いいわけ、ない。

久河央理

第1話 彼は言い訳が苦手

 いいわけ。言い訳。言動を正当化するための事情説明。


「言い訳くらいしろ」


 教師からそう言われることが幾度あったことか。

 他の人にはするなと言うのに、俺にだけはそれを求めてくるのだ。


「……やる気がなかった、から……?」


「もっとマシな言い訳を考えろ!」


 やっと捻り出した理由を告げると、大抵そう返ってきた。

 全く、意味が分からない。




「また先生に怒られてたね」


 それはもはや、彼女の口癖になっていた。


「怒られてない」


「怒られてた」


 言い切る彼女に対し、口を閉ざす。まあ、楽しそうだから何でもいい。


「で、そろそろ教えてよ。なんで私を無視してるのか」


「……してない」


「してた。ここ数日、さっさと先に帰っちゃってさ。私、知ってるよ。何してたの?」


「別に……ただ、探し物をしていただけだ。駄目だろうか?」


 俺の返答に、彼女は明らかにむすっとした。


「駄目。だって、デパートとか苦手でしょ?」


「そんなことは、ない」


 どうもむず痒くて、俺は目を逸らす。


「あるよ。化粧品フロアの匂いとか嫌いじゃん」


「……待て。なぜ、そこまで知って――」


「いや、実は何も知らない」


 悪戯っ子の顔で、彼女はにんまりと俺の真似をしてきた。

 なるほど。俺は無意識に鼻を押さえていたらしい。


「そんなに言いたくないならいいけど……」


 彼女にそんな悲しい顔を、させたいわけじゃなかった。


「もうすぐ誕生日だから、喜ばせたかった。だが、見つけられなかった。これで全部だ。もう終わりでいいだろう」


「いいわけ、ないよ。私だけが幸せで、いいわけない!」


「幸せ? 俺は何も……」


「苦手な言い訳もしてくれた。それでもう幸せだよ」


 こそばゆくなって、俺は目を逸らす。

 彼女の誕生日はもう、数時間先に迫っていた。


「どれが似合うか、分からなかったから……一緒に、行かないか?」


「もちろん!」


 彼女に横から飛びつかれて、恥ずかしいくらいに頬が緩んだのを感じた。

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いいわけ、ない。 久河央理 @kugarenma

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