おもひで
COCO NE
第1話 コハル
「あの子は…コハルは優しい子でした」
元上官である木城少佐に
絞り出すように自分の事を話した。
何歳だったか。
雪がしんしんと降るある日。
俺は酒と博打に狂う父親から逃げ出した。
毎日毎日負けた腹いせに暴力を振るわれた。
痛い、つらい、苦しい。
そんな日々が嫌だった。
母親は物心ついた時からいなかった。
その時に今の孤児院に保護された。
「あの頃は暴力で解決することしか知りませんでした。同じ孤児院の子から職員まで…
気に入らない奴は殴ってました」
だからみんなから嫌われた。
当たり前だ。
そんな奴近くにいるだけで嫌だろう。
「でもコハルはそんな俺に声を掛けたんです」
どうしてみんなを傷つけてしまうの?
不思議そうに聞いてきた。
それ以外の方法を知らないから、と答えたら
あの子はそれ以来俺に毎日話しかけてくるようになった。
最初はあの子を鬱陶しく思った。
でもあの子は根気強く俺に声を掛け続けた。
「コハルは沢山のことを教えてくれました。
俺も段々コハルの話に興味を持ち始めて、
俺たちはよく二人で話していました」
初めて俺に優しくしてくれた人。
初めて俺に声を掛けてくれた人。
初めて俺に笑顔を向けてくれた人。
「初めて…初めて俺が生きててもいいと…
生きたいと思わせてくれた人……それがコハルです」
孤児院の庭に咲く花々にも負けない
コハルの笑顔が脳裏に浮かぶ。
小鳥のような声。
あの時の記憶が色鮮やかに蘇る。
「大きくなったら、結婚しようね」
桜が咲き誇るとある孤児院の庭で
俺–武藤セイタはコハルと約束した。
「いつか大きくなったらこんな所出て、
二人でお店屋さんしようよ!」
「いいよ。約束だからね!」
その約束は叶わぬとも知らずに。
小さい手で指切りげんまんをした。
「セイタ……っ」
16歳の時、戦争の火蓋が切られた。
屈強な軍人が俺を迎えにきた。
前線へと送られることになるらしい。
「コハル…戦争が終わったら必ず迎えにいくからな。大丈夫だ。だから待っててくれ」
「セイタのこと信じて待ってるから。
必ず私のこと迎えにきてね。お願いね」
そう言うとコハルは突然髪を切って束にしだした。
「何を……?」
「お守り。これを私だと思って大事にして」
艶のある黒の髪の束。
コハルは涙を拭いながら笑った。
「ご武運をお祈りします」
「ああ。戦地に着いたら手紙を送る」
髪の束を小さい袋に入れてポケットに入れる。
コハルは彼が見えなくなるまで
手を振り続けた。
桜舞い散る春の終わり頃であった。
前線に送られて数ヶ月、
俺はただコハルの元に帰ることだけを
希望にしてあの身の毛もよだつ戦地を生き残っていた。
その様子を人々は“生きる軍神”と呼び
俺を褒め称えた。
戦争が終わり戦地から撤収する一ヶ月前、
今までやり取りしていた手紙がぱったりこなくなった。
つい数日前までは何事もなくやり取りしていたのに。
暗雲が立ちこめる。
悪い予感がした。
頭の中が不安で塗りたくられる。
ポケットに入れたお守りを握りしめた。
孤児院に帰ってきたがコハルはいなかった。
コハルの持ち物すら何も無かった。
なぜ?
どうして?
「コハルをどこへやったッ!!」
孤児院の職員に聞いて回っても答えは分からなかった。
しかし問い詰めると一人の職員は申し訳なさそうに呟いた。
『行方は知らないが近くの崖に彼女の履き物が
見つかった』と。
俺はますます恐怖で体が震えた。
孤児院の子供たちに聞いてもみんな知らないと答えた。
『セイタ……待ってるよ』
「コハル…どこへ………っ!」
抑えていた涙が溢れる。
「すみません。…つい……」
「いや、構わないよ」
慰めるように肩をさすられた。
「コハルが今どこで何をしてるのか…。
もしかしたら……死んでしまったのではないか
と思うと…夜も寝られません」
約束したはずなのに。
どうして。
どうして。
すると話を聞いていた木城少佐がとあることを
話し始めた。
「コハルちゃんなら知っているよ」
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