第3話 第一話-③

1階の会議室に来た探偵と刑事2人。そこには刑事が言った通り、3階の住人が殆ど揃っていた。

「あ、どーも皆さんこんにちは~。この事件の捜査を担当してる真田です。」

真田刑事は部屋の机の端に座っていた男の方へ向く。

「あの~橋本さん」

真田刑事に呼びかけられた男、橋本は、気だるげな目で彼の方を見る。

「あ、はい。どうしました?」

「あの~、橋本さんにもう一度伺いたいことがありまして、別室で少しお話しさせていただいても?」

「ああ、良いですよ。」

橋本は椅子から立ち上がり、探偵や真田刑事、そしてさっき包丁を持ってきた刑事の後藤刑事と共に別室へと向かった。



「で、聞きたい事って?」

別室にて。部屋の中央にはテーブルと椅子が一組だけ置かれており、橋本と真田刑事が相対する形でそれに座っていた。

「あ、その前に一応確認したいんですけど、このゴミ袋ってあなたのものですか?」

真田刑事は橋本に3つのゴミ袋を手渡す。橋本は蝶々結びを解いて中身をゴソゴソと確認した。探偵は橋本の後ろからゴミ袋を覗き込んだ。ゴミ袋の中身はカップ麺やコンビニの弁当の容器、ティッシュなど、3袋とも同じようなゴミしか入っておらず、彼があまり生活面に気を遣っていないことが窺えた。

 ……まあ、他人の私生活にとやかく言うのはあまり良くないな。黙っておこう。

彼は一通り確認し終えると、ゴミ袋から顔を上げた。

「ええ。間違い無いですね。俺宛の伝票も捨ててありますし。」

「今日捨てられたのは、この3つだけ?」

「ええ。」

橋本は頷いて答えた。それを聞いた真田刑事はうんうん、と大きくうなづき、そして懐からとあるものを取り出した。

「橋本さん、実はそのゴミ袋の中に、この包丁が入っていたんですよ。」

「え?包丁?」

橋本は、それを全く知らなかったかのような驚きを見せた。この包丁はあらかじめ真田刑事が後藤刑事から預かっていた、事件の凶器となった包丁である。

「実はこの包丁から、被害者の血液反応が出ましてね……」

「は、はぁ……」

「何か、心当たりは無いですかね?」

「いや、無いですけど……え?まさか俺、犯人だと疑われてます?」

橋本は慌てた様子で、食い気味に真田刑事に問いかける。

「い、いやいやいやいやいやいや!そんな事は無いですよ。」

真田刑事は咄嗟に、動揺している橋本を必死に落ち着かせようとした。

「いや、明らかにそうでしょ!わざわざこんな別室に俺1人だけ呼び出してるし!」

しかし橋本は自身に疑いをかけられ、パニックで興奮を抑えられずに声を荒立てる。

「でも違います!俺はやってません!信じてください!」

橋本は気が動転した様子で立ち上がり、とにかく自身の無罪を主張しようと真田刑事に早口で主張した。

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。我々はあなたが犯人だとは思っていません。まだ我々も犯人が誰だか、見当がついていないんです。」

