第4話
エリオットから渡された紙切れには意外な半面、確かに妥当な場所の住所がいくつか書かれていた。フレアがまず向かおうと考えたのは、旧市街で修道院からさほど離れてはいない高級資材店である。ここなら貴族や金持ちが訪れても何の不思議もない。
そこは繁華街から路地を少し奥に入った場所だった。もう深夜とあって通りの灯火は消え、人気もない。フレアは月明かりの中、書かれた住所へと向かった。大通りから離れている路地のためか雑然としており、雰囲気は新市街とさほど変わらなかった。ただし、それは打ち捨てられたがらくたやごみのためではなく、出番を待っている木材や石、土などの建材、資材であり、それらが通行を妨げるほど道にはみ出している。
件の店も隣が木工所らしく通行が困難になるほど木材が高く積まれている。フレアはその木材の上によじ登り、店の暗い二階の窓を覗き込んだ。「魔法、錬金術素材取り扱いフリーデン商会」と看板がかかっている。暗い店内は外から見たところ人の気配はない。店主のアルム・フリーデンと会いたかったが不在のようだった。
「もう爺さんですからね。お手柔らかにお願いしますよ」エリオットの声が蘇る。
フレアは店の周りを歩き戸締りに不備がないか確かめていったが、フリーデンは抜かりなく戸締りを済ませていた。やむなく彼女は扉をこじ開けることにした。人差し指の爪を巧みに操作し、扉の鍵を解除する。慎重に店内へと入り辺りを観察する。魔法罠などが作動した様子はない。
フレアは陳列棚に挟まれた窮屈な通路を通り、奥の接客カウンターへと向かった。あまり期待はできないが何か手掛かりが見つかるかもしれない。フレアは途中で棚に並ぶ薬品のラベルなどに目を通すと、そこにあったのはありふれたものばかりだった。ここの品ぞろえは表の商売用なのだろう。半ば予想通りカウンター内にも特に目を引くものはなった。
一階の探索を終え、二階へと向かおうとしたフレアは二階へと続く階段の手前で足を止めた。どこから甘い匂いが漂って来ている。この匂いは店に入ってきた時から店内に漂っていた。初めは商品が放つ匂いかと思っていた。生き物の肉や血、分泌液を素材とした製品が放つそれかと。しかし、よくよく考えてみると違う。彼女にとってなじみ深い人由来のものだ。死臭である。この程度ならばまだ消費期限は過ぎていない。
フレアは店内を歩き、漂う匂いの強い場所を探し出した。特に敏感な嗅覚を持つフレアのような存在をでない違いはとわからない。
匂いは強くなったが、付近の棚に収められているのはコバヤシ製の化学素材と呼ばれているものばかり、それらの原料は地中から湧く黒い油を主原料としているため関係ない。
フレアはその辺りの床を調べているうちに、床板に入っている奇妙な切れ込みに気が付いた。通路を横断するような形で二本の線が入っている。さらに調べると二本の切り込みの傍に巧妙に隠された取っ手を発見した。床と一体化して見えてほとんど気付くことはないだろう。取っ手を上に引っ張ると床板が持ち上がり、床下に隠されていた階段が姿を現した。例の匂いの発生源は床下にあるようで、強くなってきた。フレアは外した床板を傍の棚に立てかけ、階下へと降りて行った。
急な階段を半分まで降りると地下室は光に満たされた。少し驚いたフレアだったが天井を見て安堵する。フリーデンは地下室の天井にコバヤシ製の自動ランプを設置していたようだ。誰かがいるわけでもない。
地下の様子は上とはまったく違っていた。大小さまざまな大きさの空の木箱と折り畳まれた遮魔布が山積みにされていた。その脇には紋章が入った梱包済みの木箱。壁は簡単な魔法障壁が施されている。ここがエリオットが言っていた裏稼業の店舗に間違いはない。
部屋の隅に無造作に広げられた遮魔布が被せられ山になっていた。匂いはこの辺りが一番強い。布をどけてみると若い男が壁にもたれて座っていた。よく日に焼けた肌で、日よけのターバンに砂除けのゴーグル、つい最近まで砂漠にいたことがうかがわれる服装だ。その表情は眠っているかのように穏やかだが、顔色はひどく間違いなく死亡している。死後三日といったところか、この店に漂っている匂いはこの男からで間違いないだろう。
この男は何者なのか。エリオットから聞いたフリーデンは白髪交じりの黒で痩せた初老の男。目の前の男は髪は赤くまだ若い。店員か、それとも客か。
男のアクトンの胸元、何層にも重ねられた布地には裂け目があり、内側を調べてみると例の火傷を伴う刺傷があった。それに加えて男の胸には円形の内出血が複数見られた。棍棒のような武器で激しく突かれたらしい、これでは男の肋骨はただでは済まなかっただろう。フレアは内出血跡を指で触った後に顔をしかめた。骨は皮膚の下で砕けていた。振り回すだけならまだしも、棍棒でこのような一撃を放つにはそれなりの修練が必要になる。この辺りでそのような能力を持つ者は、修道院などに所属する僧兵が順当だろう。
