拙い言い訳

黒木メイ

拙い言い訳

 息子がバイクで事故った。


 その知らせを聞いて、私はパート先を飛び出した。

 後ろから「後のことは私達に任せな!」という声が聞こえてくる。

 振り向けばパートリーダーと目が合った。私は頷いて病院へと走り出した。


 息子はすでに病室に移動したらしい。

 そんなにひどい怪我ではなかったのかとホッとする。

 でも、無事な姿を見ないと安心できない。


 病室に入ると息子は汗だくの私の顔を見て目を丸くした。

 息子の片腕には包帯がぐるぐると巻きついている。後は軽傷のようだ。

 気が抜けた私はよろよろとベッド横の丸椅子に腰を下ろした。

 息子が気まずげな顔を浮かべている。


「ごめん」

「とにかく無事でよかった」

「……うん」


 息子の暗い様子に何かが引っかかった。


「事故ったことを気にしてるの?」

「……まあ」


 真面目な息子のことだから気にしているだろうとは思っていたけれど、それにしても何かがおかしい。


「何かあった?」


 そう聞くと息子の身体がびくりと震えた。やはり怪しい。


「事故った原因って何だったの?」


 私の質問に息子の目が泳いだ。


「俺の不注意……だよ」

「石橋を何度も叩いて渡るタイプの子が不注意ね。体調でも悪かった?」

「そんな感じ、かな」

「なら息子の不調に気づかなかった私も悪いわね」

「違う! 母さんは悪くない」


 すぐに息子は我に返って視線を逸らした。


「一体何を隠しているの?」

「別に……その、あれだよ。可愛い女の子を見かけて、つい見惚れて事故ったんだ。母さんには言いにくくてさ」


 そう言って笑う息子。いや、どんな言い訳だ。

 息子には彼女がいる。それはもう他の子なんか目に入らないくらい溺愛している彼女が。


 無言でじとーっと見つめれば息子は視線をうろつかせ、とうとう観念したのか頭をがくりと下げた。


「あの人を見た。知らない男と小さい子供と手を繋いで歩いていた」


 予想外の答えに私は言葉を失った。

 あの人とは『産みの親あの人』のことだろう。

 それは言いにくかったはずだ。


「事故るくらいショックだったのね」

「別に。俺にとってはもうあの人は他人だし。ただあの子供にはあんな顔をするんだなーと思ったら……なんか」


 言葉に詰まる息子を私は思いきり抱きしめた。「いたっ」という声が聞こえてきた気がするが今は無視だ。

 胸の中で憤りやいろんなものが荒れ狂っている。それを息子には知られたくない。

 そっと息子から離れると私はわざと明るい声を出した。


「退院したら一緒に買い物に行きましょうか。久しぶりにお父さんも一緒に」


 息子は数回瞬きをした後、「うん」と嬉しそうに笑った。


 帰ったら夫と作戦会議をしなければ。

 息子には私達からの愛情を存分に味わってもらおう。

 あの人のことを考える暇なんてないくらい。

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拙い言い訳 黒木メイ @kurokimei

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