに手で口を隠した。

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