第85話 偉い人②


「さぁて……」


 次にヴァルター最高議長は俺たちの方へ向くと、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。


「キミたちが『ハンプール』を守ってくれたんだろう? この街の住人に代わって、ぜひ礼を言わせておくれ。ありがとうよ」


「い、いえそんな! もったいないお言葉です!」


「『ハンプール』は年寄りの療養に最適でなぁ。ここが潰されれば、寿命があと十年は縮んでしまうところだったよ。なあ、ばあさまや」


「いやだわ、じいさまったら。うふふふ」


 ……あなた方、あと何十年生きられるおつもりなんですかね……?


 中々お年を召されてらっしゃると思うんですけど……。


 っていうか、『ハンプール』がなくても寿命縮まなそうなくらい”圧”というか”オーラ”を感じますけどね……。


 流石は最高議長夫妻……。


 続けてカサンドラ夫人が、


「あなたは、ノエル・リントヴルムさんよねぇ」


「! 俺のことをご存知なんですか……?」


「勿論。アリッサム家次代当主を決める決闘で、ロゼ・アリッサムちゃんに大きく貢献した人物……。元老院で知らぬ者はおりませんよ」


「そ、そうなんですね……」


 ――怖い。

 普通に、というかめっちゃ怖い。


 俺氏、いつの間にか政治のトップに名前が知られているんだが?


 いや、考えてみれば自然ではあるけどさ……。


 アリッサム家って元老院の一角なワケだから……。


 でも怖いもんは怖いよぉ……。

 もう完全に政治家の方々にマークされちゃってるじゃん……。


 俺は平和で静かにスピカを育てたいだけなのにぃ……。


「今回のご活躍、デイヴィス学園長にはしっかりと報告をしておきましょう。どうか誇りに思ってくださいな」


「あ、ありがとうございます!」


「それから――そちらの女の子は、クローディア・ベルメールちゃん、だったかしら」


「え……? どうして私のことまで……」


「ベルメール家のご令嬢といえば、数年前まで悪い噂をたくさん聞いたものだから。顔くらいは覚えていますよぉ」


「は、はは……」


 顔を引き攣らせて目を逸らすクローディア。


 キミ、最高議長夫人の耳に入るレベルの悪女だったんやね……。


 いやまあ元々ガチの悪役令嬢だったワケですしおすし……。


 ムリもないか……。


「でも、噂なんて当てにならないわねぇ。本物はこんなに立派なレディだったんですもの」


 カサンドラ夫人は朗らかな笑顔のまま、続けてフレンを見る。


 彼女の腕に抱きかかえられた、小さなワイバーンの姿を。


「ベルメール家が没落して、どうしているかと思っていたけれど……まさか”ワイバーン・マイスター”になっているなんて。やっぱり長生きはしてみるものだわ」


「きゅわっ♪」


「まあまあ、とってもかわいい赤ちゃんだこと」


 フレンを見て満足したのか、カサンドラ夫人はクローディアから離れていく。


「もし困ったことがあれば、いつでも私たちを尋ねていらっしゃい。ボーレンハイム家は、あなたに力をお貸ししますから」


「うむ。もしお家再興も考えにあるなら、快く手伝おうとも」


「――! あ……あああっ……ありがとうございますっ!!!」


 クローディアは声を震わせながら、バッと大きく頭を下げる。


 ……マジか。

 大陸で一番偉い人を味方に付けちゃったよ、クローディア。


 災い転じて~ってのは、こういう時のためにある言葉だな。


 いやでも――よかった。

 本当によかったよ。


 ……頭を下げた彼女がちょっと泣いているように見えたのは、まあ俺の見間違いってことにしておこう。


「ほっほっほ、よい子だなぁ、ばあさまや」


「うふふふ、そうですねぇ、じいさまや」

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