逆玉から始まる世界への復讐譚~忌み子として差別されてきた俺が、何故か俺を溺愛する隣国の皇女様に求婚され、彼女と共にこの世界に復讐する~

水本隼乃亮

逆玉から始まる世界への復讐譚~忌み子として差別されてきた俺が、何故か隣国の皇女様に求婚され溺愛される~

「好きです。俺と、付き合ってくれないか」

「っ!?」


 俺の告白に、驚きの表情を浮かべる女性。

 彼女の名は、リーズィー・ドレー。

 女子にしては高い背を猫のように丸くし、真っ赤な髪を三つ編みに結び、分厚い眼鏡で両目を覆っている彼女は、一目見るだけでは陰の薄い地味な少女だろう。


 しかし、俺は彼女とこの一年ともに過ごして、理解したのだ。彼女の魅力というものを。


「君の思慮深いところが好きだ。君の気立てのいいところが好きだ。君が時折見せてくれる可愛らしい笑顔が好きだ。こんな捻くれた俺と一年友達でいてくれた、そんな優しい君が…好きなんだ」


 リーズィーは驚きの顔を変えない。一瞬、彼女の背後に立つ青色の髪を持つ侍女を振り返るが、俺はそんな侍女の顔を見る余裕もない。

 ただ、うるさいほど高鳴る胸の鼓動と赤くなっていく頬の熱を感じるので精いっぱいだった。


 元々、俺はこの告白をするつもりではなかった。彼女と別れ、実家に帰った後良き思い出として胸の内にしまっておくつもりだった。

 しかし、彼女が俺との別れの日々が近づいていくうちに寂しそうな顔を多く見せることになったことと、俺の専属侍女が背中を押してくれたお陰で、今日この日に俺は彼女に告白することを決めたのだ。正直言えば、勝算があると思った。


 ――しかし。


「………」


 リーズィーは何も言わない。彼女の目線は俺の頭――髪を向いていた。俺の、真っ黒・・・な、髪を。

 かつてこの地を混乱に陥れた魔族の末裔である象徴、不幸を呼ぶ憎き忌み子の、黒い・・髪を。


「……そうか。やはり君も、そう・・なんだね…当然か」

「え!?い、いや、ご、誤解です!」

「……すまなかった」

「ち、ちがっ!お待ちになって!ヘルムート様!」


 俺は俺を引き留めるリーズィーの声を振り払うように、彼女に背を向ける。

 瞳から零れる涙を彼女に見せないように。


「…俺のような忌み子が、綺麗な深紅の髪を持つ貴女に不相応な言葉を投げかけて、すまなかった。心から、謝罪を。…勉強になったよ。やはり、忌み子が一端の人間のように恋愛なぞ、するべきではないんだ」