真田刑事は、気が動転している橋本を優しい口調で宥める。

「だから、今はとにかく情報が欲しい。とりあえず、犯人を捕まえるためにもお話を聞かせてください。」

橋本は真田刑事の穏やかな態度を見て冷静さを取り戻したのか、前のめりになった姿勢を後ろへ戻し、荒立てていた鼻息を抑える。

「は、はい……。」

真田刑事に宥められ、冷静になった橋本は興奮を抑えてゆっくりと椅子に座り直した。

「まず橋本さん、あなたは普段どのようにゴミ袋を管理していますか?できるだけ詳しく教えてください。」

橋本はさっきと打って変わって冷静に真田刑事の質問に答える。

「は、はい。ええと、いつもゴミ袋がいっぱいになったら、口を縛って玄関の傘立ての横に置いています。」

「捨てるときは?」

「捨てる時?普通ですよ。ゴミ袋を持ってゴミステーションに捨てに行きます。」

「その時に部屋に鍵はかけていますか?」

「ええ。泥棒に入られると困るので、戸締りはしっかりしてます。」

俯きながら、素早い筆でそれらの言葉をしっかりとメモすると、真田刑事はメモから顔を上げる。

「では、もう一度お伺いします。この包丁について、何か知ってる事はありませんか?」

「いえ、全く。」

高橋は真田刑事の目をまっすぐに見て、自信のある目でそう言い切った。

「……そうでしたか。」



「高橋さんはさっきの部屋に戻してきた。」

部屋に戻ってきた真田刑事は、ドアを閉じながら探偵にそう言った。

「で?お前は高橋さんのこと、どう思う?」

「どう、と言われてもな……。人が嘘ついてるかついてないかは、俺には分からん。」

「真田さんはどう思ったんです?」

後藤刑事が真田刑事に質問する。

「う~ん、嘘言ってる顔じゃあねぇなぁ、アレは。あいつは白だろうな、多分。」

真田刑事は椅子にドカッと座り込んだ。

「じゃあ……ゴミ袋の中に包丁を仕込んだ人が別に居るってことですか?」

「恐らく、な。」

うーん、と探偵は目を瞑って思案を巡らせる。

 やはりまだ情報が足りない。一刻も早く捜査を終わらせたいが……これではまだ犯人は暴けない。この段階で推理するのは諦めるか。とりあえず情報を集めよう。

その結論に至った探偵は目をゆっくりと開けて呟く。

「まあ、取り敢えず他の奴らにも話を聞いてみないことには進まねぇな。」

「それもそうだな。探偵の言う通り、他の奴らにももう一度話聞いてみるか。」



「え?ゴミ置き場に不審な人物がいなかったかって?う~ん、分からないですね。多分、居なかったと思います。」

真田刑事たちはいま、306号室の住人、戸渡と話をしていた。

「そうですか……。では、橋本さんの部屋や彼のゴミ袋に近づいている不審な人物を見かけたりは?」

「えぇ~と……うーん、わからないですね。正直、あんまりそう言うこと気にしないので。」

戸渡は真田刑事の質問に対し、曖昧な答えばかりを出していた。それも仕方ない、普通の人はそんなこと気にしないのだから、記憶に残っていないのが当たり前である。

なかなか思ったように証言が集まらず、真田刑事はうーむ、と唸りながら手に持ったボールペンの根元を頭にグリグリと押し付ける。そして少しでも情報をかき集めようと、質問を捻り出すようにして戸渡に問いかける。

「ん~……では、橋本さんの不審な行動を見かけたりは?」

「不審な行動?えーと……えぇー?あったっけ?」

戸渡は目を瞑って眉をぎゅっと寄せ、腕を組んで考える。そしてしばらくすると、目を見開き、

「あ!まあ、不審ってほどでも無いんですけど、彼を見かけたことならありますよ。確かその時、ちょっと様子が変だったんですよ。」

と答えた。

「ほう、と言いますと?」

新しい情報が掴めそうな匂いに反応し、真田刑事は戸渡に食い気味に質問する。

「あれは……昨日の夜だったかな?私が仕事から帰って部屋に戻ろうと、マンションの廊下を歩いている時に、橋本さんを見かけたんですよ。ちょうどどこかに出かけようとしているみたいで。でも、その時の様子が変というか、なんと言うか……こう、周りを気にして歩いているような、うん、そんな感じがしました。」

