【KAC20237_お題『いいわけ』】エピローグとパンケーキ

鈴木空論

【KAC20237_お題『いいわけ』】エピローグとパンケーキ

※この小説は KAC2023 のお題を元にした連作短編の最終話です。

 宜しければ第一話からご覧下さい。


 ※ ※ ※ ※ ※





 喫茶店の屋外席に小学生くらいの女の子が一人で座って通りを眺めていた。

 テーブルにはパンケーキとクリームソーダ。

 どちらも既に半分ほど減っている。

 女の子がパンケーキへさらにナイフを入れようとしたとき、向こうから男が大きな虎のぬいぐるみを抱えて走ってくるのが見えた。

 カクである。


「すみませんヨミさん、遅くなりまして」

「いいわけはいいわ、何があったかは知ってるし。大変だったわね」


 ヨミは脇に置いていたリュックを開いた。

 どう見ても入らない大きさのはずなのに、虎のぬいぐるみがシュルシュルとリュックの中に吸い込まれていく。

 カクはヨミの正面に座りながら店員に注文をした。


「コーヒー下さい」


 どう見ても親子ではない、社会人の男と小さな女の子の組み合わせ。

 こいつらどういう関係なんだ? と店員は訝し気な顔をしていたが、仕事優先ということで淡々と注文を受け取って引き下がる。

 カクとヨミはそういう視線には慣れているので特に気にしなかった。


「――でもさ、なんでこうして会う度に変なものに絡まれてるわけ?」


 コーヒーが運ばれてきて店員が立ち去るとヨミは言った。

 カクはただ苦笑いしてコーヒーを口に運ぶ。


「いや、僕もそれはさっぱり……ヨミさんに言われた通り危険な物には近寄らないようにはしているんですが」


 ヨミの指導による筋肉除霊ブートキャンプを開始してからしばらくの月日が経っていた。

 最初こそ苦労していたものの、カクはブートキャンプを見事に乗り越え、呪いや悪霊といった非日常からの攻撃を物理的に避けることが出来るようになっていた。

 ただし想定外だったのは、カクがヨミの予想以上の身体能力を手に入れてしまったことだ。

 先程の赤い塊との闘いが良い例だが、もはやカクの動きは人外と呼べるレベルまでになっていた。


「でも、昔に比べて体調はすこぶる良いんです」

「そりゃそうでしょうよ。そんなに動けるんだから」


 問題はカクがどういう訳か以前にも増して呪いや悪霊を引き寄せるようになってしまったことだった。

 原因はよくわからない。

 人外な動きをするようになったせいで存在自体も人外に近付いてしまっている――なんてことは流石に無いと思うが、ともかく放っておくわけにも行かないのでブートキャンプ終了後もこうしてカクとヨミは定期的に会って近況などを情報交換するようになっていた。


 ――本当は早く縁を切ったほうが良いとは思うんだけどね……。


 クリームソーダのアイスを崩しながらヨミはふとそんな事を考えた。

 ヨミは昔とある呪いのせいで子供の姿から成長できなくなった。

 その呪いを解くため、ヨミは今もその時の出来事の真相を探り続けている。

 危険な目に遭ったのは一度や二度ではない。

 そして、そういったことに他人を巻き込まないためにも、出来る限り無関係な人との繋がりは絶った方がいい。

 ヨミはそう考えていたし、実際今までそうしてきたのだ。


 ただ、一方でカクと一緒にいるのが楽しいと感じ始めている自分がいることにもヨミは気付いていた。

 ヨミの事情を知っても気味悪がったりせずここまで付いて来てくれた人は今までいなかった。

 親戚や友人、そして家族さえもヨミの元から離れていったというのに。


 もう少しだけこんな空気を楽しませて貰ってもいいのだろうか。


 ヨミはそんなことを思いながら、パンケーキの最後のひと欠片をフォークで刺そうとした。

 バターとシロップをたっぷり吸った中央部分の最後の欠片。

 ヨミはこの部分が一番好きでいつも最後まで残しているのだ。


 ところが、ヨミがそれにフォークを近づけた次の瞬間、目の前のテーブルが吹き飛んだ。

 当然ながらテーブルに並んでいた皿やコップも宙を舞ったあと激しい音とともに砕け散る。

 ヨミが大事に残していた最後のひと欠片も床にべっとりと落ちてしまっていた。


『ゲラゲラゲラ』


 笑い声が聞こえた。

 ヨミが声のほうへ目をやると、店の前の通りの電信柱の上に青い何かがいた。

 青く濁った液体状の塊で、身体の形を変化させながら大口を開けてゲラゲラ笑っている。

 もしかしなくてもあいつが犯人だろう。


「あー……僕、また引き寄せちゃったみたいですね」


 カクが気まずそうに言う。

 ヨミはリュックを握り締めながら立ち上がった。


「さっさと片付けるわよ」


 カクの体質、やっぱり一刻も早く治そう。

 青い塊をボコボコにしながらヨミは改めてそう決心した。



 ※ ※ ※


 この二人の不思議な事件簿はまだまだ続いていくことになりそうですが、お題は今回で打ち止めとのことなので物語も一度幕引きとさせていただきます。

 最後までのお付き合い下さりありがとうございました。



◆おまけ・キャラ名の元ネタについて◆

カク : 「カクヨム」の「カク」

ヨミ : 「カクヨム」の「ヨム」を名前っぽく改変

トリ・マスコ : カクヨムの「マスコット」の「トリ」

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