第三十一話

 道端でリフティングをしている少年がいる。

「あそこの公園にピエロが来るから行ってみろよ」

「ピエロ? ああっ! 何回いったか解んなくなっちゃったじゃーんっ!」

サッカーボールを地面に落とした少年は舌打ちした。

「いいよ、別に、ピエロなんか」

「行ってみてくれよ、絶対面白いから」

「だってあんなの、変なメイクした奴が変な動きしてるだけでしょ?」

「いや、ボールの上歩いたり、ジャグリングしたり色々すごい事するらしいから絶対行った方がいいっ!」

「だから、行かないってっ! しつこいなぁ。ちょっと、邪魔しないでくんない? 今、最高記録目指してるから」

「口から火吹くらしいんだよっ!」

「えっ、マジでっ!」

必死にピエロをプレゼンするあまり、強引なセールスポイントを思わず加えると、少年は目を丸くして喰い付いた。

そして、ピエロが来なくても公園には出ないよう促すと、「解ったぁ」と返事をした少年はサッカーボールを持って走った。

何故、口から火を吹く事にあれ程喰い付いたのか疑問だが、上手くいって良かった。

それから、【1/5】の表記が【2/5】に変わった。


 子供は探さなければ……。

子供は何処だ……。

【00:31:27】

【00:31:26】

【00:31:25】


 二人の少女が、話しながら手を繋いで歩いている。

「ちょっと、いいかな」

「はい……」と、二人は俺の顔を見上げる。

「今からあそこの公園で、ピエロのショーがあるから、行った方がいいぞっ!」

「ピエロ……?」

二人はゆっくりとお互いを見る。

「行った方がいいっ! 楽しいからっ!」

「ルカちゃん、どうする?」

「行った方がいいっ! 絶対に行った方がいいっ!」

思わず念を押す。

友達に意見を求められた少女は人見知りなのか、無言のままだ。

「行こ? ルカちゃん?」

「行く? 行く?」

二人掛かりで迫られた少女は黙って頷いた。

それから二人は公園に向かった。


 すぐに向かえるように公園からあまり離れてはならない。

それを加味しながら急いで子供を探し回る。

【2/5】の表記が【4/5】に変わった。

あと一人……。

【12:09:36】

【12:09:35】

【12:09:34】


 十数メートル先の角から少年が現れた。

「あそこの公園にピエロが来るから行ってみろよっ!」

走って少年に近付き、声を掛ける。

「ピエロ? 別に興味ないよ」

「頼むから行ってみてくれよっ! 滅茶苦茶面白いからっ! ボールの上歩いたり、綱の上歩いたり、ジャグリングしたり、バク転したり、口から火吹いたり、瓦何十枚も割ったり、瞬間移動したり、透明人間になったり、車持ち上げたり、空飛んだり、腕が十メートルぐらい伸びたり、分身したり、宙に浮いたりすんだよっ! 絶対に行った方がいいっ!」

「解ったよ……。後で行くよ」

「今だよ今っ! 今しか見られないからっ!」

少年は少し考えてから「うん、解ったぁ」と答えた。

架空のピエロを必死にプレゼンするあまり、どんどんピエロのイメージから遠ざかってしまった。


 あとは、彼を公園に連れていけばクリアだ。 

【00:04:29】

【00:04:28】

【00:04:27】

マズい……。

「うわっ、ちょっ、何?」

俺は少年の躰を抱え、公園に急いだ。合意を得た故、問題はない筈だ。

 

 公園に着くと、機械が〝ピューン〟と鳴った。

「あっ、さっきの人だぁ」

「ピエロまだぁ?」

少年を降ろし、機械の画面に目をやると、【CLEAR】と表示されていたそれはルーレットに切り替わった。


 【1】と【2】と【3】が、回転している。

【2】で停まればゴール。

頼む。

頼む。

ルーレットを睨む。


「ピエロはぁ?」

「ねぇねぇ」

「まだ来ないのー?」

回転の速度が弱まっていく。


 【2】で停まれ……。【2】で停まれ……。

【1】の画面。【2】の画面。【3】の画面。

頼む……。

頼む……。

【1】を真上から押し込む様に【2】がゆっくりと現れる。


 そして、ルーレットは【2】で停まった。

思わず、安堵の息が出た。

だが、まだ早い。

ゴール地点の公園を指す矢印の下には【00.44km】と表示されている。

制限時間は、一分を切った。

「ねぇ、ピエロはぁ?」

「ごめん、やっぱピエロ来ない事になった」

そう返しながら走った。

「えっ、マジかよっ!」

「嘘ついたのかよ、あいつぅー!」

「ふざけんなっ!」

飛び交う怒号が遠退いていく。

 

 歯を食い縛りながらゴール地点に向かって走る。

【00:00:35】

【00:00:34】

【00:00:33】

間に合え……!

間に合え……!

 

 街灯に照らされた公園に、自分の躰を投げる様に飛び込んだ。

そして、仰向けのまま左手を上げながら閉じた瞼を、ゆっくりと開く。

制限時間は、【00:00:06】の状態で点滅していた。

間に合った……。

第四関門、クリア。

息が切れ、苦しさを覚える。

暗くなった空を、暫く見上げる。

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