「ち、違うんです!ヘルムート様!謝るのは私の方で!」

「……君は大商会の一人娘なのだろう?これ以上忌み子である私と共にいるのを見られたら悪影響だ。……行こう、グラシェ」

「……ヘルムート様、いいんですか?」

「ああ」


 背後で今の出来事を見守っていた俺の専属侍女、グラシェの手を取って俺今度こそその場から離れた。


「さようなら、俺の初恋。……なんて」



~~~~


 それから一か月後。

 俺は無駄に広い部屋で、見飽きた窓からの風景を眺めつつ溜息をついていた。


「…はぁ」

「も~ヘルムート様?まだリーズィー様のこと引きずっているんですか?」


 そんな俺に声を投げかけるのは、俺の専属侍女、グラシェ。犬人・・らしく犬のような丸い耳と尻尾を持つ彼女との付き合いはもう十年ほどになる。


「…うるさい。引きずってなんかない」

「またまたぁ。ヘルムート様ったら、もう今日だけで二十回目の溜息ですよ」

「……そもそも、俺が彼女に告白したのはお前に『いけますいけます!最近のリーズィー様のヘルムート様を見る目はこう…熱っぽいと言いますかなんかいける気がします!だから告白しちゃいましょう!』という言葉に背中を押されたことも一因だからな」

「うぐ……えっと!気分転換、しましょう!何か楽しい事でもしましょうよ!」

「楽しい事って…なんだよ。ここ・・で出来る事なんかあるか?」

「え~……っと…」


 グラシェは部屋の中を見渡しながらやってしまったという後悔の顔になる。


 ここは離宮と呼ばれる建物。

 大の忌み子・・嫌いである親父殿が、俺に会いたくがないためにわざわざ建てた、ありがたい建物である畜生が。


 そんないきさつで出来た建物にある部屋だ。当然、面白いものなんて何もない。

 書物も無ければ盤上遊戯もない。あるのは机と椅子とベッドくらいのあまりに殺風景な部屋だった。


 そんな部屋で暮らして十年間…いや、去年は王都で過ごしたから九年間か。まぁどうでもいいがそれだけ長くいたのだから、この退屈さには慣れたもんだ。

 しかし、暇であることに変わりはないが。


「あ~…しりとりでも、します?」

「却下だ。十文字以上縛りでも三時間以上出来てしまった時は絶望したぞ」

「言えてますね…」


 そこで会話が途切れ、俺とグラシェはただ虚空を見つめる。

 俺たちの日常はこんなもんだ。日がな一日をぼぅっと過ごし、たまに何かあれば会話する。部屋に女性と二人きりで無言とは気まずいのではと思われるかもしれないが、俺としてはこんな生活を十年ほど続けているのだ。今更そんな無言に耐えられなくなると言った状況にはならない。

 むしろ、グラシェとの静寂の時間は俺の心が安らぐには充分だ。

 だが、暇である事実は不変である。


「グラシェ…なんか面白い話とかないか」

「なんですが藪から棒に」

「暇すぎるんだよ。ほら、なんかないか。親父殿がいきなり不治の病を患ったとか」

「それ願望でしょう…。あ、そう言えば、さっき侍女さんたちの噂話で聞いたんですけど、ラスティアの皇女様がまた新しい政策を打ち出したんですって」

「ああ…あの皇女サマか」


 隣国に存在する大国、ラスティア神聖帝国。ここフォルンダ大陸に覇を唱える超大国の一角に数えられる国だ。

 そんなラスティア神聖帝国の皇帝は三人の子供を持つ。上から長男、次男、長女。グラシェが言っている皇女様とはその長女―第一皇女、リーゼロッテ・フォン・ドラルンテのことだ。


「なんでも奴隷の方などの社会的弱者のための政策なんだとか。去年は体調が悪く表舞台に出てこなかったらしいですけど、今回の一件でまた次期皇帝としての呼び声は高くなったでしょうねぇ~」

「はん…。俺もこんな髪を持ってなければ皇女サマのようなことをしていたんだろうな」


 去年王都に言った時、俺はこの国の暗い部分を垣間見た。

 光の届かない路地裏で生活する痩せこけた少年だったり、戦いで腕を失くした元兵士だったり。

 俺は人並みに、彼らになんとかしてあげたいと思った。それこそ彼らのために政策を打ち出したり、彼らを救済する法を作ったり。


 だがそれは叶わない。俺にはそんなことは出来ない。何の力も持たない、忌み子の俺には、何も。


「ヘルムート様…私はヘルムート様といられて幸せですよ?」

「ああ、悪かったなグラシェ。お前に気を遣わせたかった訳じゃない」


 グラシェは元々奴隷の身だったが、過去に俺が彼女を買って、こうして奴隷ではなく侍女としている。

 そんな彼女だからこそ、さっきの発言をした暗い表情の俺を慰めようとしてくれているのだろう。

 普段はぽわぽわとしている癖に、こういった気遣いや優しさを見せてくれる彼女の一面に、俺は救われている。直接言うのは照れ臭いけどな。


「でも、クーゲル伯爵ももういい歳ですよね。このままだと、ヘルムート様が次のクーゲル伯爵当主なんじゃないですか?」


 俺の親父殿―現クーゲル伯爵、ラケン・ランド・クーゲル。 

 大の忌み子嫌いとして知られ俺と顔を合わせば思いっ切り顔を顰める彼は、確か今年で六十歳。

 だと言うのに彼には俺以外の子供はいなく、また妻には二十年以上前に先立たれたらしい。それから先に新しく妻を迎えていないので、確かに今のままでは一人息子である俺が次期クーゲル伯爵当主になるだろう。

 だが―


「はん。それは無いだろ。俺のことが大っ嫌いなあの親父殿のことだ。きっと今頃新しい嫁か、俺の代わりになる養子でも探しているんじゃないか?」

「わざわざそんなことしますかね…」

「するさ、親父殿の忌み子嫌いは折り紙付きだぜ?」

「はぁ~…でも、ラケンのじじぃももう歳ですからねぇ。今更奥さんとか難しいんじゃないですか?」

「じ……」


 普段ほんわかしているグラシェの口から時たま繰り出される毒舌は、今でも少したじろいでしまう。

 まぁ、彼女の毒舌は今に始まったことじゃないけどな。

 俺は気を直して会話を続ける。


「結婚できたとして、そもそも今のアイツに子供ができるのかも不思議だけどな!」

「確かに!もう種が無いのかもしれませんね!」

「「ハハハハハハ!」」


 俺たちが最低で下世話な話をしていると、なにやら離れの外が騒がしいのに気づく。

 小さい窓から外を見ると、この屋敷で働いている使用人が何やら慌ただしく走り回っていた。


「…なんかあったのか?」

「そうみたいですね。私ちょっと見てきます」

「おう」


 そう言って、グラシェは離宮を後にする。


 グラシェはああ言ったが、彼女は別に他の使用人に何かあったのかを聞きに行ったのではない。

 グラシェの種族である犬人は、ここらへんでは被差別種族だ。

 そのためグラシェと話したがる奴なんてこの屋敷にはいない。彼女は犬人らしい普通の人間よりも発達した耳で何があったのかを盗み聞きに行ったのだ。

 憎まれ役の忌み子には下等種族である犬人を、って訳だ。全くもって気持ちが悪い。考えた奴は天才だな。


「……結婚ね」


 一人残された俺は、誰に言うでもなくそう呟く。

 なんとなく、その単語が俺の心に残ったのだ。


 俺もいつかするのだろうか。もし、万が一にでも俺がクーゲル伯爵にでもなったら、愛する人とは結婚出来ないだろう。貴族とは、自分の領のためにその身を奉じる者。そしてそれには、結婚も含まれる。貴族の世界では、結婚もドロドロとした政治の世界を戦い抜くための手札の一枚でしかないのだ。


 だが、人生は一度きりだ。それならば政略結婚などではなく本当に愛する人と結婚したい。

 そう考えると、俺の脳内にはやはりと言うべきか、一人の女性の姿が思い浮かんんでしまう。


 忘れられない。例えこっぴどく振られようと、きっと彼女の記憶は俺の心に深く刻まれるだろう。


 瞳に秘められた叡智。お淑やかな所作。一緒にいて、胸が高鳴りしかし落ち着く存在であった俺の初恋……そう、


「リーズィーさん……」


「ヘルムート様!」

「うおびっくりしたァ!」


 俺が呟くと同時に、離宮の扉が粗々しく開けられる音がする。

 見れば、グラシェが肩で息をして真剣な表情でこちらを見つめていた。


「そんな慌ててどうしたよ。親父殿が倒れでもしたか?」

「それどころじゃないですよ!」

「仮にも伯爵だぞ。それどころなんてことはないだろ」


 俺の冷静な突っ込みを無視しながらグラシェは息を整えると、真剣な顔で口を開く。


「ラスティア神聖帝国第一皇女、リーゼロッテ・フォン・ドラルンテ様がここ、クーゲル領に向かっているとのことです」


 俺は驚いた。リーゼロッテ・フォン・ドラルンテと言えば先ほども話に出た隣国である大国、ラスティア神聖帝国の第一皇女。

 そんな大物がこんな小国の領地に向かっている。

 驚いた…驚いたが、すぐにその驚きは霧散した。


「いや、ここを通って王都に行くだけだろ?」

 

 ここ、クーゲル領は大陸西部に位置するオーサスラル王国の東端に位置する。そしてラスティア神聖帝国はオーサスラル王国の東に位置する国。

 その関係上、ラスティア神聖帝国からくる使者は唯一国境を接するクーゲル領を経由して王都に向かっていく。

 使者が皇女という大物なのは初めてだが、それ自体には何の違和感もない。


 だが、グラシェは首を横に振る。


「それが、王都ではなくここに用事があるとのことで…」

「なんだって?」

「しかも、前触れの方の話では、リーゼロッテ様が会いたいのはクーゲル伯爵ではなくヘルムート様だとか…」


 その瞬間、変わり映えしないだろうと思っていた俺の人生が動き始めた。


