第8話・悪意連鎖

光が消えて服だけが残された時にエヴァルスら3人は瞬時に村長が行なったことを理解した。

「おや、狙いがズレたか。今度は周囲を巻き込まないように」

村長は愚劣な笑みを浮かべながらローブに指示を出している。

浄化魔法。

魔物に対して使う、発動すれば問答無用で消し去る魔法で習得する人間はほとんどいない。

「…人間相手になんてことを!」

エヴァルスが叫ぶ。

村長の後ろに居た男たちは表情を変えて後ずさる。

しかし、村長は笑顔を崩さない。

「なぁに、こんなところに住んでいるなんて、ケモノと変わりはしない。浄化魔法だったら痕跡も残りませんし」

浄化魔法。

本来の用途は魔物を消し去るために生み出された人間の叡智。

その害成す者を滅するための魔法をこともあろうに村長らは人間に、しかもなんの力も持たない子どもたちに向かって放ったのだ。

エヴァルスとタンクは武器を構えた。

その前に立った隻腕の男は腕をかざして制止する。

「お前らはよそ者だ。オレらの問題はオレらで片付ける」

2人が寒気を感じるほどの殺気。

男は地面に刺していたククリを抜く。

そうなっても村長は笑みを崩さない。

「お前は何にも変わらないんだな」

男の言葉を鼻で笑う村長。

「それは貴様だろう。20年前腕を斬られそのまま去ればいいものを、こんな近くに住み着きおって」

村の風習、口減らし。

そのことに異を唱えた結果、男は隻腕となった。

お互いの眼はその時から何も変わっていない。

「命を拾ったのに……今度こそ息の根を止めてやる」

刹那。

村長とローブ以外の男たちが真っ二つに切り裂かれた。

遠くから見ていたエヴァルスらすら目で追えないほどの速度。

10人はいただろう男たちは次々に骸になった。

「……な、なにが起きた?」

「息の根を、どうするって?」

隻腕は返り血すら浴びていない。

手に持つククリすらほとんど血が付いていないのだ。

「じょ、浄化魔法を」

ここで初めて顔を引きつらせる村長。

ローブの男も身体を強張らせながら、何度も詠唱しているが、隻腕はゆったりとククリを突きつける。

「浄化魔法はな、自分より弱いヤツにしか効果が無いんだよ。ここらの魔物は人間より弱くてな、気付かなかっただろう」

その言葉に村長は喉を鳴らす。

ローブの男を掴んで隻腕の前に突き飛ばすと洞窟の出口に向かう道へ向かって走り出す。

「き、聞いてないぞ。あいつがこんなに強くなっているなんて、浄化魔法が……」

走る村長が何かにぶつかり尻もちを付く。

隻腕だ。

10人を目にも止まらぬ速さで斬った男から逃げる選択などありはしない。

「聞いていない?誰にだ」

隻腕はククリを鼻先に突きつける。

「そもそもオレらを勇者って知っていたよな?誰に聞いた」

タンクが後ろから挟んで問いただす。

「そ、それは……」

口ごもる村長を光が包んでいく。

先ほど子どもたちを包んだ光と同種。

つまり。

「タンク、おじさん!離れて!」

エヴァルスが叫び、ローブの男に駆け寄る。

突撃しながら鞘に入ったまま剣を振るうと男はギリギリのところでエヴァルスの攻撃を躱す。

フードにかすり、その男の素顔が明らかになる。

その顔にはウロコが張り、爬虫類を思わせる眼をしている。

「危ない、危ない。怪我をしたくないからね」

一目で魔族とわかる男は流暢な言葉を溢す。

「き、貴様!魔族だったのか!そんな顔では」

村長は青ざめながら叫ぶ。

魔族は笑みを噛み殺すように声を漏らす。

「あぁ、この顔かい?」

言葉と共に手をかざし下から通すと顔からみるみるウロコが消えていく。

「ニンゲンとは不便なものだよな。相手を確かめるのに探査能力がないんだから」

「なんでもいい!この光を!浄化魔法を使う相手を……」

村長は青ざめながら男に叫ぶ。

わざとらしく思い出したように額を叩く男。

「そうだった。終わらせないと」

男は手を村長に向けると間も置かずに消し去ってしまう。

「ふぅ、うるさいヤツが消えた」

その場に静寂が包む。

3人は身動きが取れない。

「ち……条件には該当しない、か。運がいいなお前ら」

ウロコ男はそのまま洞窟の外へ向かう道を歩き始める。

「通すと思っているのか」

道中に居る隻腕は当然そのことを許すわけもない。

眼の前で消された子ども。

その仇を討つためにククリを突き立てる。

その場に響く金属音。

ウロコ男は避けることすらしていない。

「そんな粗末なモノでオレに?武器ですらないじゃないか」

ローブを脱ぎ捨てると身体もウロコで覆われ先ほどのククリによる斬撃を受けても一枚たりとも落ちていない。

素手でククリを掴むとそのまま握り潰し半分にへし折ってしまう。

「じゃあな、雑魚ども。次会う時は少しは強くなっていろよ」

いっそ隙だらけでウロコ男は進んでいく。

3人は身動きを取ることが出来なかった。


「おっさん……大丈夫か」

ウロコ男が去って再びの静寂。

口火を切ったのはタンクだった。

子どもが消え、部下も消え。

仇と思った村長も復讐の機会を横から攫われ。

残った隻腕は何を思うのだろうか。

「おい、勇者。炎は出せるか?」

タンクの声に応えるようにうつむきながら振り向くとエヴァルスに話しかける。

「出せますが、何を?」

男の陰を帯びた表情に自棄を心配するエヴァルス。

しかし男は冷静に来ていた主のいなくなった服を眺める。

「弔ってやりたくてな。みんながあっちで裸だと困るだろ」

その言葉に若い2人は胸をえぐられるような痛みを覚えた。

「アイツらの服もないか、探してくる。準備は頼んでいいか」

返答を待たずに男は外へ向かう道を進んでいく。

2人はその背中を見送るしかできなかった。



ウロコ男がのんびりと森の中を歩いていると目の前に立ちはだかるように男が立っている。

その腕は銀色に光り輝いていた。

ウロコ男は腕を見て頭を下げる。

「銀腕さま。こんな人間領くんだりまでいらっしゃるとは」

「魔王サマからの伝言を伝える。『トアール村の村長を殺す、その命を違えた裁きを受けよ』だそうだ」

ウロコ男は銀腕の言葉を聞いて頭を上げる。

「そんな、私は確かに」

そこから続く言葉は出ない。

既にウロコ男の頭は胴体から切り離されていたのだから。

「知るかよ。オレは魔王サマの命令を伝えただけだ」

物言わぬ骸と化したウロコ男。

その命を刈り取った銀の腕は、鈍く光っていた。

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