終着点

アフロヘッド

第1話-①

「今回も流石の名推理だったな。助かったよ。」

警察署から出てきたジャケットを羽織った刑事は、横で一緒に歩いているひょろっとした体格の男にそう話しかけた。茶色いチェック柄のケープコートを羽織り、丸メガネをつけた男のその格好はまさに探偵、といった風体を漂わせていた。

「お陰で仕事も早く済みそうだ。」

すっきりとした顔で刑事は男に感謝した。

「あ、ああ。それは何よりだ。」

しかし感謝の言葉を受け取ったにも関わらず、男の顔は決して晴れやかなものではなく、眉をひそめていて、どこか悩んでいるようだった。刑事はそれを察知した。

「どうした?なにか悩みでもあるのか?」

「あ、ああ……実は……。」

「実は?」

男は口を開いた。しかし男は少しの間無言でいると、結局何も話さずにそのまま口を閉じる。

「もしかしてお前……」

そしてそれに勘づいた刑事は、曇った男の顔を覗き込む。

「金欠、か?」

男は、不意をつかれたような顔をする。そしてすぐに、男は何かを隠すように少し早口で答えた。

「え?……あ、ああ。実はそうなんだ。探偵っていうのもなかなか稼げなくてね。」

「そっか……すまないな。俺ら警察がお前を殺人事件の捜査に巻き込んじまってるせいで、いつも仕事の邪魔しちゃってるもんな。そりゃあ、稼ぎも悪くなるわけだ。」

刑事はすまなそうな顔で男に話しかける。

「せめてもの罪滅ぼしだ、今日は無理だが今度、飲み屋で奢らせてくれ。」

「フッ……その飲み屋で、どこかの刑事さんが『金が足りねぇ!』って言って、金をたかってくることがなければ、もう少し生活も楽になるだろうな。」

「す、すまねぇって!今度まとめて返すから!」

バツが悪そうな顔をしながら刑事は警察署へと戻っていく。

……確かに、金に困ってはいるが、それはなんとかなっている。悩んでいるのはそれのことでは無い。

男は神妙な面持ちで暗い街中を歩き、自分の探偵事務所へと戻っていく。



 探偵事務所に帰ると、男はどかっとソファへと座り込み、手に持った缶ビールを開ける。空いている左手でリモコンを持ち、適当なTV番組を付けた。

 ビールを煽りながら、テレビをぼーっと眺める。テレビでは、政治家の殺人事件について取り扱っていた。

 ここのところ、殺人事件が多発している。自分はよくその現場に立ち合わせてしまうせいで、事情聴取だったり捜査に協力させられたりで1日が潰されることも少なく無い。何なら事件が解決した後に呼び出されて、1日を潰されたことだってある。それも何度もだ。

 それに伴って探偵の仕事が強制的に打ち切られてしまうから、お陰で顧客の依頼が達成できなかったり仕事の期限に間に合わなかったりと散々な日々だ。しかもそのせいでいつも顧客から怒鳴られる。

 それに捜査に協力しても、現場の刑事や警察官に感謝はされるが、まとまった金を貰えることはない。かと思えばテレビに『名探偵が現れた!』と持ち上げられることもない。そう、事件を解決したところで俺には不利益しかないのだ。

 しかもそんなことがここの探偵事務所立ち上げてからかれこれ100回以上は起きている。事務所を立ち上げたのが5年前だから……概算すると、2ヶ月で3回以上。そんな高頻度で仏様の顔を拝んでいれば、自然と気持ちも暗くなる。

 だが、今俺が悩んでいることはそれではない。いや、もちろんそれも大きな問題なのだが。

 男は缶ビールを喉に流し込みながら、酒で麻痺し切った頭でぐるぐると考える。男はすでに3缶ほど空けており、完全に酔っていた。

 何度も何度も殺人現場に出くわすと、感覚がだんだんと麻痺してくるのだ。そう、そして…………。



 ジリリリリン!ジリリリリン!応援団並みの声量で、男を全力で起こしにかかってくる目覚まし時計の叫びによって、男は目を覚ました。

 しまった、また寝落ちしてしまった……。

 男は辺りを見回そうと起き上がる。ソファで寝違えたことで全身を痛めたらしく、うまく動けない。

 やっとのこさ立ち上がると、昨夜飲み散らかして散乱したビールの缶を拾い集め、散らばったつまみの袋や雑誌を片付け始めた。

 顔を洗って髭を剃り、朝の景色を眺めながらトーストとコーヒーを朝食に取る。そして、支度が終わった男、もとい探偵は、依頼のための調査へと街へ繰り出した。


 住宅街を歩いていると、あるマンションの下に何台かのパトカーが停まっているのを見かけた。見上げてみると、マンションの3階の部屋の一つを隔離するかのように『KEEP OUT』の文字が書かれた黄色いテープが張り巡らされており、その付近を何人かの警察官が忙しく出入りしていた。

