広瀬くんの浮気話

牧村 美波

第1話

 朝から広瀬の元気がない。

 同僚の中では一番仕事が出来るヤツなのに普段やらないような凡ミスを繰り返すのも珍しい気がする。


「何なにぃ?失恋でもしちゃったぁ?」

「実は…。あなたに恋したみたいでなんだか胸がドキドキして困ってるんです。あっ、違うな。ただの動悸だ。坂田を見てもドキドキする。」

「やだもう。」

「でも魅力的なのはホントですよ?ボクがあと25才は若ければなぁ。あー、惜しいなぁ。」

「アンタが若返ってどうすんのよ。今いくつだっけ?」

「今年で25です。」

 パートのおばちゃん達にイジられて息を吸うようにペラペラとしょうもない事を言ってる広瀬はいつもの広瀬のようにも見えるのだが。


 話したいことがあるから一緒に昼メシに行かないか?と誘われた時にはこれはやっぱり何かあるぞ?と思った。


「何だよ。マジで失恋じゃないよな?」

 俺のよく行く定食屋で話を聞くことにした。

「ん…、近いかもな。」


 彼女イナイ歴の長い俺は、我が社のアイドル的な広瀬の不幸話が聞けそうでちょっとワクワクしていた。

 でも、よく考えたらそれはそれで面倒くさいかもしれない。しまった。社内での会話なら聞き流すのに今は俺しかいない状況に後悔の文字がよぎる。パートのおばちゃんでも誘うべきだったか。とんかつ定食を食いながらのイケメンの恋バナは胃もたれしそうだぞ。


「実はさ、帰ったらただいま〜って抱きしめるのが日課なんだけど。」

 あー、はいはい。半年前から同棲中の彼女ね。

「それでバレちゃったみたいなんだ。」

「どういうこと?」

「ほら、残り香ってやつ?めちゃくちゃ怒られてさ、参ったよ。あの日に限って予備の服に着替え忘れてて。油断したよ。」


 マジか。二股ってやつか。俺にとっては都市伝説レベルの話なのに。


「おまっ!お前それ100%悪いぞ!」

「だよな。勘がいいから気をつけてはいたんだ。」

「気をつけてたって匂いはダメだろ。」

「もうさ、話しかけてもシカトでさ。」


 そりゃそうだ。顔もみたくないはずだ。


「お詫びに高いメシ買ってきて機嫌直してもらおうと思って奮発したけど反応がイマイチなんだ。」

「物で釣ろうとしてるのがミエミエなんじゃない?」

「うーん、まぁ俺が作ったのは食べてくれるからそれだけは良かったよ。」

「え?作るの?お前が?」

「うん。夕食は俺が作るんだ。」


 はぁ、やっぱイケメンは違うな。

 マメな所が広瀬のモテ要素なんだな。

 でも、ムカつくな。


「いつバレたの?」

「1週間前かな。それでさ…相手してもらえなくてさ…寂しくなって…昨日の休暇中につい…。」


「はぁっ?へっ?何だそれ?何で行く?」

「分かってる。お前も呆れるよな。彼女も洗濯の時にシャツについてた長い毛を見つけてさ。またあの店に行ったの?ってため息ついてたよ。」


 怒るでもなくため息ってやばいんじゃないのか。もう話し合う気力がなさそうなのが想像できて、完食できそうにないんだけど。


「ていうか、店?何?相手はプロなの?」

「そうなんだよ。甘え上手な子がいてメロメロになっちゃってさ。他の子もかわいいのよ。」

「彼女嫌がってるんだろ?止めろよ。」

「いやぁ。最終的には彼女に納得してもらって4人で暮らしたいんだよ。」


 待て待て待て。登場人物増えてないか?

 お気に入りの子が2人も?

 広瀬が何が言いたいのか分からず、分かったとしても分かりたくない気持ちでイスの背もたれにのけぞって頭を抱えた。


「あのさ、浮気をやめたいって話じゃないの?」

「いや、どうしたらバレずにあの子に会いに行けるかなって話だよ。しばらくはこっそり会い続けて彼女達が納得したらみんなで仲良く暮らしたい!」

 やばい。こいつ目が本気だ。

 チャラ男の戯言だと思ったのに、一夫多妻の認められない日本でいいわけないだろ。


「本気で嫌われる前に手を引けよ。浮気はダメだって。何だよ4人て。」

「いや、どっちかっていうと本命。」

「サイテーだよ、お前。」

「確かに今までバレてないだけでフラフラはしてたよ。かわいい子は店以外にもいるからな。この世の中でかわいくない子を探す方が逆に難しいだろ。」


 俺は頭がクラクラしてきて、このまま話を聞き続けるか迷ってきた。


「とりあえずいったん機嫌を直してくれるといいんだけど。まぁ、お気に入りの子を見てよ。超カワイイから。」


 いたたまれなくなって立ちあがろうとした瞬間に広瀬の差し出したスマホに目を奪われた。


「えっ?」

「ん?」


 俺はゆっくりと頭の中を整理していく。


「長い毛を見つけたのは人間の彼女?」

「もちろん。」


「抱きしめたら勘づかれて口を聞いてくれないけどお前の手料理を食べる子は?」

「ちーちゃん。」

「誰?」

「彼女が同棲前から暮らしてきた三毛猫さん。」


「広瀬、保護猫を迎えたいけど彼女の飼い猫がヤキモチ焼きで困ってるって話でいいか。」

「OK」


「4人じゃなくて2人と2匹って言ってくれないか?」

「ごめん。」


「坂田が保護猫と2人暮らししてるってパートのおばちゃんに聞いたから。」

「だからそのカウントやめろ。生まれて一度も二人暮らしなんてしてねぇわ。」

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