真田刑事は戸渡の供述を必死にメモしつつ、続け様に質問する。

「ちなみに、その時に橋本さんと会話したりとかしました?」

「いえ、こちら側が一方的に見かけただけなので。彼も気づいていなさそうでしたし。」

「そうでしたか。……ちなみに、彼が着ていた服とか、覚えていたりします?」

「えーっと……あ、そうそう、たしか黒色のパーカーだった気がする。深々とフードを被っていましたね。」

「なるほど黒色のパーカー、それでフードを被っていた、と……。」

真田刑事は手帳に戸渡の話をメモし終えると、顔を上げて戸渡の顔を見て、

「これで質問は以上です。ありがとうございました。」

と言った。戸渡は自身が捜査に貢献できた、という満足感からか、嬉しそうな顔をしていた。

「いえいえ。捜査のお手伝いができるなら、これくらい大丈夫です。……それよりも、さっきゴミ袋について聞かれていましたが……何かあったんですか?」

「ああ、すいません。今は捜査中で、そういうのはまだ話しちゃいけないことになってるんですよ。」

「そうでしたか、不躾な質問しちゃってすいません。ただ、ゴミ袋取っておいたのが捜査の役に立ったのかな、と思っただけでして。」

「もしかして、あなたが大家さんにゴミ袋を残しておくように助言を?」

「ええ、そうなんです。もしかしたら証拠が捨てられているかも知れないし、捨てちゃうのはまずいかな~と思いまして。」

戸渡は自慢するように、嬉々として饒舌に喋る。

「そうでしたか。わざわざお気遣いして下さってありがとうございます。」

「いえいえ、とんでもない!」

「いや、具体的には言えませんが、本当に助かりましたよ。何はともあれ聞き込みへのご協力、ありがとうございました。」

真田刑事は戸渡に感謝を伝えた後、彼を部屋から退出させた。



「周囲を警戒して歩いていた、か……。」

軽く伸びをしながら、真田刑事は呟いた。

「ゴミ袋の中からは包丁だけしか見つかっておらず、犯行の際に着用していたと思われる衣服などは発見されておりません。今もずっと服を部屋の中に隠し持っている訳では無いのなら、もしかしたらこのタイミングで捨てに行ったのやも……。ますます彼が怪しくなってきましたね。」

後藤刑事は資料を確認しながら真田刑事にそう言った。

「まあ、犯人がいつまでも足がつくものを持っているとは思えないからな。もし高橋が犯人なのだとしたら、十中八九そうだろうな。」

「もうこうなったら、彼の部屋を徹底的に調べたほうが早いですかね?まだ処分し切れていない証拠がゴロゴロ出てきそうですよ。」

後藤刑事は真田刑事にそう主張した。

「……なあ、一つ疑問なんだが。」

そんな中、探偵が独り言のように呟いた。真田刑事がそれに反応する。

「なんだ?」

「なんで犯人は包丁と衣服類を別々に処理したんだ?」

「そんなの簡単だろ。衣服はどこか外で捨てても怪しまれないけど、流石に包丁を外で捨てる訳にはいかないからだろ。目立つし、バレたら後々面倒になるし。」

真田刑事はそんなの当然だろ、と言うような口調で探偵に話した。

「まあ、確かにな……。」

しかし、探偵はまだ納得し切れていない、と言うような表情だ。

「まああんまり細かく考えすぎるなよ。ストレスで胃に穴が空くぞ。」

「いや、そう言うけどな?お前は逆にもう少しこういう些細なところもこだわらないとダメ……」

「あ~あ~聞こえないな~。」

「ちょっ、お前、ちゃんと聞けよ。いいか?そもそも捜査というのはな……」

「あ゛あ゛ーー聞こえないな゛ーーー。面倒くさいことは聞きたく無い!」

映画館のスピーカーレベルの音量で探偵のツッコミを強引にカット、真田刑事は後藤刑事に振り返る。

「それに後藤、闇雲に急いだところで無駄な仕事が増えるだけだ。それよりも先に、取り敢えず他の人の話も聞いてみようぜ。高橋を調べ尽くすのは、その後でも遅く無い。」

「……確かに、それもそうですね。」

後藤刑事は一歩引き下がった。そして、真田刑事は

「じゃ、そう言うわけで、聞き込み再開!」

と、大きな声で気合を入れ直した。



 しかし、探偵たちは全く新しい情報を入手することができなかった。聞き込みを行った人全員がゴミ置き場の不審人物や高橋さんの部屋、またはゴミに近寄っている不審な人はいない、と答えたのだ。入手できた情報といえば、高橋さんの身の回りや高橋さんの部屋周辺で怪しい人はいなかったこと、そして戸渡さんが言っていた、高橋さんが昨夜に外を出ていたようである、ということだけだ。

「うーん、これと言って目新しい情報がないな……。どうだ?探偵、もうそろそろ解けそうか?」

捜査に行き詰まった真田刑事は、希望の眼差しを探偵に向ける。

「……いや、まだだ。」

椅子に座っていた真田刑事はため息をついて、腕を外すような凄い勢いで肩をがっくしと落とす。

「そっか~。でも、なるだけ早くしてよ~?じゃないとめんどくさい捜査とかしないといけなくなっちゃうからさ~。」

他人任せな真田刑事は、座ったまま上半身を机の上にべったりと倒し、デロデロに体を溶かしながらそう言う。

 こいつ……事件に1ミリも関係ないこの俺が、一生懸命推理してるってのに……呑気な奴め。

 真田刑事の無責任な態度を見ていると、今更ながら探偵のうちに眠る事件の捜査に巻き込まれたことへの憎悪が再び呼び戻された。

 ……いっぺんボコボコにするか。

探偵が拳を固めて腕を振り上げた時、そのタイミングで後藤刑事が部屋に入り込んできた。

「防犯カメラ、確認してきました。」

「おっ!サンキュー!」

チッ!悪運の強い奴め……。

探偵は機会を逃し、腕を下ろして渋々拳を緩める。

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