【掌編小説】あふれる物語

りおん

第1話「カメラ」

「そうだ、カメラを買いに行こう」


 突然そんなことを言い出す彼。これまでカメラのカの字も口にしたことなかったのに。


「ん? 急にどうしたの?」

「いや、カメラで撮る世界がどんなものか知りたくてね」

「写真だったらスマホでも撮れるじゃん。カメラにする必要ある?」

「スマホだとお手軽だけど、なんか味気なくない? カメラを構えるっていうのに憧れるんだよね」


 私だったらお手軽さをとるけどな、と思った。でも言ったところで彼には届かないんだろうなと思った。よく考えると彼は何事も形から入ろうとする人だ。『写真といえばカメラ』という刷り込みがどこかで行われたのかもしれない。


「それに」


 彼は顔をポリポリとかいて、話を続けた。


「風景やモノも撮りたいけど、そのカメラで君を撮りたくてね。この瞬間って今しかないから、それを残しておきたくて」


 彼は恥ずかしそうにしていた。私を撮る? ちょっと恥ずかしいが、今しかないこの瞬間を大事にしたいという気持ちが分かる気がした。


「そっか、じゃあ今日見に行ってみる?」

「うん、ついでにパスタでも食べに行かない? 美味しいお店があったよね」

「オッケー」


 今日のお出かけが決まった。今日も晴れるという予報だった。少しずつ暑くなってきたので、どんな服装にしようかと迷いそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る