第11話・桃色の魔物
「しかし、いきなり敵が強くなりすぎだろ」
明くる日、タンクは森の中を歩いている最中にそう溢した。
2人がかりで相手にならなかった隻腕の男。
その男が歯も立たなかったウロコ男。
そのウロコ男をあっさり倒した魔王四天王。
四天王と名乗るくらいだから魔王はさらに強いと考えていいのだろう。
2人は自分たちの実力が優れていると思っていたわけではないが、これだけ短期間に敵わない相手と遭遇すれば焦りが出ても仕方ないと言えるだろう。
「ちなみに、タンクも氷使うけど、四天王の氷、どう見えた?」
何気なく聞いたエヴァルスの言葉はタンクの頭に青筋を立てるには充分な威力があった。
「それ、聞く?ねぇ、それ聞いちゃうの?」
いつも通り、タンクの愛情という名のヘッドロックが始まったところで森の木々がざわめき始める。
「ほら、エヴァが騒ぐから」
「どう考えてもタンクでしょ」
2人は武器を構える。
枝を折る音、葉の散る音。
明らかに2人の方向に近付いてきている。
それと同時に2人はその進み方に違和感を覚えていた。
「ボクたち狙ってないよね」
「そんな気がする」
2人まで殺気が届いていない。
しかし音はどんどんと近付いてきて、ついに茂みから何かが飛び出して来た。
まず見えたのは2足歩行の魔物、そのあとから大型のハチが追いかけてきている。
人の背丈ほどもある大型のハチが小型の魔物を追いかけているように見える。
タンクは拍子抜けしたように盾をしまおうとする。
「助けようよ、一応」
「魔物同士だろ?自然淘汰、自然淘汰」
「ほら、追いかけられてる方泣いてるし」
エヴァルスが指さすとハチに追いかけられている魔物は確かに涙を飛ばしながら一生懸命に逃げているように見えた。
どこかコメディチックなその逃げ方は同情を誘う余地がある。
そして2人に気付くとまっすぐに方向を変えた。
「明らかこっち来てるし」
「アイツから倒すか?」
「助けようって。ハチは危ないでしょ」
「仕方ねぇな」
まっすぐ向かってくる魔物。
その後ろを追うハチ。
『せーの!』
カウンター気味にハチに向かって武器を振るう。
魔物の頭上をかすめ、2人の武器を食らったハチは当たり所が悪かったのか、そのままはるか遠くへ飛んでいく。
「やべ、飛ばしちまった」
「……早く、逃げないと」
2人が立ち去ろうとすると、逃げていた魔物が足を掴んだ。
いきなり足を取られた2人はそのまま倒れ込む。
「いったい……」
「コイツ、やっぱり倒すか」
顔から倒れたエヴァルスとタンク。
起き上がりながら盾を構えるタンクに、魔物は飛び跳ねて樹の陰に隠れる。
「タンク、怖がってるじゃない」
「エヴァ、コイツの肩持つの……か?」
タンクが言葉を詰まらせたのは無理もない。
先ほど助けた魔物がエヴァルスの足元にすり寄って来たからである。
「この子、人懐っこいなぁ」
エヴァルスが脇を掴んで抱き上げると、魔物は嬉しそうに両手を振っている。
ウロコの生えていない桃色の皮膚。
顔の脇に生えたエラ。
この世界には見ない風貌。
「キミ、名前は?」
「うっぱ!」
エヴァルスの問いかけに嬉しそうに応える魔物。
その鳴き声にエヴァルスは目を輝かせる。
「タンク!うぱだって!」
「やかましい」
タンクはエヴァルスの頭を叩くとうぱと鳴く魔物を放り出してしまう。
「いきなり何するの!」
「こっちのセリフだ。魔物に気を許すなよ」
タンクは頭を押さえながらため息を吐く。
投げ出されたうぱは笑いながらエヴァルスへと戻る。
腕の中に収まるともう一回と投げることを促すように腕を振る。
「投げて平気?痛くない?」
エヴァルスの言葉にうぱは胸をぽんっと叩いている。
その動きに応えエヴァルスは今度はうぱを山なりに放り投げる。
笑いながら飛んでいくうぱ。
地面に着地をすると、駆けて戻ってくる。
再び投げるエヴァルス、飛んでいくうぱ。
「おーい、そろそろ良いか?」
その光景を3度繰り返したらタンクが呆れた顔で1人と1匹を止めた。
「えー」
「うぱー」
不満顔2つ、苦虫を噛み潰したような顔1つ。
「とりあえずそいつのことより早く逃げないと……」
言葉の最中、周囲に羽ばたきの音が1つ、また1つと増えていく。
見上げると先ほど飛ばしたハチ。その後ろに30を越える同系のハチの魔物が飛んでいた。
「だから早く逃げようって言ったんだ」
ハチ型の魔物は1匹であれば大した脅威ではない。
問題は仕留めそこなった時に呼ぶ仲間の数。
先頭に居る、触覚の折れたハチは8の字に飛んで命令行動を取っている。
「タンク、あいつ怒ってる?」
「うぱぁ」
うぱはどこにしまっていたのか、瓶の中に入った蜜を誇らしげにエヴァルスに見せる。
「こいつがハチミツ取ったから追いかけられているんじゃねぇか」
「うぴゃぁ!」
タンクの怒鳴り声に驚いたのかスルリとエヴァルスの背中に隠れる。
「大声出さないで……よっ!」
会話の最中、突撃してきたハチを切る。
「おいおい、今さら返しても許しちゃくれないぞ」
次々に集まってくるハチにため息を吐くタンク。
「タンク、魔力は?」
「そこそこ。だけど数が多いだろ」
こんなやり取りの最中、飛び交うハチを落とし、燃やし、凍らせる。
何匹倒しても数が減るどころか、むしろ増えて見えるのは気のせいではないだろう。
「ねぇ、うぱ。どれくらいの巣に入ったの?」
ハチを切り裂き、体液を払いながら尋ねるとうぱは首を傾げながら両手を開く。
「おっきいって!」
「要らん情報、どうも!」
既に最初に来たハチはすべて倒している。
しかし、その倍の数は周囲に溢れている。
徐々に魔力も切れて魔法が撃てなくなる2人。
後退しながら戦うも如何せん数の多さで追い詰められていく。
「勇者、ハチに刺され死亡?」
「ねぇ、今の状況笑えないから」
タンクの軽口を苦笑いで返すエヴァルス。
背中にしがみついていたうぱはエヴァルスの汗を拭っている。
「キミだけでも逃がしてあげたかったけど」
薄く微笑みながらうぱに話しかけると、妙にキリっとした顔で2人の前に立つ。
「おい、お前!」
「うぱ!」
元々の原因が出てきたことで虫特有のキチチっという鳴き声を上げるハチ集団。
うぱ目掛けて一斉に飛び掛かってくる。
その時にうぱは大きく口を開けるとノータイムで火球を放つ。
その大きさはうぱより、ハチより……いや、人間の背丈よりも大きなもので飛んできたハチを全て包み込んでしまった。
自身に目掛けてくるハチを全てふき飛ばし、ハチ軍団の中にぽっかりと大きな穴を開けたうぱ。
その光景を目の当たりにした2人だけでなく、魔物の、しかも虫型であるハチたちも明らかに固まっていた。
触覚の折れたハチはまた8の字を描き、それを見たハチたちは背を向けて逃げていく。
「ウソだろ」
「うぱ、すごい……」
ハチたちが去っていくのを見上げていた2人はうぱに駆け寄る。
先ほどから微動だにしないうぱは、どうやらその場で眠ってしまっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます