第81話 "音"


「――きゃあッ!」


 ドラゴン・タートルが家屋にぶつかった衝撃は凄まじく、クローディアはフレンもろとも吹っ飛ばされる。


 彼女はそのまま宙を舞い、付近に建っていた家屋の壁に叩き付けられた。


「クローディア!」


 俺はすぐに彼女の下へと走る。


 一方でディルクやアルベナも街へと入り、


「え、衛兵! あのドラゴンを早くなんとかしろ!」


「は……? あ、あなたたちは……?」


「そんなのどうでもいいでしょ!? 街が壊されても知らないわよ!」


「は、はいぃ!」


 彼らに言われて、『ハンプール』の衛兵たちは急いでドラゴン・タートルの迎撃に向かう。


 だが所詮戦力は少数。

 とてもあの巨体の進撃は止められそうもない。


 けれど幸いなのが、街の中に衛兵以外の人影が確認できないこと。


 きっと避難が済んでいるのだろう。


「クローディア、しっかりしろ!」


「きゅーん!」


 クローディアの下へ駆け寄った俺は、すぐに容体を確認。


 だが、彼女はぐったりとしていた。


「そ、そんな……どうしてこんなことに……! チクショウ、仇は討ってやるからなぁ!」


「――あの、勝手に殺さないでくださいます……?」


「うわぁ!? お、脅かすな!」


 唐突にパチッと開かれたクローディアの目に驚く俺。


 そして彼女は、ゆっくりとだが身体を起こした。


「うぅ……痛っ……!」


「お、おい、ムリに起きるなって! 凄い勢いで投げ飛ばされたんだぞ!?」


「そ、そうですわね……ちょっと動けそうにありませんけど……この子が無事なら、それで十分です」


 そう言って、彼女は丸めるように抱えていた両腕を解く。


 するとその中には――フレンの姿があった。


「きゅわぁ……っ!」


「け、怪我はない……? どこか痛いところは……?」


「きゅわっ、きゅわっ!」


「そう……ならよかったですわ」


 ――どうやらクローディアは、吹き飛ばされる寸前にフレンのことを庇っていたらしい。


 ……自分の身体を犠牲にしてまで。


「クローディア……! どうしてあんな危険な真似を……!」


「あら、あなたが逆の立場なら同じようにしたのではなくて?」


「いや……そりゃあ……」


 ……したかもしれないけどさ。

 似たようなことを。


 だってじっとしてられないし。


 とはいえ、やり方ってもんがあるでしょうが……。


 まったく……お転婆な弟子め。


「それより、次はどうされますの?」


「え?」


「まだなにか方法はあるんでしょう……? この私がこんなに身体を張ったんですもの、”ない”なんて返事は聞きませんわよ……!」


 ――クローディアの、彼女の目は光を失っていなかった。


 少しも諦めていなかったのだ。


 その瞳を見て、俺の頭も再び思考を始める。


 話……はもう絶対聞いてくれないから、やっぱり攻撃して大人しくさせるしかない。


 でもスピカの〔ホーリー・バレット〕が効かなかったとなると――


「……ダメージを与えて怯ませるには、やっぱり弱点属性を突くしかないよなぁ」


「その、ドラゴン・タートルの弱点って?」


「〔風〕だ。彼の先天属性は〔水〕だから、〔風〕属性の技なら比較的ダメージが通る」


「……でもスピカちゃんて――」


「使えません。〔風〕属性の技は専門外です」


「じゃあダメじゃありませんの! もう少し考えて発言してくださる!?!?」


「考えてますぅー! 足りない頭をフル稼働して必死に考えてますぅー! でも状況が絶望的なんや!」


 俺だってスピカが〔風〕属性の技を使えたらとっくに使わせてるよ……。


 でも彼女がその手の技を覚えるのはまだ先なんや……。


「むうぅ……やっぱタイミングが悪すぎる……。せめてフレンの育成が十分に進んだ後だったら……」


「きゅわ……?」


「……ワイバーンの先天属性が〔風〕だから、ですか?」


「そう、彼らの攻撃は〔水〕属性への特攻になるからな」


「! きゅわ……」


「勿論、種族差が大きいから簡単に優勢は取れないけどさ。理想を言うなら成熟期、いやせめて成長期まで成長した状態での攻撃なら――って、今こんなこと言っても仕方ないよな……」


「……」


 う゛~~んと考える俺。


 だがそんな時――フレンは、不意に”空”を見上げた。


「……きゅわッ!」


「? フレン……?」


「きゅわっ、きゅわっ!!」


パタパタ


パタパタ


 ――彼は必死に両手を動かす。


 全力で、一心不乱に。 


 それに合わせて、小さな翼膜が風になびく音が聞こえてくる。


「きゅわぁっ! きゅわぁっ!」


パタパタ


パタパタ



――フワリ



「……え?」


「きゅわっ、きゅわっ!」


パタパタ


パタパタ


 ――小さな彼の身体が、宙に浮く。


 しっかりと両手の翼をはためかせ、クローディの顔の高さまで上昇してみせる。


「フレン……あなた――飛ん――」


「きゅわっ!」


 クローディアが言い終えるよりも早く、彼は空高くへと舞い上がっていった。


 そして家屋の屋根よりもずっと高く、『ハンプール』の遥か上空まで飛んでいく。



「きゅわぁ~っ! きゅわぁ~~~っ!」



 街を一望できるであろう高度で、彼は甲高い鳴き声を上げる。


 街中に――いや、街の周囲にまで響き渡るような、とても大きな声を。



「きゅわぁ~~~っ! きゅわぁ~~~ッ!!!」



「フレン……一体なにを……?」


 今にも喉が裂けてしまうんじゃないかと思うような、必死の鳴き声。


 その行為にどんな意味があるのか、俺もクローディアも最初わからなかったが――徐々に気付かされていった。



「……ク、クローディア……この”音”――聞こえるか?」


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