第9話・銀腕

「待たせたな」

隻腕の男はその腕に持てるだけの服を持って戻ってくる。

「全員、服だけだった。浄化魔法を使っているなら、血は付かねぇはずなのにな」

その服にはところどころ赤いシミがこびりついている。

「おじさん、ごめんなさい。ボクたちが捕まえたりしなければ……」

エヴァルスはうつむいて男に詫びる。

「襲ったのはこちらだからな。命助けてくれただけでもありがたい」

血にまみれた服、そして子どもたちの着ていた服をより集めて男はエヴァルスに目線を送る。

「やってくれ」

「でもいいの?みんなの形見じゃないの?」

全て燃やすことで何も残らないことを尋ねると男は頷く。

「こっちに未練残してもな。輪廻に乗って幸せになってくれることを望むよ」

男の覚悟を知ったエヴァルスは頷き、服に火を点ける。

ふき飛ばすためでなく、送るための炎。

3人はその火が消えるまで何も言葉を出さずにいた。


「おじさん、これからどうするの?」

火が消えて静まった洞窟内でエヴァルスが尋ねる。

「どうって?」

「子どもたちのためにここに住んでいたんでしょ、捨てられた子どもを助けるために」

男は頬を掻きながら天井を見上げる。

「おっさん、顔に似合わず良いところあるじゃん」

「どう?ボクたちとどこか良い街を見つけるまで……」

「おい、お友達になったつもりか?」

男は折れてしまったククリをエヴァルスに突きつけながら睨む。

「さっきはあのトカゲを追い払うために協力したがね、オレにとってお前らは他人だ。なんで仲良く旅をしなければ……」

「あれ?まだここに居たの?」

3人の話の途中に銀の義腕を付けた男が飄々とした様子で入ってくる。

「あ、いたいた。隻腕のヒゲ面!コレ、やるよ」

銀腕の男は何かを放り投げる。

丸いなにかはちょうど3人の中心で止まる。

それは先ほど戦ったウロコが生えた魔族の頭だった。

「キミの仇は取ってあげたよ。コレでキミは自由に生きられる」

軽く言い放つ銀腕。

そのなんでもないような物言いのせいで場の空気は冷えていく。

「どういうことだ」

「いや、どうせ復讐のためーとか考えていたでしょう?替わりにやっておいたから、短い人生楽しめるじゃない」

3人がかりで苦戦した相手を服を弔っている短い間に斃してしまう、銀腕の強さを理解できぬものはこの場に居ない。

しかし、タンクは余裕を見せる銀腕に盾で殴り掛かる。

「タンク!」

「エヴァ、おっさん!こいつやべぇ!」

タンクの盾を躱し、足を払いエヴァルスに向かって突き飛ばす。

2人は勢いに負けてその場で倒れ込む。

カラカラと笑いながら髪をかき上げる。

「おいおい、いきなり殴りつけてくる人間の方がヤバいだろ」

「確かに」

いきなりの正論を投げられて是首するエヴァルス。

もつれ覆いかぶさっているタンクから頭を叩かれる。

「アイツの言う事に納得するなよ」

「だっていきなり殴ったタンクが悪いじゃない」

エヴァルスの言葉に声を上げて笑う銀腕。

「いやー、さすが勇者サマ。話が分かる」

「おい」

そんなにこやかに笑っているところにククリを突き立てる。

「話に来たわけじゃないだろ、魔族」

銀腕は笑顔を張り付けたまま目線だけククリを舐めながら隻腕に向ける。

「あれぇ?なんでオレが魔族と?」

「そのトカゲと同じ気配漂わせておいて、人間と言うつもりだったのか」

「おやおや、勇者サマにバレるならいざ知らず、アンタみたいなおっさんにバレるなんて」

エヴァルスとタンクは起き上がり武器を構える。

「ちょっと考えなよ、強さ基準。キミたちはコイツに手も足も出なかった。そいつの頭を持ってきている。お前らの命を握っているのは誰かわかっているのか」

その瞬間、銀腕の周囲が凍り付く。

寸前のところで隻腕は飛びのき、凍る地面から逃れる。

「危機感も、実力も低すぎる。それで魔王サマに敵対しているのか」

「魔王サマだと!?」

タンクの叫び声にうっすらと笑みを浮かべる。

「自己紹介がまだだったな。銀腕のレヴリス。魔王四天王が1人だ」

レヴルスがそれだけ言うと冷気を抑え外へ向かう。

「ねぇ、なんで殺したの」

レヴリスの背中に声をぶつけるエヴァルス。

「なぜって?」

レブリスは振り返ることなく答える。

「仲間だろ、なんで殺したんだ」

エヴァルスの言葉に肩を震わせる。

「いや、任務果たせないなら殺すでしょ。逆になんで生かすと思ってるの?」

あざけりながら放たれるレブリスの言葉にエヴァルスは顔を赤くする。

「そんなことで命あるモノを殺すのか!」

エヴァルスの激高を聞いたレヴリスはゆっくりと振り返る。

その表情からは笑みが消えている。

「命あるモノ、ね」

「なにがおかしい」

現れてからずっと讃えていた笑みを消したことは逆に嘲笑のように見えた。

「お前頭に乗ってるなぁ」

「どういうことだ」

レヴリスから放たれた言葉は冷ややかだった。

「人間とそれ以外のモノを明確に分けている。無意識に。さすがに腹が立つ」

その言葉を置いてレヴリスは振り返り、足を進める。


レヴリスが去り、その場を支配していた冷気が消え去るとエヴァルスはがっくりと膝を落とす。

「エヴァ……お前、無茶するなよ」

タンクが駆け寄り、肩を支えて助け起こす。

しかしエヴァルスはうつむき、涙をこぼした。

「ボクは、ヒトしか大切にしていないのかな」

先のレヴリスの言葉。「人間とそうでないモノを分けている」という言葉は深くエヴァルスの心に刺さっていたのだった。

「下らない」

そんなエヴァルスの心の内をくみ取ろうともせず、隻腕は洞窟の外に向かう。

「おっさん、どこに行くんだよ」

「決まってる、仇討ちだ」

振り返った男に目はどろりと濁り、血走っていた。

「オレの仇を殺した、つまりヤツが次の仇だ」

理由にもならない理由で進もうとする男にタンクはかける言葉を無くす。

そのまま男は振り返ることなくその場を立ち去った。

「おじさん……」

その時風が吹き、松明を消してしまう。

暗闇に残された2人。

その道行きを示すように暗く、そして光は途絶えていなかった。

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