突撃!桜の帝都反乱軍の拠点
はるより
発端
「逆波さんは、皇宮警察の書庫には入ったことがありますか?」
「書庫?」
紡の問いかけに、逆波は怪訝な顔をする。
彼らは昼食を摂っているところであり、行儀良く並んでうどんを啜る紡と鶴瓶の前で、逆波が大皿に山と盛られた豚カツを驚異的なスピードで崩していた。
「そんな所、私が行くわけないだろう。」
「まぁ……そうですよね。」
それは紡にとっても、ある程度予想できていた返答である。
故に落胆することもなく、再び目の前の丼の中へと視線を戻す。
「興味あるの?」
「少しな」
鶴瓶が抑揚の少ない声で問いかけてきた。
紡は頷くが、鶴瓶はふうん、と小さく相槌を返すのみである。
「なんだ、そういう事なら連れて行ってやらんことも無いぞ」
「えっ、可能なんですか!?」
「私が調べ物を押し付けたことにすれば良い。幸いにも逆波紅羽が紙面に対してズボラなのは知れ渡っているからな。」
どう考えても、得意満面で自慢する事ではない。
ツッコミを入れたいのを堪えて紡が頭を下げようとした時、「ただし」と逆波が口を挟んだ。
「こちらの要求も呑んでもらう事になるがな!」
「げっ……」
紡は分かりやすく顔を歪める。
きっとこの鬼教官のことだろう、尋常ではない程にハードな訓練を指示してくるはずだ。
しかし逆波はそんな事はお構いなしに続けた。
「個人的に行きたい所がある。ただなぜか私は許可なく街に出るのを禁じられていてな。」
「それは、普段の行いが原因では?」
「ともかく、生徒へ巡回の手順を教えるという名目なら許されるはずだ。幸いにもお前は糞真面目な学生だ、お前が私の外出許可を申請すれば疑われなかろう?」
おおよそ教師の提案とは思えない内容だが、一生徒には足を踏み入れることの出来ない書庫に入る手段が、ようやく見つかったのだ。
この機会を逃すという選択肢は紡の中には無かった。
「分かりました。その交換条件でお願いします。」
「ようし、物分かりの良い奴は好きだぞ。明日の講義は全て欠席の連絡を入れておけ。……鶴瓶は?お前も来るか?」
「いえ、僕はやめておきます。」
「そうか、つれない奴め。」
白けた目を向ける逆波と、それを全く意に介さず丼を傾けて汁を啜る鶴瓶。
相変わらず自由な人達だ、と思いながら紡は苦笑いを浮かべた。
「さて、私は先に行っているからな。お前達もあまり遅くならないように」
いつの間にか皿の上を空にした逆波は立ち上がり、食器の乗った盆を持ち上げた。
まだ昼休憩の時間は半分も過ぎていないというのに、忙しない教官である。
「朝夕さん」
紡が大股でその場を去る彼女の背を見ていると、鶴瓶が隣から声をかけてきた。
「何だ?」
「ちょっと、変な質問をするね」
「変な質問……?」
紡がきょとんとしていると、鶴瓶はそのまま続ける。
「他人の心を読む方法って知ってる?」
「心を読む、方法?」
「そう。」
鶴瓶はオウム返しの紡の言葉に小さく頷いた。
「どうしても、僕には考えていることが理解できない相手がいるんだ。だけど僕は、その人の気持ちを知りたい。」
「……他者の気持ちか。」
紡は顎に手を当て、思考を巡らせる。
心を読む、とは別かも知れないが……絃の持つ不思議な力は、それに近しいものではあるのかも知れない。
「何か、知っているんだ?」
気がつくと、鶴瓶はじっと紡の目を覗き込んで居た。
まるで思考を見透かさんとするようなその真っ黒な相貌に、紡は薄らとした不気味さを感じる。
『だが……鶴瓶は何とも得体が知れない。朝夕も、気を配っておけ』
以前逆波から言われた言葉が、紡の脳裏を掠める。
そんな相手に、絃に繋がるような情報を伝えてしまって良いのだろうか?
