第2話 Rescue
現実の時間では十分に満たない短い時間でも、美咲には永遠のように長く感じられた。
両手で頭を守るように覆い、膝を抱えるようにして腹部を守る。それでも腕や足を蹴られ続けると、だんだんと痺れたような痛みが増していく。
飽きて早く解放してほしい。そう心の中だけで願っても決して口には出せなかった。そんなことを聞かれたらこの時間は永遠に続いてしまう。
ふいに教室の入口で物音がたった。こんな外れにある教室に誰か来るはずもないのに。
腕の隙間から声のしたドアを見る。薄暗い多目的教室の中から逆光の西日が差すドアの方はよく見えない。
「何? こっちは取り込み中なんだけど」
「取り込み中? それはただのいじめって言うんだよ」
「正義の味方気取り? そんなの今時流行んないって」
そう言い返していても、リーダーの女の声は少し震えていた。まさに暴力を振るっている現場を見られたのだ。これが明るみに出れば追い詰められるのは自分だということくらいずる賢い彼女はわかっている。
「もういいよ。ほっといて帰ろ」
「そうね。なんか白けちゃったし」
美咲を囲んでいたグループのメンバーも手を止めて美咲から離れると、助けてくれた男の子がいない反対側のドアから逃げていった。
「大丈夫だった?」
美咲は口を結んだまま頷いた。口を開くと、感謝よりも先にどうして今までは助けてくれなかったの、と恨み言が出てきそうだった。
「全然気付いてあげられなくて、ごめん」
美咲がお礼を言う前に彼から出てきたのは謝罪の言葉だった。本当なら助けてくれてありがとう、と美咲が先に言うべきだったはずなのに。自分の恨みが声に出ていたのか、と美咲は不安になる。
「えっと、大丈夫です。ありがとうございます」
どう答えていいかわからなくて美咲はよそよそしく答えるが、その男の子は気にしていないようだった。
「さっき廊下ですれ違った時になんだか様子がおかしかったから」
差し伸べられた手をしっかりと握る。そのまま手を引かれて保健室まで連れていかれた。いじめとは言えず、保健医には階段から落ちたのだと嘘をついた。
ケガは痛みほどひどくはなかったが、美咲はその後、数日学校を休んだ。
いろいろと聞いてくる母親に何も答えずに、美咲は部屋の中で助けてもらった日のことを考えていた。
本当はすぐにでも学校に行ってお礼を言いたかった。連絡先も聞けなかったし、治療している間にいなくなってしまっていて、もう一度お礼も言えなかった。
ただ、薄暗い教室から廊下に連れていかれた時に隣を歩いていて、すぐに誰かわかった。
「吉岡七希くんだった」
クラスでの七希は誰にでも優しく、男女ともに人気がある。美咲とは正反対で自分のことなんて同じクラスでも知らないだろうと思っていた。
部屋の鏡を見つめながら、何度も練習する。
「助けてくれて、ありがとう。私と……友達になってください」
最初は鏡の前でもうまく言えなかったが、数日もすれば決まりのセリフはスムーズに口から出てくるようになった。
明日はようやく学校に行く。あの日からずっと学校に行くのが嫌だった。こんなにワクワクとした気持ちでベッドで目を閉じるのは、美咲には久しぶりだった。
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