男が何者か、それは彼の腰のベルトが物語っていた。ベルトには小さな物入れがついており、中に金属製の解錠器具が収められていた。フレアのような便利な爪を持たない人間はこのような道具を使う。
この男が剣を追って帝都までやってきた盗掘者か。宝物庫から剣を持ち出すまではよかったが、僧兵に見つかり攻撃を受ける。負傷しながらもここまで逃げて来たが、乗り物としての適性を疑われ、殺された。そんなとことだろうか。
この男が死亡したのは少なくとも昨夜より前に見える、だとすればあの青年を殺したのは別人ということになる。それは何者か。フリーデンか。
遺体の前で物思いにふけっていたフレアだったが、上階に現れた気配に推理を中断し、そちらへと意識を向けた。上階の足音から察するに人数は四、五人と思われる。様子からして、少なくとも戸口が開いていたため侵入してきた窃盗犯の類ではないようだ。明かりの点いている地下室の存在には、既に気が付いているようでこちらに向かっている。フレアは来客を出迎えるべく階段へと向かった。
フレアは階段の上で待ち構えていたのはコバヤシ製防刃鎧の集団だった。
それは帝都警備隊。彼らは侵入者が塔のメイドであることに明らかに困惑しているようだった。
「こんばんは、お努めご苦労様です」フレアは無抵抗をアピールするため、両手をゆっくりと上にあげた。
「おとなしくしていたようだな。感心なことだ。フレア・ランドール」
夜が明け、現れた陽が傾きまもなく沈みそうな頃に、魔導騎士団特化隊隊長フィル・オ・ウィンがフレアが前に現れた。フレアが収容されている留置場の鉄格子の前に立ち、子供サイズの手で鉄格子を軽くたたく。
「どうでした?わたしの言ったことに嘘はなかったでしょ。約束は守ってもらえるでしょうね」部屋に据え付けられたベッドから起き上がりオ・ウィンへと歩みよるフレア。
「残念なことだが、間違いはないようだ。お前の主張を受け入れよう、ただし条件付きでだ」
鉄格子を挟んで対峙するお仕着せの少女と、騎士団の制服に身を包んだ男児、その正体さえ知らなければ愛らしく見える二人だが、実際は帝都で双璧をなす存在でもある。フレアの方が五十ほど年上であるが、二人とも帝都では最高齢の部類に入る。
「何がお望みです?」
昨夜フレアはフリーデンの店で通報を受け駆けつけた警備隊と鉢合わせとなり、警備隊中央署に連行される結果となった。遺棄されていた遺体との関連はすぐに除外されたが、事はそれだけはすまないため、フレアは中央署に留め置かれることになり朝を迎えた。
警備隊による拘束時のフレアの主張は、主人から言いつけられた用事のために店の傍を通りかかった時、いやな匂いを感じ取った。そこで店内の様子が心配になったので、いけないのはわかっていたが侵入してしまった。匂いの在りかを探しているうちに大変な物を発見してしまいました、というものだった。
確かに大変な物が多数発見され大騒ぎとなっている。フレアが発見した地下室からは死後三日程経過した遺体の他に、盗難や紛失扱いされていた発掘品や禁制品、それに加えて紋章が描かれた木箱、顧客名簿などが発見された。フリーデンの裏の顔が明らかとなった。
名簿によると店主のアルム・フリーデンの人脈は思いのほか広く、中には慎重な対応が必要な人物も多数含まれていた。昨夜もまた剣による被害者が出たため、これで見つかった被害者は三人となった。しかし一連の事情を知っていると思われる店主のフリーデンは姿を消し、警備隊はまだその所在を特定できていない。
そして最も衝撃的だったのはフレアが免責を条件とした証言である。オ・ウィン自身も今回の件に関して正教会特別部の動きに疑問を抱き、調査し始めていた。そして、オ・ウィンとストランド部長の会談により、フレアが導き出した事件についての推論は大筋で事実と判明した。そして特化隊は剣の持ち込みの件は不問とする代わりに、特別部は特化隊と情報を共有し合同で捜査を進めることに同意した。
特別部によると修道院に侵入した盗掘犯たちはそれの身柄を僧兵により確保され、客の代理人も旧市街にてその身柄を拘束されていた。しかし、剣は発見されず、捜索中だった逃走犯は遺体となって発見され、事情を知っていると思われ、乗り物となっている可能性もある店の主人フリーデンは目下行方不明となっている。
「わかっているな、お前のでたらめな主張を受け入れ釈放する代わりに、お前たちは剣の件からは手を引き、真相については沈黙を守り、帝都の発表には異を唱えないこと」
「あなたたち、あんなヤバそうな剣を隠すつもりなの」
「安全のためだ。伝説の魔剣の出現など余計な混乱を招くだけだ。新聞社の連中はろくに取材もせず、一連の事件のことを興味本位で串刺し魔などと騒ぎ煽り始めている。こちらもそれに乗ることにした。バカと鋏は使いようというからな、十分に働いてもらう。こちらの邪魔にならんような所に餌を投げてな」
「ふん」
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