目の前の、自分よりもよっぽど華奢で幼なげに見える少年は、一体何を隠しているというのか。
「どうしてそう思った?」
紡がなるべく動揺を表に出さぬよう、努めて冷静にそう問い返すと、鶴瓶は小首を傾げて言った。
「朝夕さん、嘘つくの下手でしょ。今も僕の眼じゃなくて、少し上を見ているし。」
ハッとして紡が鶴瓶の方を改めて見ると、彼は口角を上げて笑っている。
「引っかかった。やっぱり何か知っているんだ。」
「……カマを掛けたのか。」
「揶揄ったようになって、ごめんなさい。だけど僕は、少しでも情報が欲しいんだ。」
紡には、鶴瓶のその言葉が嘘をついているようには聞こえなかった。
それでも、彼をまるっきり信用するには足りる筈もない。
とはいえ、ここでしらを切って仕舞うと、後ほど余計に面倒な事に繋がるような気がした。
「……帝都には、ある特殊な子供が存在しているらしい。」
「特殊な子供?」
「彼らは荒れた人の心を鎮め、幸福感を与える力を持っている。相手の心が荒んでいるかどうか、目で見えると言うんだ。」
「なんと……」
鶴瓶は目を瞬かせて紡の言葉を聞いていた。
何かを思案しているのか、顎に手を当てて小さく口を動かしている。
「その子どもを見分ける特徴は、あるの?」
「ああ。その子供達は純粋だから、この内容を伝えれば、信用して問答無用で力を貸してくれると聞いた。」
紡はそう言って、出鱈目な嘘がバレないように胸ポケットから取り出したメモ用紙に万年筆で文字を綴る。
隣から鶴瓶はその手元を覗き込んできた。
「朝夕さんは会ったことがあるの?その子供たちと。」
「いや、俺はあくまで噂に聞いた程度だから……実際に会ったことはないよ。」
「そうなんだ。」
紡は書き終えたメモ用紙を鶴瓶に渡すと、鶴瓶はそれをしげしげと見てからポケットに仕舞った。
「何だか、無償の愛を利用しているようでちょっと申し訳なくなるな。」
「けどお前にとって、その子供を利用してでもやるべき事があるんだろ。」
「うん、そうだよ。」
相変わらず少しぼんやりとしたような鶴瓶の受けごたえは、掴みどころのない物に思える。
だが、彼が唯ならぬ覚悟を抱いているというのは、それほど付き合いの長くない紡にも薄らと伝わってきた。
「……。」
「何?」
「いや、何となく……鶴瓶が知っている誰かに似ている気がしたんだ。」
「他人の空似って奴じゃない?」
「そうかもな。」
紡はそう言うと、すっかりと冷えてしまったうどんの汁を啜った。
鶴瓶もそれを見届けると、箸で丼の中をつつき始める。
「朝夕さん。」
「ん?」
「僕たち、協力関係になれるといいね。」
紡は何と答えて良いものか分からず、鶴瓶の方を見ると彼は丁度、盆を持ち上げて席を立つところだった。
彼はそのままスタスタと歩いて行き、盆と丼を返却棚に返すと、食堂から立ち去る。
紡は緊張の糸が切れたのを感じ、それと共にそこはかとない不安を覚えた。
直感的な判断だが、鶴瓶自身に悪意は感じられない。
だからこそ、何の目的で『他者の心を読む方法』を尋ねてきたのか全く見当もつかなかった。
紡はそれ以降もあれこれと考えてはみるが、情報が少なすぎる故に、答えに至る事はできない。
ふと時計を見やると、いつの間にか昼休憩の時間は終了間近になっていた。
紡は焦りつつ食器を片付けると、早足で午後の講義がある教室へ向かうのであった。
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