めっちゃお湯弾くタイプのカップ麺
死なない蛸
第1話
ノートにはこんな記述があった━━━━
おれはバイト先の店長に呼び出された時なんかおかしいと思ったんだ。少しも心当たりがなかったのにあの野郎おれがレジの金をくすねたなんて抜かしやがった。ただどうやって得たのか、おれのレジで精算した時に限ってお金が無くなってる証拠が出たそうだ。それを突きつけられておれはどぎまぎした。
なぜならおれは何もやっていないからだ。そこまで金に困っている訳でもない。
とすると他のやつがおれをはめようとしたに違いない。しょうがないので休日の暇なタイミングを見計らって監視カメラをチェックしたがどうもそういうことではないらしい。
とすると残った可能性はひとつ。おれが渡したお釣りが間違っていたか。心当たりはないがその点を追求した方がいいらしい。
すると店長の野郎がまたおれを呼びつけて呆れ顔で説教を始めやがった。うわの空で話を聞いているとなんと、おれはある日を境に1日1円ずつお金をくすねた証拠が出たらしい。そうなるといよいよ訳が分からなくなる。このままだとおれがただのきちがいみたいじゃないか。
そういう印象を持たれる訳にもいかない。疑いを晴らすにはその原因を追求するしかない。おれは店長がその境の日に言及した時、おれのこころになにか引っかかるものがあった。あれだあれだ。あの日からだ。あの青年がうちに通い続けるようになったのは。
彼は店長が言及したその日から、俺の務めてる店に毎日のように顔を出すようになった。身長は高く、面長で特筆するべきところがすくない普通の日本人に見えるのだが、コンタクトでも入れているのか、目の瞳孔が青みがかっていた。
そんな青い目の青年は、特に何も考えず生活しているおれの記憶に印象深く刻みつけられたのも今考えるとおかしなことだ。まぁ文字通り何も考えかったおれは毎日彼の顔を見る度に今日もしっかり青い目してんなとしか思わなかったんだけどな。
とにかくそいつが金が無くなった原因を握っているに違いない。いままでの傾向から今日もきっと来るはずだ。おれは店長に泣きついてもう数日間だけ働かせてもらえるようになった。
(店長に働かせて貰えるように頼んだ苦心談が続く)
あくびをしながらノートのページを捲り続ける━━━━
やつがきた。例の青年だ。おれは注意して彼の動作一つ一つを観察した。商品を手渡し金を受け取り最後にありがとうございました。何事もなく終わってしまった。少しあっけに取られたが、何一つ滞りなく進んだので今日は店長に怒られることは無いだろう。
と、昔のおれだったらそこで終わり。今のおれは昔とは違う。おれは青年を横からも観察するために定置カメラを商品棚に置いておいたんだ。
おれはすぐさまカメラをチェックした。そしておれはそこに写ったものをみて驚愕した。なぜかって?なんとカメラの中でおれは何もしていなかったからだ。
青年だけが手を動かして、1人で商品をスキャンし、おれに商品の代金より1円少ない額を握らせた。
何を言ってるかわからないだろうが、おれにもよくわからない。さっきおれは何事もなく会計を済ませたはずなのに、指し示している事実はそれとは違っていたのだ。
店長にこれを話しても少しも信じてくれないだろうし、きちがいと確信させるだけだから自分でその証拠を、あの店長の野郎の前に見せつけてやらなくちゃいけない。そう悟り、おれは決意をした。
そして翌日、青年がまたやってきた。会計を済ませると、制服から用意していた私服に早着替えし、そっとバイトから抜け出して青年を尾行した。どうせクビの身だしきちがいの誤解だけ解いておさらばしてやる。なんで誤解を解きたいって、そりゃあそこで一緒に働いてきた××子がかわいいからさっそうと謎を解いてきちがいどころか名探偵だってことを見せつけてやりたいってだけだよ。
手を顎にあてながら私は少し目を細める━━━━
青年は非常な早足で歩くため、彼を何度か見失いそうになった。バイトにもう戻ることは出来ないし、これを逃してはならないと思って必死だったよ。だんだん日も暮れてきて、お腹も減っできたけど、俺は粘り強く尾行を続けた。彼はどんどん暗い方へと歩いていき、果てにはもう辺りがほとんど見えないくらいに暗い森の中へと連れていかれた。
おれは後悔していた。なんだか不安だしこの謎めいた青年を尾行するならもっと万全な準備をするべきだったと。
その時、青年はこちらを振り向いてこう言った。
「君は僕と遊ぶことは出来ない」
その瞬間、青年の体は四散した。
ほんとうに、四散した。
不気味な音が辺りを包み込んでいた。なにか聞き馴染みのある、不快な音。
