わたしは、犬なんだ。 ~加害者少女は犬になる~

柳なつき

チャイムが鳴る

 わたしは、ずるい。

 ずっと、いいわけばかりで。


『だって……しょうがなかったから……怖くて、ああするしか、なかったから……』


 今夜だって、あんないいわけをして。


「よし、よし」


 それなのにきょうくんは、そんなわたしの頭を撫でるだけ。

 怒鳴りもせず、苛立ちもせず。


 いっそ怒ってもらえたほうが――楽なのかもしれない。

 だって、それなら。恭くん怒るなんてひどいよ、って。恭くんのせいに、してしまえるのに。


 だけど、恭くんは身体をボロボロにしながらも、あくまでも穏やかだから。

 わたしの、ずるさが。際立つだけ。


 わたしがどれだけ恭くんにかなわないのか、思い知らされるだけ。


 ――数時間前。

 まだ夕方と呼べる時間だった。


 わたしも恭くんも、ダイニングテーブルで大学の課題を片付けていたとき。


 ピンポンピンポンピンポン、と激しいチャイムが鳴った。

 わたしは大きく肩を震わせて、シャープペンシルを落としてしまう。


「きょ、恭くん……」


 恭くんは、平然とノートに向かい続けている。ピンポンピンポンピンポン。こんなにうるさいチャイムが聞こえていないみたいに。


 ドンドンドンドン、とドアが叩かれた。

 外からは――お兄ちゃんたちの声がする。


『おーい、わざわざ来てやったぞ。遊ぼうぜ。開けてくれよ』


 心臓がばくばくして、吐き気さえこみ上げてくる。


「――来ちゃった。来ちゃったよ、ど、どうするの、恭くん……」

「住所を教えたのはミスだったな。真衣まい沙綾さあやに、従う必要もなかったのに。俺もあのときはちょっとおかしかったな。あいつらに怯えすぎてた」

「そ、それはいま、いいから……おに、お兄ちゃんたちに従わないと、わたし、わたし、動画を拡散されちゃうよ」


 ペットプレイを、させられている動画を――。


「どうするの、どうすればいいの恭くん」

「だから」


 恭くんは、面倒そうに顔を上げた。


「無視すればいい。あいつらからの連絡も、何もかも」

「でも、でも、だけど」

「説明したよね、咲花えみかさん。弱みを握ってるのは、時雨しぐれたちだけじゃない。こっちもあいつらの弱みを握ってるんだよ」


 説明は、されたけど。わかった、つもりだけど。

 ……でも、でも、やっぱり。わからないよ。怖いよ。

 本当に――大丈夫なの?


 わたしとお兄ちゃんたちは、いわゆる男子中学生監禁事件の、いわゆる加害者で。

 恭くんは、いわゆる男子中学生監禁事件の、いわゆる被害者。


 大学生で、モデルで動画配信者のわたしは、その過去をバラされたら困るから。

 四年間。恭くんの「飼い犬」になると、約束した。


 そう考えたら、この間、恭くんが気がついたように。

 過去をバラされて困るのは、お兄ちゃんたちも同じはずなんだけれど――。


 恭くんと、先週話した。

 ダイニングテーブルで、向かい合って座って。同じ高さの目線で。


『あのさ。この間、気づいただろ。時雨たちだって咲花さんと同じで、俺に過去をバラされたら困るんじゃないか、って』

『う、うん……』

『時雨、真衣、沙綾、まこと。全員の状況をひと通り把握したよ』

『……ど、どうやって?』

『普通に、人を雇って。ごめんね、咲花さんのお金、ちょっと使わせてもらったよ』

『……そ、それはいいんだけど。お金はいっぱいあるし、いっしょに暮らしてるし』

『ありがとう。おかげで謝礼を弾んで、時雨たちの大学やバイト先の人間たちからスムーズに話を聞き出せた』


 恭くんの説明によれば。

 時雨――わたしのお兄ちゃんは、驚いたことに、大学で過去を公表しているのだという。

 だけど。大学でのお兄ちゃんの評判は、すごく良いらしい。いわく、昔は確かに男子中学生監禁事件という酷い事件を起こしてしまったけれども、いまではそれを深く反省している。すっかり更生して医学の学びに励む、本当に良いひとだと――。


『弱みを握られないためだろうね。過去を知られて窮地に陥るよりは、最初から堂々としていたほうがリスクが低いと判断したんだろう。だから、時雨は脅せない。過去をバラすぞと言っても、脅しにならない。……やっぱり時雨は一枚上手をいってるな。俺をさらって二年以上も監禁する計画を立てて、成功させただけある』


 ……お兄ちゃん……。

 やっぱり、どこまでも――強くて、……おそろしい。


『でも。どうも真衣たちは事情が違うみたいだった。真衣も沙綾も、大学で過去を隠している。出身地や出身高校を誤魔化してるみたいだ。いざバレたときに、同姓同名と誤魔化すためかもしれない』


 わたしは親戚の協力で、どうにか名字を変えたけれど。わたし以外の加害者のみんなは、名前はそのままだ。


『誠はフリーターだから、バイト先の人間に聞いたけど、やっぱり過去は隠してるみたいだった。というか、そもそもバイト先ではそんなに話もしないんだって、誠は。ミステリアスな感じのひとです、だって』

『……そう、なんだ』

『失うものは、人気で有名な咲花さんほど大きくはないだろうけど。だけど、今の生活を続けたいなら、……バラされたらやっぱり困るんじゃないかな』


 それは、……そう。

 だって、男子中学生監禁事件といったら――いまでは、残酷であまりの加虐性に満ちた少年犯罪として、世間的にも有名で。

 ネットの海の、ありとあらゆるところで。「胸糞」とか言って、紹介されてて……。


 ――最悪だな。死ねよ。

 ――犯人たちは死ねばいいのに。

 ――被害者の男の子のためにも、死んでください。


 わたしたちは。

 この国の、もしかしたら世界の、あらとあらゆるひとびとから、死を軽く願われる存在で。


 そんな正体――バレたら、本当に、どこでだって、……まともには生きていけない。

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