第12話・出涸らしの旅

エヴァルスはうぱを背負いながら森の中を歩く。

その行動にタンクは眉をひそめている。

「タンク、そんなにこの子嫌い?こんなに可愛いのに」

すやすやと眠る、桃色の魔物。

いくら見た目が小動物のようだとしても先ほど吐き出した炎の威力を見た後ではタンクの懸念も無理は無いものだろう。

「さっきの炎見ただろ。これでもし、幼体だとしたらどうする?今倒しておくべきだろ」

タンクの心配ももっともであった。

ハチに追われていた時、助けたとはいえ言葉が通じない。

この生き物が何で、炎以外になんの力を持っているか分からない状態ならば、眠っている今退治してしまいたいタンクの反応は自然とも言えた。

「タンクはこんなかわいい子を攻撃できるって言うの?」

エヴァルスの背中で寝息を立てている生き物、うぱ。

ちなみにそれが本当の名前か2人には分からないのだが、鳴き声から仮の名前にしているがエヴァルスの中で定着しているようだ。

「あ、の、な!見た目どうこうの話より、さっきの炎を思い出せって言ってるんだよ」

50を越えるハチ軍団、そのど真ん中に放たれた炎のブレス。

知性を持たないであろうハチの魔物すらおののく威力を見た上で背負って旅するエヴァルスの気持ちをタンクは図りかねていた。

「何発も撃てないからこうして寝ちゃってるんでしょ」

赤子をあやすように背中を揺するエヴァルス。

「それにほら、こんなにぷにぷにしてるよ」

寝ているうぱの頬に指先で触れるとくすぐったそうに顔を洗う。

「ね?」

「何が、ね?だ」

既に虜になっているエヴァルスとそれを止めるタンク。

2人の言い争いの中でもうぱはすやすやと眠り続けていた。


すっかり日も暮れて、夕食の準備をする。

目覚めたうぱはエヴァルスに頼まれ小枝を拾ってきている。

「コイツもしかして頭いい?」

言われた通りに枝を拾い、そして焚火の準備をするうぱにタンクは信じられない物を見る目で眺めている。

「おかえり。今日はイノシシ鍋だよ」

エヴァルスは仕留めたイノシシを解体しながらタンクを迎える。

「おい、お前も狩りに出たのかよ。荷物番は」

「この子に任せた!」

「うぱ!」

ひとりと1匹が同時にサムズアップ。

「お前ら、馴染みすぎだろ」

タンクは袋に詰めたキノコを放り投げた。


夕食を終えたふたりは地図を見下ろしていた。

地図の真ん中にあるアカサキングダムからはるか北東に位置する魔王城。

現在南東に位置する森に居る。

なぜまっすぐ魔王城に向かわないのかは、再び伝統という事である。

これまでの勇者の旅路は初代勇者が走破した道中をなぞることを繰り返していた。

「今、ここの森だから次ってどの場所に行けばいいんだっけ」

「んー?ここから北に向かうんじゃね?」

タンクは骨を咥えながら北にある村を指す。

エヴァルスの頭の上に乗っているうぱが飛び降りて地図を見つめている。

「コイツ、地図読めるのか?」

「さすがにそこまでは……」

「うっぱー!」

ふたりのことを無視し、魔王城が描かれた部分をだんだんと踏み始める。

「うぱ、破れちゃうから!」

「地図読めているみたいだな」

地図の上で地団駄を踏むうぱを抱きかかえるとエヴァルスは頭を撫でている。

「ほら、魔王に対してこんな反応してるんだからいい子だよ」

「たまたまじゃねぇのか?」

「うぱ!」

タンクの言葉に小さな握りこぶしを作り、頭を叩く。

昼間見せた炎に比べて殴る力は可愛いものだった。

「とりあえず、この村……なんて読むんだ?」

タンクの指した、次に向かう予定の村だけなぜか漢字表記となっている。

「コレ、ハマって読むらしいよ。移民の村なんだって」

エヴァルスが伝承に従って覚えていた村の名前をタンクに告げる。

「なんで移民の言葉そのまま使ってるんだよ」

「それはボクに聞かれても」

ハマの村の名前が伝承に残っている以上、初代勇者が旅をした時点でその村の名前は固定されたことになる。

魔王が支配を始めて1,059年、すべての人間領の時は止まったと言っていい。

100年ごとに繰り返される時の暦。

勇者を旅に出し、誰も戻らぬ世界。

もしかしたら、現在エヴァルスたちが経験している出来事すべて、100年前の焼き増し、もっと言えば1,000年以上続く何番煎じか分からない繰り返しかも知れないのだ。


エヴァルスは頭を振る。

自分を支配する、暗い考えをなかったことにするように。

そんな時、葉が擦れる音が耳に入る。

既に暗くなった時分、こんな時間に動く者は大抵腹を空かせたケモノと相場が決まっている。

「タンク、なにか来る」

エヴァルスは声を落とした。

火を消していないので2人の位置はまるわかりにしても、だからと言って音を立ててさらに情報を与える道理はない。

「気付いてる。でも、なんだこの気配……」

タンクは眉をひそめた。

エヴァルスも同じ感想を抱いている。

「まるで、生き物じゃないみたいだ」

音のする方向に神経を向ける2人が感じ取ったものは、今まで感じたことのない気配だった。

魔物でもない、ケモノでもない。

この前遭遇した魔族とも気配が違う。

2人は近付いてくる者を待ち構える事しかできなかった。

「おや?こんなところにヒトがいるなんて」

茂みの中から出てきたのは、女だった。

前で合わせて布のベルトを腹部に巻いて、袖が妙に太い奇妙な形姿。

服装もそうだが、もっと奇妙なものが女の頭には付いていた。

(耳……?)

エヴァルスとタンク、2人が同時に女の頭を見る。

頭に耳が付いているのは自然なのに、2人の目線はずいぶん高い。

それもそのはず、女の耳は頭頂部にふたつ、三角形の形で付いていたのだから。

「おや?そんなに獣人が珍しいかい?私はイナリ。狐の獣人さ」

イナリは2人に柔らかく微笑むのだった。

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