 なんか嫌な予感がする……。

 そう思った男は、足早にその場を立ち去ろうとした。しかし、時すでに遅し。

「あっ!探偵!」

大声で呼びかけながら、探偵の元へ一直線に走ってくる刑事が1人。昨日、探偵と話していた刑事こと、真田である。全力で走って逃げようかと男は思ったが、周りに注目が集まってしまっている手前、一瞬それを躊躇った。

「やあ!」

そしてあっという間に近づいてきた真田刑事は男に話しかけてきた。

「いや~、ちょうどいい所に来たな!」

ニッッコニコの顔で真田刑事は話す。

「実は、ここの近くで殺人事件が起きちゃってさ……。」

「嫌だぞ。」

男は事前に真田刑事の言うことを予知していた。

「どうせ捜査に協力しろとか言うんだろ?」

「さっすが探偵、察しがいいな!」

「殺人事件の捜査はお前ら警察の仕事だろ?探偵の俺の仕事じゃない。」

「そこを何とか……。今回の事件なかなか面倒そうなんだよ~~。」

真田刑事は手を合わせて男にお願いする。しかし、それを男は軽くスルーする。

「俺だって今仕事中なんだ。何度も仕事を潰されてたまるか!それに第一、警察の仕事に関係者でもない民間の探偵が関わっちゃいけないだろ。」

「まーまー。そう固いことは言わずに。ちゃっちゃと解決してもらえればそれでいいからさ~。」

真田刑事は男の指摘をサラッと流し、その勢いのまま男の背中をマンションの方へと押し出した。

「さーさー、行きましょ行きましょー!」

「お、おい止めろって!」

真田刑事はそのまま男を半ば強引に事件現場へと案内した。



「で、ここがその事件現場か?」

マンションの3階の一室、303号室に入った男と真田刑事。そこでは何人もの警察官が忙しく部屋を動き回っていた。

「今回の被害者は303号室の住人の突歩さんだ。」

「被害者の遺体は?」

「もう病院に運ばれたから、ここにはないぞ。」

真田刑事は、倒れた人の輪郭をかたどって床に貼られた、白いテープを指差す。

「あれが被害者の遺体があった場所だ。死体の状態からして、死後3日ぐらいだそうだ。」

「死因は?」

「刺殺。遺体や部屋には争った形跡が見られるし、その他諸々の状況を鑑みても自殺の線は薄い。」

探偵は辺りを見回す。現場となった部屋は10畳ぐらいの、一人暮らしにしては広い部屋で、衣類や本といった様々な物がひどく散乱していた。そして遺体があったと思われる、白いテープが貼られた場所には血が広範囲に広がっていた。白いテープは頭が玄関のほうを向くように貼られている。

「具体的には、心臓への刺し傷が直接的な死因となったようだ。そのほかにも脳への刺し傷が複数見られる。」

「入念な犯人だな。凶器のナイフは?」

「ナイフはこの部屋では見当たらなかった。犯人が持ち出したと考えていいだろう。」

「ほーん……。監視カメラは?マンションにはないのか?」

「あるよ、いろんなところに。ここの階には、廊下の隅っこに一個。」

「じゃ、それ見ればいいじゃん。犯人が出入りしてるのが、もろ丸見えだろ。」

「いや~それがさぁ、ここの階に設置してあった監視カメラが壊れてて今は絶賛修理中だったんだと。それが今回の事件がめんどくさい理由でさ。」

「あらら。」

監視カメラが作動していれば、出入りした形跡で犯人が分かっただろうに。

「ちなみに、それを知っている人は?」

「大家と管理会社、それと、大家からそのことを聞いたここの階の住人だけ。」

「なるほどねぇ……。」

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