2話 とびっきりの柚子湯
入り口脇の小窓から中の様子を窺って、利玖は部室の扉を開けた。
壁際に置かれている色褪せたグリーンのソファ。そこに、平梓葉が脚を組んで座っている。一応、部室の中では、そこが最も清潔な場所なのだが、染みのついたクロスも毛玉まみれのクッションも、梓葉のそばにあるだけで、普段よりも貧相さが際立って哀れだった。
「この小説、面白いわね」
梓葉は、ハード・カヴァーの新書を膝の上でめくっている。背表紙に書かれている作者名は『
「舞台は現代。だけど、当たり前に
梓葉は言葉を切ると、内緒話をするようなトーンで利玖にささやいた。
「これ、初めて読んだ時、どきっとしたんじゃない?」
「そうですね……」利玖は後ろを振り返って、編森吾朗達が付いてきていない事を確かめる。「実の所、あらすじを読んだ時には、少しだけ動揺しました。ですが、読み始めると、そんな事はまったく気にならなくなりました。神々と人間の、厳しくも温かい心のふれ合い。その根底にある、静かで、揺るぎない信仰。読者を退屈させないように緩急をつけて展開する、多彩な人間模様。ぐいぐいと引き込まれて、あっという間に最後まで読んでしまいました」
「本当に、その通りね。……すごいわ。たった一人で、こんな物語を書き上げるなんて」
梓葉は本を閉じると、そっと炬燵に置いた。
無地のグレイのニットに黒のパンツ。露出も派手さも抑えられた服装だが、フレイム・オレンジのマニキュアが効果的なアクセントになっている。同じ色の石がついた細い指輪が、右手の人差し指にはまっていた。
その手で、梓葉は前髪をかき上げると、利玖に向かって微笑んだ。
「久しぶりね。利玖さん」
「はい。お元気でしたか、梓葉さん。もうじき今年も終わりますね」
「そうね……」
梓葉は、わずかに目を細める。
「実はね。ここに伺ったのも、そういう理由なのよ」
「はい?」
聞き返そうとして、利玖はそれを思いとどまる。
梓葉の顔に、一瞬、ひどく疲れているような表情がよぎったからだ。何か頭に引っかかっている事があるかのように、眉間に皺を寄せて、窓の外を見つめている。
しかし、利玖に向き直った時には、表情も口調も、元の
「温泉同好会の皆さんを旅館にご招待したいの。今年の冬至を、とびっきりの柚子湯で過ごすつもりはない?」
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