七七七あるいは獺《かわうそ》のしがい

羊蔵

七七七あるいは獺のしがい


 帰り道、鹿を轢いた。


 仕事の帰りに小さな峠を越えるのだが、途中、バンという音と共に、フロントガラスが塞がれた。

 そいつは撥ね飛ばされて一瞬で闇に消える。

 きっと鹿だったに違いない。


 その夜、夢を見た。

 電話が鳴って子供の声でこう訊かれる。

「はねたとき七七七をみましたか」

「見てない急に飛び出てきたので」

 私はそう誤魔化した。

 きっと後ろめたさが見せた夢なのだろう。

 というのも、事故の時、私は前ではなく携帯に気を取られていたからだ。


 朝、現場を確認した。死体はおろか血の一滴も見つからなかった。

 フロントガラスに傷がついていたから、何かにぶつかったのは確からしい。



 それから毎夜、夢で電話を受けた。


 七七七とやらを見たか、子供はそればかり訊いてくる。

「七七七の毛並みはどうでしたか」

「尻尾は」

「手は」

「目が合った?」


 夢の私は言い訳を繰り返す。

 その度、ご丁寧にも事故の記憶を鮮明に探る。

 が、一瞬しか見ていない七七七とやらを思い出せるはずもない。



 毛は白かった様に思う。が、それはライトのせいだ。

 尻尾が太かった。が、足と見間違えたとも考えられる。

 鹿だと思ったが、大きなかわうその像が頭に浮かんだりもする。

 時には人間を轢いたのではと怯える事もあった。


 そんな夢が気が執拗に繰り返された。

 精神の衰弱に反比例して、思い描かれる七七七の姿は鮮明になっていった。しかし毎夜違う姿だった。

 ある夜は、子供の声に、

「鹿でしたか」

 と問われて、寧ろ獺だった様な気がし、

「毛は」

 といわれると毛ではなく、白い額と頬の色が浮かぶ。

 結果、フロントガラスに貼りついた人面の獺がはっきり見えたりするのだった。


 その頃には、現実でも夜道の闇に白い顔や、ぬるりとした毛並みがちらつくようになった。


 事故は、そして七七七と呼ばれる獣は実在したのだろうか?

 寧ろ、私はこれから七七七を轢く事になるのではないか、と今はそんな予感がしている。

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