~~~


 それから数分後、俺はクーゲル伯爵家の屋敷の応接間に座っていた。


 この屋敷は俺の親父殿やその臣下が住み執務を行う建物である。先程歩いた感じ、いきなりの大物の来訪に屋敷中がドタバタしていた。

 俺がここに立ち入るのは大体十年振りか。

 普段はここに俺が立ち入るのは禁止されているのでね。いや、そもそも離宮から出る事すら禁じられているんだけど。


 応接間にいるのは俺と、侍女が三人と親父殿直属の騎士が五人程。

 全員が全員、なぜこんな奴がここにいるとでも言いたげな視線を俺に向けてくるので非常に居心地が悪い。グラシェは離宮にお留守番と命じられたおかげで、孤独感がより一層際立つ。


 居心地の悪さが我慢できずに奇声でも上げてみようかと思ったその瞬間、応接間の扉が開かれる。

 数人の騎士に守られるようにこの部屋に入ってきたのは白髪の老人。

 枯れ枝のような細い身体で無理矢理歩くように入室するその老人の両目には濃い隈がぶら下がっている。俺と言う忌み子を抱えて生きている人生だ、悩み事には困らない日常を送っているのだろう。

 彼―ラケン・ランド・クーゲルは俺を視界に入れると、その顔を思いっ切り顰めた。


「……ふん。忌み子風情が、何故傲慢にも座っているのだ?」

「…恐れながら、親父殿。聞けば皇女殿下は私に用があるのだとか。ならば私が―」

「黙れ、立て」

「……はいはいっと」


 どうやら親父殿は忌み子の俺が座る事すら不満らしい。ま、ここで下手に逆らってもいいことは無いからな。素直に立って待っているとしよう。

 こんな仕打ち、今更もう慣れっこだしな。


「…忌み子が。お前が今もこうして生きているのは誰のお陰か、忘れたのか」


 俺の黒い髪をじろりと睨みつつ、騎士に支えられるように座った親父殿はまだ気が晴れないのか、ぶつぶつと小言を仰る。

 全くめんどくさすぎる御方である。


「失礼します」

「…入るがいい」


 親父殿の許可を経て入室したのは真っ黒な鎧に身を包んだ女性だ。鎧に刻まれる紋章はラスティア神聖帝国の皇帝、ドラルンテ家の紋章。

 恐らく、リーゼロッテ第一皇女の前触れだろう。


「リーゼロッテ殿下は到着されたのか?」

「はっ。クーゲル伯爵閣下に拝謁する許可を頂けますでしょうか」

「もちろんだとも。すぐにでも連れてきてくれ」

「ありがとうございます。少々お待ちください」


 そう言って、騎士の女性は退室する。

 それにしても、親父殿の声色は俺に向けてのそれと比べ随分と柔らかい。

 いや、媚びを売っていると言うべきか。鳥肌ものの猫なで声だ。


 ま、無理もないことか。

 ここクーゲル領はオーサスラル王国の端っこに位置する辺境の領地だ。その領地を任された田舎貴族である親父殿からすれば、大国ラスティア神聖帝国の第一皇女と話をするなんて人生で一度もあるかないか。興奮しても咎められないだろう。

 もしくは、これを機に王国から帝国に鞍替えする機会でも伺っているか、だ。


「ラスティア神聖帝国が第一皇女、リーゼロッテ・フォン・ドラルンテ様、入場!」


 いつの間にか戻ってきていたのか、先程の騎士の女性がそう叫ぶ。

 扉から現れたのは、騎士の女性と同じ黒い鎧に身を包んだ騎士たち。どうやら、リーゼロッテの騎士は全員女性で固められているようだ。

 騎士たちがずらずらと入室し、十人くらいが入っただろうかと思ったその瞬間、彼女・・は現れた。


「――ぅぉ」


 そんな感嘆の声を上げたのは侍女か、親父殿か、それとも俺か。


 彼女の燃え上がるような深紅の髪に反し、その鋭い視線から感じるのは氷のような冷たい威圧感。

 女性にしては、いや男性でもそういない長身に、豊かな双丘。熟練の騎士のようながっしりとした脚をしているものの、腰回りはくびれが出来る程細いまるで男性の欲望を詰め合わせたかのような体型。

 強気な、それでいて端正なその顔はこの場にいる男性全てを見惚れさせてしまうには充分過ぎるものだった。真っ赤な、しかし下品にはならず豪華な装飾溢れるドレスを見事に着こなしている。

 …俺は、彼女―リーゼロッテ・フォン・ドラルンテから目を離せない。


「お、お初にお目にかかる、リーゼロッテ・フォン・ドラルンテ第一皇女殿下。私はラケン・ランド・クーゲル伯爵。こうしてお会いできて光栄ですぞ」


 親父殿が年甲斐もなく浮かれた表情で自己紹介をしている。

 している…が、彼女はちっとも親父殿を見ていなかった。

 彼女は、侍女たちに並んで部屋の隅っこにいる俺を見ているような……。


「クーゲル伯爵」

「っ!……な、なにかな」


 リーゼロッテは、その場にいる者全ての背筋を凍らせるほどの低い、それでいて威圧感のある声を出す。

 あの顔に見合わずおっかねえ女性かも…。

 それにしても、いくら皇女と伯爵では皇女の方が立場が上とはいえ、彼女たちは他国の皇族と貴族という関係。

 だというのに、リーゼロッテは不遜な態度で親父殿に接している。他国の貴族を敬称なしで呼びつけると言うのはいささか礼儀に欠けているようにも思えるが。


「貴様、言葉が理解できないのか?」

「な、なんだと?」


 …おっと?もしかして親父殿、喧嘩を売られている?

