落馬

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 晴れ渡った爽やかな朝だった。

 その空の下、馬に跨り道を行く許琮右相の気持ちはどんよりと曇っていた。

ー一体全体どうすればよいのだろうか‥。

 今朝の御前会議で王妃を廃する議論が行われるのである。

 嫉妬があまりにも激しい王妃に王(成宗)は、ほとほと愛想が尽きたのであった。

 嫉妬は“七去之悪”の一つで離縁の理由に十分なるのだから仕方ないのかも知れないが、王世子の母親である王妃を今更廃してよいものだろうか? また、王御自身も浮気性で一方的に王妃のみを責められようか‥。

 右相としては廃妃だけは思い留まらせたかった。だが、王の決意は堅そうだ‥。

 あれこれ思い巡らせているうちに馬は姉の屋敷の前に着いた。

 右相は出仕の際は必ず姉のもとを訪ねる習慣があった。

「姉上、おはようございます」

 いつものように挨拶をすると姉は

「おはよう。今ね、端女が面白いことを言っていたの」

といつもように笑顔で話し出した。

 近所の家で下男が殺されてそうになったそうだ。彼はその家の主人の亡父から命じられて主人の母親を殺害したそうである。今に至って、このことを知った主人は腹を立てて下男をなぶったそうである。

 姉の話を聞き終えた右相の頭に閃くものがあった。

 姉の屋敷を出て再び馬上の人になった右相は王宮へと向かった。

「この橋を渡れば王宮まで僅かだ」

 そう呟いた時、馬が躓いたため右相は落下してしまった。

「大丈夫ですか、ご主人様」

 従者が驚きそしてすぐに主人を起こそうとしたが、

「痛たた、動けぬ。これでは出仕出来ないのう」

 右相は従者に抱えられてもと来た道を帰っていった。

 王宮では御前会議が始まろうとしていた。

「右相の姿が見えぬが」

 集まった中に許右相の顔が見えなかったので王が問い糺すと、

「出仕途中に落馬し大怪我をしたため来られないそうです」

と会議に参席していた一人が答えた。

「そうか」

 結局、王の望み通り王妃は廃された。右相は残念に思ったがどうしようもなかった。

 

 歳月は流れ、成宗王は亡くなり、王世子である廃妃尹氏の息子・燕山君が王位に就いた。

 あるきっかけで生母が廃され死に至った真相を知った王は、母を死に追いやった人々を次々捕え刑罰に処した。その中には御前会議に参席した人々も含まれていた。

だが、許琮は会議に出席していなかったため処罰を免れたのであった。 

 許右相の落馬は果たして偶然だったのか、或いは故意だったのか‥。

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落馬 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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