リターン〜楠木継人の異世界発展記〜

@MINAOANIM

第1話【序章】Ⅰ

見渡す限り砂漠が広がっていた。

暑さでゆらゆらと景色が歪む炎天下。砂の上を楠木継人くすのき つぐとは転がるようにして走っていた。

吹き出す汗が目に入り、うっとおしい事この上ないが楠木は構わず走り続ける。いや走り続けなければならなかった。


「はぁ!ぜぇ!ーーもういい加減にしてくれませんかねぇ!?」


やけくそ気味に叫びながらチラリと後ろを振り返る。


ゴッバァァァァァン!!


砂が盛り上がり、そして勢いよくはじけた。

ぬらりと光る皮膚がずるずると砂の下に潜っていく。その姿は何度となく見た事のあるものだった。でかさはケタ違いだったが・・・。


「俺を食っても美味しくないぞっ!むしろ腹下すから。下痢しちゃうぞ!!」


ていうかミミズって土とか食うんじゃないのォ!?と無駄に叫んでみる。

そんな事ないよ?とでも言いたげに10メートルはくだらないでかさのミミズが砂から再び顔を出す。ぐぱぁと先端が開くと口と思わしき場所には小さな牙が無数に生えているのが見えた。

凶悪すぎる口が楠木を飲み込もうと猛烈な勢いで迫ってくる。



この一文字が脳裏をよぎる。さすがに軽口もなにも思い浮かばない。

ふと前を向いた時ゆらゆらと揺らめく人影が前方に見えた。疲労と焦燥感、恐怖でうまく動かない舌を楠木は必死で動かし叫んだ。


「ーー逃、げろ!!」


叫んでから助けてという言葉が出なかった事に自身が一番驚いた。

しかし無情にも人影は動かない。・・・いやむしろこちらに近づいてきているようにさえ感じる。

聞こえていないのか?

いや聞こえているがこの暑さでどうする事も出来ないのかもしれない。


(どうせ死ぬならーーー)


最後に人助けするのも悪くないかな、と囮になるべく楠木は足を止めて振り返る。

なるべく注意を引こうと手を大きく広げた。瞬間デカミミズは勢いを強め楠木を飲み込もうと砂から飛び上がるのを見届けてからぎゅっと目を瞑った。



一一一サパァッ!!



痛みも衝撃もない。ただ瑞々しい果実を勢いよく叩き斬ったような音があたりに響いた。


「大丈夫かい?」


場違いなまでに穏やかな声が聞こえた。鉄のコップで反響させたような声だった。

おそるおそる目を開けるとそこには全身鎧を着た人物が楠木に手をさしのべていた。その横には直径2メートルはありそうなデカミミズの頭が転がっている。

それはまるでおとぎ話の英雄の様だった。


「心配しなくていいよ。僕はアルケイデス。十三勇者の一人さ」


そういって全身鎧に身を包んだ人物、アルケイデスは力なく伸ばされた楠木の手を掴んだのだった。





行くあてもなければ帰るあてもない楠木はアルケイデスについて行くしかなかった。といってもそれをアルケイデスが認めれば、という話である。

もしアルケイデスに拒否されればあのデカミミズみたいな怪物がうじゃうじゃいる世界で独り生きて行かなければならないわけだが・・・。

想像するだけで寒気が走る。


「え、いいよ」


さてジャパニーズ土下座の力を見せる時かと身構えていたが楠木だったが、とうのアルケイデスはあっさりと同行を認めたのだった。

アルケイデスの後ろについてしばらく歩き続ける無言の時間がすぎる。

こんな炎天下の中あんな鉄の塊を着込んで暑くはないのだろうか?


「・・・やっとから出られそうだね」


暑くて仕方ないや、とアルケイデスは大きなため息を吐いた。

普通に暑かったらしい。なんか異世界のマジカル技術で暑くないのでは?と密かに期待していたのは秘密で。


「境域?」

「もしかして君、に来て日が浅いのかい?」


境域?壁内?まるでさっぱりである。

こくりと楠木が頷くとアルケイデスはふむと上から下まで値踏みするように視線を向けた。

見たこともない服だし身綺麗だから棄民ではなさそうだなとアルケイデスは呟く。


「境域は・・・まあ実際に見た方が早いよ」


それは異常な風景だった。

うだるような暑さの砂漠がすとんと終わり、その先には緑豊かな草原が続いている。見えない膜きょうかいを越えるとうだるような暑さが終わり強い緑の匂いと気持ちのよい風が吹いてきた。汗がすっとひいていくのがまた心地よい。

まるで子供の落書きのように極端に異なった環境が地続きで存在していた。


「これが境域だよ。壁内の環境はこんな風にめちゃくちゃなんだ」


溶岩の流れる地域の中に極寒の地域があったり、豪雨が永遠に降り続けている土地の横に常春の草原があったりするなど。

そういった普通ならあり得ない環境をそれぞれ境域と呼ぶそうだ。


「いやファンタジーかよ」


まあどう考えてもファンタジーな異世界なんですがね、なんて1人でノリ突っ込みをしたくもなる。

草原地帯に入ったおかげで移動はかなり楽になった。このまま一気に町に着いてくれないものかと期待したがすでに空は薄暗くなり始めていた。


「砂漠の境域も抜けたし、今日はここで野宿かな」


そういってアルケイデスは背中の大きな鞄を下ろしたのだった。

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