 いきなりの「貴方馬鹿なんですか?」宣言に親父殿は戸惑いながらも怒りを滲ませている。どうやら平静ではないらしい。

 しかし、俺だって混乱している。

 なにしろ、いきなり訪問してきた隣国の皇女が超絶美人で、いきなり親父殿に喧嘩を売っているのだから。急展開に頭が追い付かない。


「私の前触れが伝えたはずだ。『リーゼロッテ・フォン・ドラルンテはヘルムート・ランド・クーゲルに用がある』と」

「い、いえしかし、この家の当主は私であるからして…」

「ほう。つまり貴様は、私の言葉より貴様の考えの方が上を行くと?」

「な……」


 リーゼロッテの態度は少々苛烈に過ぎるが、言っていることは間違っていない。

 つまり、私はA君に恋文を送ったのに、何故校舎裏に来たのがB君なの!?と、言う奴だ。知らんけど。もっと言ってやれ。


「それに、だ。何故ヘルムート様は立たされているのか。私直々のご指名の御仁を立たせ、貴様は何食わぬ顔でふんぞり返っている。……ラスティア神聖帝国を舐めているのか?貴様のような田舎貴族、私の命令一つで吹き飛ぶことを忘れるな」


 うわぁこうじょさまこわい。

 …ん?ヘルムート『様』?ご指名の『御仁』?

 あ、あれ、おかしいな。なんで貴族である親父殿は呼び捨てやら貴様呼ばわりなのに、忌み子でただの伯爵家子息である俺には様付けで御仁になったのだろうか。


「……私より、その忌み子が大事だとぉ?」

「先ほどからそう言っているだろう?田舎貴族は耳も遠いのか?」


 あ、親父殿の肩が震えている。

 当然だ。親父殿は世界で最も忌み子を嫌っていると言っても過言ではない男。

 そんな自分が忌み子より下に見られている現状を受け入れられる訳もない。


「貴様!ふざけているのか!こやつはかつてこの地を混沌に陥れた魔族・・の末裔!黒い髪の不幸を運ぶ忌み子だぞ!そんな穢れた奴が私より優先されることがあるはずないだろうが!」


 立ち上がり、絶叫した親父殿ははぁはぁと息を切らしながら騎士に支えられ座る。しかし、その怒りに染まった表情はすぐに、親に怒られた幼児のような情けない怯え顔に変わる。


「…言いたいことはそれだけか?」


 リーゼロッテの表情は冷たく、それでいて苛烈。直接その顔が向けられた訳でもない俺の背中に嫌な汗が流れる。部屋中が冷えたような錯覚を覚える程。


「……あ、う、あ」


 その威圧感に、あれほど怒り狂っていた親父殿の表情は絶望に染まり、言葉さえ窮してしまう。

 親父殿のその滑稽な姿を見たリーゼロッテはやれやれと言った具合で肩を竦めた。


「全く、話にならないな」


 その瞬間、リーゼロッテは親父殿に対する興味を全て失ったように親父殿から視線を外し、こちらを見つめる。

 

「さて、こんな場所にはこれ以上いたくない。移動するとしよう、ヘルムート様」

「え、ええ!?」


 リーゼロッテは何でもないような表情をしながら、俺の右腕をぐいっと引き寄せた。

 その瞬間、右腕に感じる柔らかい感触。


(―こ、これは!?)


 その未知の感触に、俺は恐る恐る自分の右腕に視線を向ける。

 すると、そこにあったのはリーゼロッテの豊かな双丘に挟まる俺の右腕の姿だった。


「ちょ、ちょぉ!?」

「さて、行こうか。聞くところによると、ここには君が住んでいる離れの建物があるそうじゃないか。まずはそこに案内してくれ」


 至近距離からの女神と見間違う程の美貌と、分かりづらいが控えめな笑み。

 その瞬間、俺の脳内処理能力は限界を越え、ただ顔を赤らめ離宮へ彼女を招待させることしかできないのであった。


~~~


「あれ、ヘルムート様お帰りなさい。早かったで――あのぉ…そちらの方は?」


 俺が茹でだこのような顔をしてなんとか離宮までこちらから視線を外さないリーゼロッテを案内すると、離宮で留守番していたグラシェが出迎えてくれる。

 しかし、俺の腕を掴んで離さないリーゼロッテの顔を見て訝し気な表情を浮かべる。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。自分の主が帰ってきたと思ったら謎の美女を侍らせて帰ってきたのだから。


「ふむ、君は確かヘルムート様の専属侍女のグラシェ殿か?」

「え?は、はいそうですけど…」

「それなら何故ここにいる?専属の侍女ならば主とは常に行動を共にするものだろう」

「え、え~っと、私は屋敷に近づいてはいけないと命じられているので…」

「…………ほう」

「ひぃっ!?」


 グラシェの言葉に、リーゼロッテは先ほども聞いたような低い声を出す。

 ……怒っているのか?誰に?


「ちっ…あの田舎貴族め。やはり早々に潰すべきか……」

「リ、リーゼロッテ皇女殿下?」

「いや、なんでもないとも」

「え、ヘルムート様…今、なんと仰いました」


 俺の言葉で悟ったのだろう、グラシェはリーゼロッテの顔を見て固まる。


「ああ…こちらの方、ラスティア神聖帝国が第一皇女、リーゼロッテ・フォン・ドラルンテ皇女殿下だ」

「え、えええええええええええええええええ!?」


 頭が床につきそうなほど腰を曲げて驚くグラシェ。だが、今回に限って言えばその過剰に見える驚き振りも無理は無い。

 俺たち小国オーサスラル王国の民からすれば、超のつくほどの大国ラスティア神聖帝国の皇族と会えることなんて稀中の稀だ。


「できれば貴女ともゆっくりお話をしたいところだが…すまない、今は私とヘルムート様、二人っきりにさせてくれないだろうか」

「「え?」」


 俺とグラシェの言葉が重なる。

 仕方ないだろ。この展開、流石の俺も予想外である。いや、流石の俺って誰なんだよって声も聞こえるが。


「ローゼット、親衛隊にこの建物の護衛を。君は扉の前で待機していてくれ」

「御意に」


 リーゼロッテと言えば、彼女の侍女であろう青色の髪をした女性になにやら指示をしていた。

 ……ん?この侍女、どこかで見覚えが…。


「すまないが、グラシェ殿も退室願えるだろうか?なに、心配はいらない。君は我が親衛隊が責任を持って接待しよう。本国から持って来た茶葉もある。それ以外にも君が欲する物であれば可能な限り用意するとも」

「え、えっと……」


 おかしい。いや、俺と二人きりになろうとしている時点でこの皇女サマは大分おかしいのだが、一介の侍女であるグラシェに対する待遇にしては豪華すぎると言うか大袈裟すぎる。


「…私はヘルムート様の侍女です。貴女がいかにラスティア神聖帝国の第一皇女であられようとも、私としては見知らぬお方。そんな者とヘルムート様を二人っきりにさせるなど、ヘルムート様の盾でもある私にはできません」

「グラシェ……」


 あのラスティア神聖帝国の第一皇女にして、絶対的支配者の風格を持つリーゼロッテに対して、よくも堂々と真正面からそんなことを言える。

 今更ながら、やはり頼りになるやつだ、グラシェは。


「ふむ、その忠義、賞賛に値しよう」


 無礼とも受け止められる言葉を投げつけられようと、リーゼロッテの余裕は揺るがない。

 

「だが、これは私の我儘なんだが、どうか、私とヘルムート様を二人っきりにして欲しい。勿論彼に危害を与えるつもりはないし、傷つけるつもりもない。どうか……」

「………え?」


 そう言って、リーゼロッテは頭を下げた。

 ―頭を、下げたのだ。

 第一皇女という高貴な身分を持つ女性が、ただの使用人に対して。


「ああああ、頭をお上げくださいリーゼロッテ殿下!私のような者に頭を下げるなど!」

「頭を上げさせる、ということは、許してくれるということだろうか」

「~~!あ~もう!分かりました!ちょっとだけですからね!!」


 リーゼロッテの侍女や彼女の騎士たちの視線に耐えられなくなったのか、最終的にグラシェは折れた。

 まぁ、仕方ない。俺だってリーゼロッテに頭を下げられたら大抵のことは許すだろう。それほどまでに重いのだ。ラスティア神聖帝国の第一皇女の頭というものは。


「では行こうか、ヘルムート様」

「は、はひ……はい」


 リーゼロッテはまるでこの離宮の主のように、俺の手を引き部屋の中へ招き入れる。

 これじゃあこの離宮が誰のものか分かったものではないな。


「ヘルムート様…頑張って!」


 謎の応援をするグラシェを見て彼女へ頷いた後、俺は離宮の扉を閉めた。


~~~


「さて、座ってくれ」


 リーゼロッテの言葉に従い、俺は俺がいつも座る定位置へ座る。

 繰り返すようだけど、ここ俺の家なんだけど!


「それで…ラスティア神聖帝国の第一皇女であらせられるリーゼロッテ殿下が、この俺……小国オーサスラルの木っ端貴族クーゲル伯爵のただの嫡男にして……忌み子・・・である俺に何の用事でしょう」

「………っ」

「…?」


 気のせいだろうか。俺が忌み子と言う言葉を出した瞬間、リーゼロッテの顔が少し強張ったような…?


「私は回りくどい言い方を好まない。故に、単刀直入に言わせてもらう」


 そう言いつつ、リーゼロッテは俺の正面に立つ。

 彼女は、何か覚悟を決めたような表情をしていた。





「好きです。私と、結婚してくれないだろうか」





「………………は?」


 この皇女サマは、顔を赤らめて、何を、言っているんだ?


「…ふむ。存外に恥ずかしいものだな、告白というものは。…やはり貴方は凄い方だ」


 問題の皇女サマは、頬に両手をあててなにやら照れ臭そうに小声で呟いている。

 だが、俺としてはそんなことに構っている余裕はない。

 脳内に浮かぶのは「どういうこと?」それ一点である。


「な、何を言って……」

「む?分からなかっただろうか。それなら…恥ずかしいが、もう一度同じことを言うのも吝かでは―」

「いいいいいや、それはいい!大丈夫だ…です!」

「そうか…」


 何故か残念そうにするリーゼロッテ。

 その反応も理解外だが、問題はそこではない。


(どどどどどどどういうことだ!?俺は今何をされた!?い、いやそれは分かっている。愛の告白、というやつだ!しかし、何故!ラスティア神聖帝国の第一皇女サマが、この俺に!?)


 王族、皇族といった者の結婚は、貴族のそれとは持つ意味の重さが段違いに違う。

 何故なら、誰と結婚したかでその国の行く末が大きく変わることだって十分にあり得るからだ。


 しかし、今の状況はそれを鑑みればリーゼロッテが乱心を起こしているとすら考えられる状況だった。

 何故なら、ラスティア神聖帝国といえば誰もが認める近隣諸国の覇権国。ここオーサスラル王国と比べれば、人口軍事力領土の広さそのどれもが比べ物にならない程の超大国だった。

 そんな帝国の第一皇女というそれはもう高貴な方が、吹けば飛ぶようなオーサスラル王国のしかも伯爵の子供という、帝国目線で見ればどこの馬の骨とも知らない男に求婚している。

 これを乱心と言わずなんと言おうか。


「不快……だっただろうか?」

「……い、いや、そういう訳ではなく」


 くっ、この皇女サマ、顔がとんでもなく良い。

 そんな顔で眉を下げられたら男の本能が首を縦に振れと囁いてくるではないか。

 しかし、勿論ここではいいいですよという訳にはいかない。


 先ほども言ったが、皇女の結婚と言うのは大事だ、国の一大行事のようなものだ。

 そんな主賓に俺みたいな奴がなるわけにはいかない。それには当然理由があるはずだった。


「理由を……お聞きしても?」

「理由…?」


 俺の当たり前の質問を、リーゼロッテは意外そうな顔で受け止めた。

 こいつは何を言っているんだろう、そんな顔だった。


「理由であれば先ほども伝えただろう?私が君を好いているからだ。愛しているからだ」

「…………」


 そんな馬鹿な。

 そう言いたいのは山々だったが、リーゼロッテの顔があまりに真剣でそう言うことは憚られる。

 それと同時に、俺の頬は段々と熱を帯びてきた。

 仕方ないだろう。どんな状況だろうと、ここまで顔の整った女性に愛していると言われてそうならない男はいまい。


「い、いえしかし、リーゼロッテ皇女殿下は、あの・・ラスティア神聖帝国の第一皇女。それならば、ただ、す、好きだからという理由だけで婚姻など出来ないのでは……」

「……ふむ。流石の慧眼だな、ヘルムート様」

「いや……」


 なんというか、あまり褒められた気がしない。

 誰だろうと、俺の立場であればそう疑問に思うだろう。

 ここで分かりました結婚しますと言うのは目先の利益に飛び込む阿呆である。


「確かに、君を好いているという理由以外にも、君と結婚したい理由はある。まぁ最も、君への恋慕がほとんどを占めているがね」

「……」


 なんなんだ、この皇女サマは!俺を赤面させるためにここに来たのか!?


「…それを、お聞かせ願っても?」

「……君が私と婚姻関係を結んでくれると言うなら答えよう」


 ……なるほど。

 これは中々厄介な案件かもしれない。いや、リーゼロッテに求婚された時点で厄介極まりない事件ではあるが。


 ここで俺がリーゼロッテの魅力に釣られ彼女との結婚を約束すれば、何かしらの厄介ごとに巻き込まれる可能性は高い。

 なにしろ俺との結婚の理由が、結婚を約束した後でなければ明かせないのだ。少し詐欺のような…俺を騙そうといった魂胆が見えてくる。

 …いや、リーゼロッテの表情は真剣そのものだが。


「…………」


 それに、俺は例えどんな理由があってもリーゼロッテの求婚に首を縦に振れなかった。

 

 だって、リーゼロッテの真剣な告白を受けた今でさえ、俺の脳裏に浮かぶのは一人の少女。

 

 長身を猫背で隠して、髪を三つ編みに結び、分厚い眼鏡で目を隠す少女。

 去年の一年間、共に過ごし共に笑った愛しい彼女。

 例えこっぴどく振られようと、俺の脳にこびりつく女性。

 ―リーズィー・ドレー。


「…私との結婚は、やはり嫌だろうか?」

「……決して、嫌という訳ではない」


 俺がもしリーズィーと出会わなければ、この胸に潜む淡い初恋が無ければ、俺はもしかしたらリーゼロッテの求婚を承諾していたかもしれない。

 だって、それは仕方ないだろう?リーゼロッテという人間は、絶世の美女という言葉が具現化したような存在だ。

 そんな人間に好きだと言われたら、男として首を縦に振らない訳にはいかない。


 だが、今の俺が彼女と結婚しても、きっと俺の心には常にリーズィーがいる。

 それは両者に対して失礼だった。


「……もしかして、他に懸想人がいる…とか」

「…………」


 図星をつかれ、思わず黙ってしまう。

 そんな俺の態度で全てを悟ったのか、リーゼロッテは物凄く悲しそうな顔になった。

 参ったな、そんな顔をして欲しかった訳ではないんだが。


「……そう、か。……よければ、その方のことを教えてくれないか?」

「え?」

「い、いや、決してその方を害そうとかそういう訳ではないぞ?ただ、あれだ……。参考、参考とさせてもらいたくてだな!」


 リーゼロッテは今日一番の焦りようでそう弁明する。

 なんというか、常に冷静沈着といった彼女でもこういった態度を取ることがあるのかと、少し意外に思った。


 しかし、リーズィーのことか…。正直、こっぴどく振られた相手だし、色恋沙汰の話は苦手だ。

 だが、きっとその話をするまでリーゼロッテはここから退出してくれないだろう。

 俺は観念して、リーズィーのことを思い出しつつ口を開く。


「彼女は……そうだな、皇女殿下のような深紅の髪を持っていた。いつもは三つ編みにしていて…長さは……そうだな、皇女殿下とそう変わらない、腰位あたりまでか」

「ふむ」

「普段は分厚い眼鏡をしていたんだが…何回かだけ、その瞳を見たことがある。深い知性を宿す、皇女殿下と同じ黄色い瞳だった」

「…ふむ」

「背が高くみられるのは恥ずかしいとよく言っていて猫背だったな。一度俺とどちらが背が高いか気になって背筋を伸ばしてもらったが、俺より頭一つ分くらい高かった。そうだな、皇女殿下と大体同じくらいか」

「……ふむ」

「忌み子の俺でも気にせず接してくれて、俺の下らない話でも笑ってくれた。去年一年間、王都の王立大学で共に過ごしたかつての級友。彼女の名はリーズィー・ドレー。…俺の、初恋だ」

「………ふむ」


 俺は顔を真っ赤にしながらそう締めくくった。


「…ん?」


 だが、何故かリーゼロッテも顔を真っ赤にして照れた様子だ。

 もしかして、熱く語り過ぎただろうか。

 そう考えると、段々と恥ずかしさが膨らんできた。


「………なるほど。それなら良かった・・・・・・・・

「…え?今なんと…」


 リーゼロッテが小声で、しかし聞き捨てならない言葉を吐いた気がする。


「失礼。少し私の侍女を呼んでもいいだろうか」

「あ、はい」

「ローゼット!」

「ここに」


 リーゼロッテが侍女を呼びつけると同時、彼女は現れた。

 一体どこから現れたのだろうか。青色の髪を持つ侍女は、鉄仮面のような表情で己の主を見つめている。


「頼む」

「御意に」

「………?」


 不必要な、いや必要な言葉さえ省いた簡潔過ぎる言葉で、ローゼットと呼ばれた侍女は一切の淀みなく行動を開始した。

 何故か、リーゼロッテの腰程まであるその長い髪を三つ編みにし始めた。


「なにを…?」

「直に分かる。少し待っていて欲しい」

「はぁ……」


 そう言うなら、大人しく待っていよう。

 …しかし、やはりあのローゼットという人物。どこかで見たことがある気がする。あまり思い出したくない記憶にいたような、いなかったような。


「できました」

「感謝する」


 いつの間にか、リーゼロッテの長い髪は三つ編みに結ばれていた。ふむ、こうして見るとやはりリーズィーに似ている気がするな。


「それではこちらを」

「ああ。ありがとう」

「?」


 今度は、ローゼットが胸の谷間から分厚そうな眼鏡を取り出した。

 一体どこから取り出しているんだと思うが、今はそれよりこの二人の不可解な行動の方が気になる。

 …ん?分厚そうな眼鏡?そして三つ編み?


「え、いや、も、もしかして――」


 リーゼロッテは眼鏡をつけて、背中を少し丸める。


 その姿に見覚えが…いや、しかない。

 



 彼女は、彼女こそが、俺の初恋、リーズィーその人・・・・・・・・だった。




「お久しぶりです、ヘルムート様」

「いや、え?え、ど、どう…どういうことだ!?」


 その声は確かにリーズィーそのもの。俺の混乱は人生最大だろう。

 告白してきた隣国の皇女様が実は俺の初恋だった。

 なんだこれは。小説の題名か?


「すまない。騙す意図はなかったんだが…」


 リーゼロッテは背筋を正し、眼鏡を取る。

 その姿は確かにリーゼロッテであり、先ほどまでのリーズィーとは似てはいるがどうしても本人とは思えない。

 だが、俺は見てしまったのだ。リーゼロッテとリーズィーが同一人物であると。


「私は、君が先月までの一年間、オーサスラル王国の王立大学で級友として共に学んだリーズィー・ドレー…その人だ」

「は、はああああああああああ!?」


 離宮中に、俺の絶叫が響き渡った。


~~~


「さて、落ち着いたかな?」

「あ、ああ…」


 真っ白になっていた頭がようやくはっきりしてくる。

 実は、一か月前俺が告白をし玉砕した俺の初恋と、いきなりやってきて俺に告白をしてきた隣国の皇女サマが同一人物だった。

 うん。やっぱ意味わからんねこれ。でもしょうがない。これが現実なのだから。


「そうか。ローゼットさんは、あの時リーズィーさんの…いや失礼。リーゼロッテ皇女殿下の後ろに立っていた方か…!」

「はい。その通りでございます、ヘルムート様」

 

 俺がリーズィーに告白した時に彼女の後ろに控えていた侍女がローゼットだった。そうか、だから見覚えが…!

 いや、たった一か月前のことを忘れるなと言われても仕方のないことだとは思うが、あの時はいっぱいっぱいだったのだ。許して欲しい。


「さて、それで、どうかなヘルムート様。君の懸想人は結局の所私だった。これはつまり、両想いということでいいのでは!?」

「近い!近いです!」


 先ほどまでの冷静な印象から打って変わって、興奮した様子のリーゼロッテが近づいてくる。その暴力的なまでの顔をこちらに近づけないでもらいたい。昇天してしまいそうになる。


 だがしかし…彼女の言葉は正しいだろう。

 俺の初恋の相手―リーズィーは、何かしらの理由でリーゼロッテが演じていた人物であった。

 演技とはいえ、根本的なものは変わらないだろう。

 つまり、俺が今想っている人物はリーズィーでもあり―目の前で嬉しそうに笑うリーゼロッテでもあるという訳だ。


「た、確かに…俺は不敬にも、リーゼロッテ皇女殿下のことをお慕いしているということになるだろう」

「不敬なんてとんでもないさ!私だってそれを望んでいるのだから!さぁ、それなら婚約関係を結ぼうじゃあないか!なに、安心してくれ。クーゲル伯爵には先ほどの無礼を詫び、許可をもらうとも!」

「い、いやちょっと待って…待ってください!?」


 勇み足でここから立ち去ろうとするリーゼロッテを呼び止める。あれ、この皇女サマこんなヒトだっけ?

 もっと冷静で感情を表に出さない人だと思ってたんだけど。


「まだ何か問題が?」

「問題と言うか…やっぱり俺にはまだ信じられない。リーゼロッテ皇女殿下がこんな俺に結婚だなんて…」

「…そうか。確かに、以前君に告白をされた時、私は無礼な振る舞いをしてしまった。そんな私が今更君を好きだと言っても信じられないだろう」


 …ん?いや別に俺はそういうことを言いたかった訳じゃないんだが。

 ラスティア神聖帝国の第一皇女がこんな小国の田舎貴族の息子と結婚することがちゃんちゃらおかしくない?って話だったんだが。


「だが、事情があったんだ。…そうだな。やはり、君には何故私がリーズィーという演技をして、君に結婚の申し出をしたか語った方が良いだろう」

「…お願いする」

「……改めて伝えておくが、結婚の最大の理由は君を愛しているからだからな?」

「わかった!それはもうわかったから!」


 俺が顔を真っ赤にしながらそう言うと、リーゼロッテはくすりと一つ笑うと真剣な顔で説明を始める。…全く、とんだ魔性の女じゃないか。


「そうだな…。ヘルムート様なら恐らく知ってはいると思うが、私には二人の兄上がいる。そして私たち兄妹は父上…皇帝陛下から次期皇帝としてそれぞれ任務を与えられているのだ」

「任務…ですか」

「ああ。長兄は北西に国境を有するハーラン王国とその連合との戦争の総大将。次兄は東のアウグス大森林の魔物の殲滅。そして私は―ラスティア神聖帝国の西部に位置するオーゲン半島諸国の国々の外交、だ」

「オーゲン半島……」


 オーゲン半島。それはラスティア神聖帝国の西部に位置する巨大な半島で、そこにはここ、オーサスラル王国も位置しており、今はおよそ二十ほどの国がある。


「そうだ。そして長兄はつい先月程、北西との戦争を…まぁ、辛くも勝利し終わらせてな。次兄の担当する大森林の魔物どもも最近は大人しい。よって、皇帝陛下は私にこう言ったのだ。『オーゲン半島を我が帝国の勢力圏に』とな」

「なっ…!」


 つまり、ラスティア神聖帝国はここオーゲン半島を自分の手にしようと動き始めたのだ。

 オーゲン半島には小国が所狭しと詰まっているが、この半島に蓋をするように位置するのがラスティア神聖帝国とハーラン王国だ。

 ラスティア神聖帝国とハーラン王国は仲が悪い。それは大陸に何百年にも渡って浸透する常識だ。

 その両者がいがみ合い、牽制し合っていたからこそ、オーゲン半島の小国たちは独立を維持できていた。


 しかし、先日その両者の戦争がラスティア神聖帝国の勝利と言う形で終わった。

 そして東の森に生息する魔物も数が減り大人しくなった。

 ラスティア神聖帝国からすれば、今の状況は、長年手を出せなかったオーゲン半島を手中に収める絶好の機会というわけか…!


「そのために私は、現場での情報収集のために身分を偽ってオーサスラル王国の王立大学に生徒として通った」

「ああ、そのためのリーズィーさんだったのか…」

「そうだ。しかしだな、そこで分かったことがある。オーゲン半島の国々は優に二十を越え、そんな国々を一気に併合して統治すると言うのは、民族や文化も違う我々ラスティア神聖帝国からすれば中々に手が折れる」

「それはまぁ…そうでしょうね」


 かつてオーゲン半島には統一国家が存在した。元々、オーゲン半島の国々は皆オーゲン人という同じ民族だったのだ。

 よって、オーゲン半島のどこかの国がこの半島を統一するならそこまで苦労しないのかもしれないが、民族も文化も違うラスティア神聖帝国が無理矢理全てを飲み込もうとすれば、反発はその比ではないだろう。


