KAC2023 大量のケーキ

かざみまゆみ

いいわけ

「どうしてこんな状況になったのか……説明してもらおうか?」


 俺は眼の前に並ぶ、ショートケーキやホールケーキの大群を前にして語気を強めた。


 事務所のソファには小夜子と楓の女子大生コンビ、警察官の樺山、そして何故か大家の婆さんまでいる。

 婆さんは馬耳東風と言わんばかりか、悠長に茶をすすっていた。


「私はオニ……所長が今日は誕生日だって知っていたから注文して置いたんですよ。……まぁ、驚かせようと思って秘密にしていたのは謝りますけど。ねぇ、楓?」


 小夜子は楓に助けを求めるべく視線を送った。


「私はノチェさんが誕生日と聞いて、サプライズのつもりでケーキを作ったのですが、まさか小夜子が注文していたとは知らなくて……」

「ゴメン、手作りするって聞いたら、なんか言い出せなくなっちゃって。ケーキ2つ有ってもいいかなって、えへへ……」


 ――小夜子、太るぞ……。


 俺は口には出さなかったのに、小夜子のエルボーが腹に入って悶絶した。


「今、太るぞって思ったでしょ!」

 ――小夜子の察しのよさは誰譲りだ……?


「そっそれで、カバ山はどうしたんだ?」


 大きな体を縮め、ソファの端で畏まっている俺の後輩に声をかけた。


「自分は、この度アキバの西にある、明神署の刑事課に配属となりましたので、先輩へご挨拶に伺いました。ショートケーキは、若い親戚の女性と同居されているとお聞きしたので、手土産として持参いたしました!」


 ――同居じゃないぞ……。

 と、返答するよりも早く小夜子が否定した。


「同居じゃありません!! ただの隣人です!!」

 ―いや、その説明もどうかな?


「大家さんは?」

「今日はね、うちの孫娘が遊びに来る予定だったんだけどねぇ。例の人魚肺病マーメイド病のセイでね、自宅待機になっちまったんだよ。用意しておいたケーキを駄目にしちゃ、お天道様に申し訳無いってもんさ」


 ――人魚肺病マーメイド病……最近都内で流行っている、15歳未満の女子がかかるという奇病だ。


「それよりも、お前さん。いつ、例のぬいぐるみを持ってきたんだい?」


 大家が指差した先には、見慣れないピンクのくまのぬいぐるみが鎮座していた。

 いや、正確にはこの間捨てる前に消えたぬいぐるみだ……。


「小夜子いつ置いた?」


 不思議そうな顔をする小夜子。


 ――ピンポーン……。


 不意にドアの呼び鈴が鳴り響く。

 俺は一言、口から絞り出した。


「まさ、かな……」


 俺はそうっとドアスコープを覗いた。

 そこには……。


 怪しい中年男性が立っていた。

 ドアを開け俺はそいつと向かい合う。


「あんたは確か、禍事喰いの……」

「アンラッキー7だって言ったろう」


 男は俺に向かってこぶし大の石を放り投げてきた。


「あんたの事務所の前を通ったら、余りにも禍々しい気配がしてな。知り合いのよしみで喰っといてやったよ。コイツは貸しにしとくな」

「てことは、コレ例の石か? キタネェ!」


 思わず石から手を離すと、それは床に落ちて砂のように散ってしまった。


「あまり変なことに頭突っ込むなよ! じゃあな!」


 男は古びた着物を翻すと、バタバタと階段を駆け下りて行った。


KAC2023短編7作

「アキバの探偵事務所には閑古鳥が鳴く」

サイドストーリー 了

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