それが虫の羽音だと気づくのに二三分かかった。
青年の正体はハエだった。
おれは無我夢中で逃げた。方向もわからずに明るい方へと走り続けた。この悪夢をおわらせるためには、あの店に戻るしかない。
辺りを取り巻く漆黒はおれの足元を隠すためにいっそうどす黒さをまして佇んでいた。
見たことがある情景、家までの道筋がわかる。だが黒いベールはいつまでたっても消えない。
家に帰ってそのまま風呂に飛び込んだ。
黒いベールが除かれておれはようやく現実に戻ってきた。
私はひとりで固唾を飲んで字面を見守る━━━━
気づいたら既に翌日の3時を回っていたていた。おれは疲労のためこんなにも長く眠っていたのだ。昨日の悪夢が頭から消えない。思い出すだけでも鳥肌が立ってしまう。おれとしたことが、非常に萎縮している。
青年は人ではなかった。おれに店であんな訳のわからない体験をさせるには人間ではつとまらない。でもなぜ、どうやって。
おれはそれを知りたくなかった。四散する前のおれを真っ直ぐに見つめる青い目がまるで昆虫のそれのように、世界の全てを見通してるようだったのを思い出した。やつに何を言ったって何をしたって無駄なのだ。
おれはどうすればいいのだ。彼からのがれることはできない。あらゆる影から彼が出現するような気がしてきた。目を閉じてしまうと、その闇から彼が出現するのではないだろうか。やはりおれには逃げ場はないのか。
お前は誰なんだ?そこにいるなら返事をしてくれ。そこにいるのだろう?おれをからかっているのか?それならやめてくれ。おれはお前の言う通りお前と遊ぶことができない。頼むから、消えてくれ。
おれは絶叫した。波紋が広がって全ての影を消し去って欲しかったのだ。しかし影は依然としてこちらを睨み返してじっと様子を伺っている。
おれは影に殴りかかった。そこにあいつはいるのだ。鈍い音が響いたあと何度も何度も影を殴り続けた。手に痛みだけが残るが、影は何も言わないまま、それでいておれをあざわらっている声が聞こえる。
耳に全ての音が聞こえるし、鼻や口にも研ぎ澄まされた部屋の緊張を感じる。つま先に汗をかいているのもわかる。
ただ目だけは闇を見つめて離れない。見えない糸で目と影とが繋がれて動かない。
次第にあらゆる感覚が狭まっていく。しかしなくなる訳では無い。ちょうど太陽光を虫眼鏡で集めたように、あるひとつのことに絞られていくのが明白にわかる。喉元を通って声にならない声が出る。やがて頭にある思想がもたらされる。
さっきの絶叫が功を奏した。
おれはあいつを殺すと決めた。
おれは殺意に満ち溢れている。だがこの気持ちをおれの中だけに止めておくのももったいないからこのノートに留めておく。
ピンクの象の目が怖いということは、おれは夢魔に突き放されたと言えよう。
ならばどうだ、今のおれならなんでもできるということになるのだ。
━━━━そこで記述は途絶えていた。
私はノートを閉じた。
どう考えても正気の沙汰じゃない。
彼、つまりこのノートの作者はこの後、家を飛び出し、たまたま目の前にいた私に殴りかかってきた。私のことを作中の青年と間違えたのだろうか。おそらく彼にはもう全てのものがハエの青年に思えたのだろう。
だが私には柔道の心得があった。顎を1発不意に殴られて驚いたが、冷静に相手と組み合って地面に伏せ倒し、警察を呼んだ。
その時の彼の顔は凄まじかった。なにか見えぬ大きなものに向かって必死に吠えている犬のようだった。彼はいまも拘置所の中で犬のように這いずりまわってハエの青年を探しているのだろう。
私は一応事件の被害者として警察の保護を受けている。その時、警察の人から彼の家から出てきたという日記らしきノートを預かった。凶行の動機を求めたかったのであろうか。
ただしこのノートを見る限り、この事件に動機はなく精神異常からもたらされたものであろう。
私は目を閉じて一息ついた。突如として現れた謎の青年に1人の男が侵されていく、それの一部始終を見たような気がして、加害者とはいえ彼を少し気の毒に思った。
1匹のハエが飛んできた。私はこのノートを見たためにハエに対しても敏感になってしまっていた。びっくりして変な声が出た。
不意にカーテンの影に目が行った。私は少し恐ろしくなってきた。
そのときふと私の頭をノートの最後の2行が過った。そしてある仮説が生じた。
彼はもしかして、正気だったのではないか。
孤独な拘置所の物陰に一人の男が目に青色をたたえてうずくまっていた。
めっちゃお湯弾くタイプのカップ麺 死なない蛸 @shinanaitako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます