第40話・勇者の運命

「なぁ、エヴァ。無理に集落に寄らなくてもいいんじゃないか?」

魔女の集落が近づくにつれ、タンクから泣き言がこぼれることが増えた。

その集落出身のメイが呆れたようにため息を吐く。

「私は別に戻らなくていいんだけど。魔法の威力を上げたいって言ったのはあなたたちでしょう?」

紋章は魔力を上げるというが、メイの力は2人のそれをはるかに越えていた。

メイの話では威力が高いのは紋章の力ではなく集落の人間は全員できるということだった。

今までの旅で自分たちの弱さを痛感していたエヴァルスは少しでも自らの力を上げるため、どうしても集落に寄りたかった。

寄りたいのだが。

「その力の代償に生贄にされたらどうするんだよ」

タンクは誰が流したとも分からぬ噂に怯え切っている。

目の前に集落出身のメイがいるにも関わらず、だ。

「防人はもっと賢いと思っていたんだけど、残念」

「なんだと!?」

「あ!お化け!」

メイの言葉に叫び声をあげるタンク。

その様子をさもおかしそうに微笑むメイ。

「メイ、驚かせるのやめてよ。これから旅する仲間なんだから」

2人の間に立ってとりなすエヴァルス。

子どものじゃれ合いにしか見えない光景である。

実際この3人は本来子どもなのだ。

この時代に生まれてしまったから。

そして紋章が浮かんでしまったから。

たったそれだけの理由で魔王を倒す旅に出ることになってしまった。

そのことを、不幸と思うだろうか。

少なくともこの時の3人は自らの不幸を誰かに押し付けたいなど、微塵も考えていなかった。

「……あ!」

再びメイは声を上げる。

タンクもつられて声を上げるが、やせ我慢しながら腕を組む。

「も、もう騙されないぞ」

「タンク、静かに」

エヴァルスもメイに続き息をひそめる。

その2人が目線を送る先の茂みはかすかに揺らいだ。

そして次の瞬間、何かが飛び出してきた。

3人は散って襲撃者の攻撃を躱した。

もともといた場所には骸の形をした獣が唸り声を上げていた。

「出たー!」

「ムクロオオカミ!」

タンクの叫び声を無視してメイが距離を取る。

「なにそれ!」

エヴァルスの問いにメイは簡潔に答える。

「アレは模様!魔法が効かない!」

声の途中にメイに向かってオオカミが突進する。

獣とメイの間に盾を構えたタンクが割り込んだ。

「獣だっていうなら!」

タンクの盾に爪を当てながらオオカミは唸る。

真っ先にメイを襲ったのは言うまでもない。

魔法の事を抜きにすれば一番若く、そして女であるメイを狙うのは当然。

獣であってもそれくらいの知恵はある。

「うぉりゃ!」

オオカミの突進の勢いをバネにそのまま押し返すタンク。

突き飛ばした先には剣を腰だめに構えたエヴァルスがいた。

そのまま飛んでくるオオカミを突こうとする。

しかしオオカミは身体を捻り、エヴァルスの突きをギリギリで躱す。

地面に激突したオオカミは、すぐに身体を起こすとそのまま茂みの中に消えていった。

どうやらオオカミは戻ってこないようであった。

「あのオオカミの毛皮、魔力を封じるみたいでね。私一人だったらやられてた。ありがと」

メイは胸を撫で下ろしながら2人に礼を言う。

「が、が、骸骨が動いて……」

「ここらの生き物はなぜかああいう模様があるの。骸だったり、骨だったり。だから私たちが生贄にしてるって噂が流れてるわけ」

メイは2人を、特にタンクを見て言うのだった。

「だってさ」

「わかったよ、行くよ」

2人からの視線にいたたまれなくなったのか、タンクは先頭を切って歩き出すのだった。

「うぱうぱ」

その様子をうぱは腕を組んで頷くのだった。


魔女の集落と呼ばれる場所は都会的とは言い難かった。

集落の中心には大樹。

その周囲に複数の大木が並び、その木々をくりぬいて住居を造るという生活をしていた。

「おや、もう帰って来たのかい?」

「勇者たちに会ったから。オババは?」

「いつもの通り、寝てるよ。……へぇ、若いじゃないか」

メイに話しかけた魔女は意味深な目線を2人に送った。

さながら獲物を見つけた肉食獣のような目。

「この子たち、パイプを開けたいらしくて。手を出さないで」

「味見くらいいいだろうに」

魔女はくすりと笑ってその場を去っていった。

味見という言葉にタンクの背筋は伸びる。

「や、やっぱり……」

生贄の恐怖、タンクの中で再び。

「大丈夫よ。オババに言って手出しさせないから」

メイはため息をついて中心の大樹へ向かうのだった。

タンクは震えていて気付いていなかったが、エヴァルスはすれ違う人々に違和感を覚えていた。


「よく来たね。アンタたちかい?魔王を倒しに行くという無謀なことをしているってのは」

オババと呼ばれる人物は背が縮み、もはや何歳か分からない風貌をしていた。

ローブを被り、顔だけ出したオババは顔のシワを深めて笑っている。

「無謀、ですか」

エヴァルスはオババの言葉を繰り返す。

その反応に深く頷いた。

「そうさ。世事には疎いがね。魔王の力、そしてアンタの力の差くらいわかる」

オババが目を開くとその目は白く濁っていた。

「あなた、目が」

「ヒトの世の物はいつか天に返すもの。私の場合目だけ先に返しただけさ」

オババはからからと笑う。

「そうは言ってもオババは魔力を読むから。目は見えているようなものでしょう?」

メイはふぅとため息を吐く。

「魔力の通じている者ならの。エヴァルスと言ったか、そなたを守る者もちゃんと見えておるよ」

オババはエヴァルスの頭の上に乗っているうぱに指を指す。

指を指されたうぱは自分のことかと首を傾げた。

「そうじゃ、その生き物はアンタの運命を大きく変えるだろうね」

「オババ。責任ないこと言わないで」

メイはオババを嗜めるが、楽しそうに笑うばかりである。

「メイ。お前も早く自分の守護を探しなさい。ひとりであの面汚しに勝てるとでも?」

オババの言葉を聞いた瞬間、メイは踵を返す。

「家に戻る。旅に出るときに寄って」

余りの態度に呆然としている2人。

「待ったく。気分を悪くしないでおくれ。それよりも守護との縁を深めてあげよう」

オババは手を差し出す。

エヴァルスとうぱを待っているようだ。

うぱはおずおずと前に進む。

エヴァルスも並ぶように前にでる。

「数奇な運命を宿しているね。仕方ない。決断はすべてお前の手の中だよ」

2人の頭に手をかざす。

周囲はまぶしい光に包まれるのだった。

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