「そこで、私は考えた。どこかの国を我々の同盟に―まぁそれでは本国から許可が下りないから従属国とし、その国にオーゲンの地を統一してもらおうと」


 なるほど、と思った。

 オーゲン半島が統一しようと、超大国であるラスティア神聖帝国には敵わない。

 統一国家とラスティア神聖帝国が同盟を結ぼうが、近い将来統一国家はラスティア神聖帝国の勢力圏に置かれることになるだろう。じわじわと長い年月を使って同化していけば不可能ではない。


 だが、疑問は残る。

 

「なら、なぜ俺と婚姻を?殿下がその方針で行くなら、少なくとも俺ではなくオーサスラル王国現王…は高齢なので二人の王子、どちらかでは?」

「なに、いるだろう?ここに、三人目・・・が。いや、正しくは…一人目・・・か」

「…………。一体、何のことで?三人目?一人目?俺が?なんの」


 問いかける俺に、リーゼロッテは冷笑を浮かべ、顔を近づける。

 ――貴方の事なら何でも知っている。 

 そう聞こえた気がした。


「ヘルムート様。愛し合う私たちの間に隠し事はないだろう?」


 俺の顎に指を添えるリーゼロッテ。

 俺の男としての尊厳は…どこ…?

 と、ふざけている場合ではない。

 きっと、彼女は知っている。そして言うのだろう。

 俺と彼女――ローゼットもいるが――しかいないこの密室だからこそ言える、俺の秘密を。


「なぁ?オーサスラル王国第一王子、ヘルムート・アレクサンド・オーサスラル様」

「……どこでそれを、というのは野暮だろうか」

「そうだな。私の心は君一色だ。ならば君の事は全て知っているさ」


 …まぁ、それはそうか。ラスティア神聖帝国は大国だ。大国ならば…小国のくだらい秘密の一つや二つ、優秀な間諜が暴いてくれるだろう。


「確かに、俺は現王フォーリア・アレクサンド・オーサスラルの長男。元の名をヘルムート・アレクサンド・オーサスラルという」

「だが、君は六歳の頃忌み子・・・だという心底下らない理由でその立場を剥奪。王を傀儡として操っていた貴族に殺されそうになる」

「……ああ。だが、親父・・は俺の事を父親として愛してくれていてな。王子としての地位は諦めるが、少なくとも貴族の子ではいさせてくれと、そう懇願したらしい。そうして今は、親父殿のもとでこうして平穏に暮らしているんだ」

「平穏……ね」


 リーゼロッテは険しい顔で部屋を一瞥する。ベッドと机と椅子、それくらいしかもののないあまりに殺風景な部屋を。


「だから、ヘルムート様。君は私の欲しいものを持っている。オーサスラル王国の由緒正しき君主としてのを」

「…確かに、俺は王家の血を引く者。だが、正統性はないんじゃないか?俺は忌み子。誰しもが嫌い憎む忌み子。そんな者が王になっても―」

「だからこそだ、我が愛しき君」

「っ?」


 ああもう。調子狂うな。あんまりその綺麗な顔でぽんぽんと愛を囁かないで欲しいんだが?


「確かに私は陛下の言う通りここオーゲン半島をどこかの国に統一させたい。…だが、それは目的ではない。手段・・だ」

「手段…?」

「私には野望がある。幼いころからの野望がな」


 その瞬間、リーゼロッテの顔が出会ってから一番真剣なものへと変わった。

 熱のこもった瞳で俺を真正面から射抜く。その目は俺を見ているようでもあり俺の中を見ているようでもあった。


「突然だが、この世界で何故忌み子は嫌われている?あぁ、もちろん私は君を愛しているがね」

「……。リラース教がそう定めているからだ」


 大陸に伝わる宗教、リラース教。その信仰は大陸のほとんどの人間が信じている程絶大な影響力を持つ。

 そして、黒い髪を持つ者がかつてこの地を混沌と混乱に陥れた魔族の子である忌み子だと定めたのもリラース教だ。

 何百年も前に書かれたとされる聖書にもその記述はあり、忌み子の存在を疑いもしない信徒がほとんどだろう。

 ついでに、獣人族などの人族以外の種族が下等種族であると定めているのもリラース教の聖書だ。

 グラシェが下等種族だと、許さん。いつか焼く。そんなことすれば重い罰が待っているので中々出来ないが。




「そうだ。だから私は、リラース教を打ち毀す・・・・・・・・・・




「…………………は?」


 リーゼロッテが何を言っているのか、たっぷりと時間を使ってようやく理解して俺は、そうとしか言えなかった。

 俺の考えがとても小さいようにしか、いやもう姿かたちが見えなくなるほどの言葉。

 リーゼロッテが言った野望とはそれほどまでに途轍もないものだった。


「君を…これほどまでに苦しめたリラース教を打ち毀し、黒い髪が悪だと…忌み子だと言う考えをこの世界から滅ぼす。それが私の野望」

「な…に、を」

「それがあの時・・・君に目を、心を奪われた少女である私の、たった一つの野望であり、願望だ。そのために君には王なり、この半島を統一し、始めは従属してもらう必要はあるが、徐々に肩を並べる程の存在となって欲しい。そして、その時こそ私の野望が始まる時」


 そう言って、リーゼロッテは俺に右手を差し出す。

 それはまるで、こけてしまった姫君を立ち上がらせるために手を差し出す白馬の王子様のようだった。

 …今の立場と男女は逆だが。


「さぁ、この手を取ってくれ、私の愛しいヘルムート様。私と君、共にこの世界に復讐しよう。君を散々な目に遭わせてきた世界に思い知らせてやろう。勿論、私は全力で君を支えるし、導く。これは、私たちの世界への復讐譚だ。だから、どうか」

 

 笑顔で向けられた、想い人からの、その手を、俺は――――

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逆玉から始まる世界への復讐譚~忌み子として差別されてきた俺が、何故か俺を溺愛する隣国の皇女様に求婚され、彼女と共にこの世界に復讐する~ 水本隼乃亮 @mizzu0720

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