第7話 ボルト・フェニックス


 黒焦げになった魔獣の死体からは、黒煙が立ち上っている。煙の先にチラリと見えたのは、赤と黒のゴスロリを服を着た女の子?


「ミーア・ビリジストだっけ? 雑魚雑魚なんだね」


 カツカツと黒煙の奥から足音が響く。姿を現したのは黒いリボンで結った外ハネツインテールが特徴的な、銀髪のゴスロリ少女だ。彼女は小馬鹿にしたような態度で、杖を唇に当てる。


「あなたは……何なの?」


 ミーアは杖を構え、歩いてくる少女への警戒を怠らなかった。彼女の正体はわからないが、急がないと瓦礫の山にいる人たちの命が危険だ。彼女が敵でないことがわかれば、安心して前を横切れるのだが......。


「何なのって、あなたたちと同じ......キール!」


 少女は舌打ちをし、誰かの名を呼んだ。


「うぅ、ボルト......ここでするの? は、恥ずかしいよぉ」


 ボルトと呼ばれる少女の後ろから、また新たな少女が現れた。とんがり帽子をかぶり、片目が黒髪で隠れている。それに寒くもないのにローブで全身を隠して、見るからに怪しい。


「あんたは私の下僕でしょ? 拒否権なんてないの、さぁ来なさい!」


 ボルトは強引にキールと呼ばれる少女に顔を近づける。キールは赤面し、「無理無理無理!」と抵抗を示した。その気が抜けるやりとりに、俺は敵ではないと警戒感を薄める。しかし、ボルトと揉み合うとキールのとんがり帽子がふわりと落ちた。彼女は隠れた髪からオッドアイの美しい紅い眼をチラリと見せる。しかし、その美しさよりも人の目を引く彼女の特徴があった。


「ま、魔人がいるぞ!」


 他の冒険者は、キールの姿を見るやそう大声を発した。彼女は慌ただしくとんがり帽子を被り直す。彼女の額にあった小さな角を見て、彼らは魔人と認識したのだろう。シャディアークとは種が違うようだが、彼女もまた魔王軍の一味なのだろうか?


「君、その魔人から離れた方が……」


 誰かがそういうと、ボルトは「ふん」と小さく息を吐く。気まずそうにするキールの顎をグイっと手で上げると、彼女は垂れる銀髪を耳にかけた。


「……ボルト……んっ」


 ボルトは強引にキールの唇を吐息交じりに奪った。あまりに突飛な行動に、俺を含め周囲は唖然としている。一方、彼女だけは周囲を嘲笑うような目つきでキスを続ける。


「ぷはぁ……ごちそうさま」


 満足したのか、頬を薄っすらと染めてボルトはそういった。唇をキールから離すと、キラリと唾液の糸が見える。少女とはいえ、妖艶な立ち振る舞いに男どもは困惑した。俺ももちろん、見ずにはいられなかった。


「......オルテガくん」

「あっいや......その......悪い」


 ミーアの冷たい目に気づき、俺はその光景から視線を逸らした。もう何が何やらわからないが、横切っても大丈夫だよな?そう思ったが、チチチと何かが弾けるような音が耳に入る。


「その手を離せ」

「……え?」


 顔を戻すと、ボルトと後ろにいたキールの腕を冒険者の一人が掴んでいた。刃先を向け、キールをどうにかしようとしている。


「子どものような容姿をしても、俺は騙されないぞ。さぁ魔人、その子から離れろ! そして、洗脳をしているなら解除を......」


 冒険者は、強い口調から段々と弱弱しくなった。ボルトの鋭い目つきと、右手に帯びる電撃で彼は委縮してしまったのだ。


「最後の警告だ。その手を……離せ!」


 彼の足元に電撃を放ち、反射した電気が彼の頬をかすめる。火傷した男は、そっとキールから手を離した。


「やっ、やっぱりこの君も魔人の手先か!」


 怯えながらも、冒険者は剣を構えてそう言い放つ。しかし、そんな彼とは真逆に、余裕な態度でボルトはキールを背に隠れさせる。彼女の後ろに隠れたキールは、深々ととんがり帽子を被って黙り込んだ。


「ふん。誰が手先? 私がこの子を下僕にしてんの。まぁいいわ。ミーア・ビリジスト、あんた私と手合わせしてよ」


 ボルトはその冒険者に対しての興味が失せたのか、顔をミーアに戻した。彼女の唐突な物言いに、ミーアは戸惑う。


「手合わせって、なんで戦う必要があるの?」


 ミーアは杖を下げ、俺と同様に警戒感を薄める。ボルトのことは気がかりだが、もうこれ以上時間をかけてられない。


「あの、ちょっといいか?」


 俺はゴクリと生唾を飲み、勇気を出してボルトに話しかける。


「何よ? 手短にしてよね」


 彼女はこちらに目を向けることなく、そう返した。


「君の後ろの瓦礫の山に、人が下敷きになってるかもしれないんだ。良ければだが、そこを通ってもいいか?」


 そういうと、ボルトは深くため息を吐く。


「頭よわよわなんだね」

「え?」

「私がいつ道を塞いだの? 勝手していいよ」


 思ったよりも薄いリアクションで、こちらの緊張感もかなり緩んだ。やはり、この子らは敵ではない。


「では遠慮なく」


 俺はミーアと顔を合わせ、ボルトたちの相手を頼んだ。そして、彼女の横を通りすぎようとした直後のことだ


「やっぱ……やめた!」


__ドガッ!


 突如、気づかぬほどのスピードで腹部に衝撃を感じた。痛みが走る頃には、俺は瓦礫の山まで身体を吹っ飛ばされていた。背中とお腹に強い痛みが響き、一瞬呼吸が出来なくなる。


「……かはっ」


 食べた直後なら、確実に嘔吐しただろう。倒れ込むと同時に嗚咽が出た。


「必要って言ったよね? これで、やる気……出たんじゃない?」


 クラクラする中、ボルトがニヤつきながらミーアにそう口にしていた。


「……あなた、名前なんだっけ?」


 ミーアは杖を構え直し、震えた声でそういった。あの感じ、確実に激怒しているときの彼女の姿だ。


「ふふっ。あなた、記憶力ないんだね。私の名はボルト・フェニックス……最速で魔王を倒す女よ」

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