国境警備員アラドの日常

小鳥ユウ2世

0日目:配備

 国の役に立つことは男の義務だ。と父は口癖のように俺に言いつけていた。その父は昨年病気で死んだ。死んでもなお彼の呪いのような言葉が俺を襲う。


「アラド、あなたに手紙が来てるわよ。黄色い手紙が......」


黄色の手紙は死の手紙だ。つまり、兵士として国の力となる時がきたのだ。しかも推薦の黄色となると、軍に履歴書を送ったのは生前の父だろう。父は根からの軍人だったからな。というより、父からすると、敵である魔法使いを掃討した軍は英雄なのだろう。


「そうか。もうそんな時期なのか......。戦争も終わったというのに」


「仕方ないわ。魔法使いがいる以上、私たちは戦わないといけないのよ」


「魔法使いは敵なのか?」


「ドラゴンを従えてタングステンを蹂躙したのよ? 敵に決まってるでしょ!」


母は少し神経質になって声を荒げる。俺はそんな母の姿を何度も見たし、いつもその後は俺が黙ればいいことだと思っている。仕方ない、ここは軍の手紙に従うしかない。


「分かってるよ、ごめん......。行ってくる」


「お金はあなたのために使っていいからね。母さんたちのことなんて気を遣わなくていいから」


そんなことを言われたとしても、母と痩せた小さな弟を見て自分のために金を使える人間などいないだろう。俺は彼女らに向けられた希望と不安を払しょくするように、手紙をズボンのポケットに素早く折りたたんで入れ込む。さらに、母からもらったバッグを背負い玄関を出る。


「アラド・サラムスキだな。素早く別れを済ませ、荷台に乗れ」


 家の前にとどまっていたタングステンの国旗が掲げられた4輪の窓から軍人帽をかぶった人が大声で俺の名を呼ぶ。荷台には自分と同じく軍人として配備される新人たちが数人座っていた。手を振る母に、僕は右手を顔の真横にまっすぐ立たせて帝国軍人式の敬礼で別れを告げた。


「では、荷台に乗った子ブタの諸君。これから君たちは養豚場へ向かう。つまり、訓練場だ。そこで1日学び、訓練しろ。それで晴れて1人前だ」


1日で立派な軍人になれるのかと、不安になっていたが訓練場に着くとその意味が分かった。これまで想像していた肉体的な訓練がありそうな体育施設ではなく、研究所のようなものが一つぽつんと建っていた。


「ここで、君たちは魔法に打ち勝つ体を手に入れる。そして、腕に刻まれるバーコードによって多くを学ぶことができる。昔はもっと激しく、死者のでる訓練場だったが君たちは幸運だ。それでは、君たちの幸運を祈る」


運んできてくれた軍人が敬礼し、俺たちもこぞって敬礼した。昔あったと言われる学校と同じように学べると思っていたが、思っていたよりもその期間は短いようだ。

研究所では、ひどい叫び声は無く静かに時をすごした。

その日のうちに脱走者もなく、1日明けても運ばれてきた同僚たちは一人として欠けず並んでいた。これも、教育の賜物か。


「点呼!」


「1」


「2」


「3」


……。人数分の点呼が向こうの山にこだますると、上官が一人ずつ紙を渡してきた。自分の番が来て、それを開くと「タングステン南部国境警備 配属」と書かれていた。どうやら俺は国境警備隊になるらしい。他の人間は内勤や、諜報員、海上捜査など栄誉とも言える場所だった。だが、忠誠心の低い俺からすれば国境警備という楽そうな仕事がちょうどいいとも思っていた。内心ほくそ笑んでいると、上官が俺を見つめていた。


「そうだろう、嬉しいだろう。国境警備はこの中でももっとも過酷な仕事だ。戦争となれば最前線で国のために戦えるのだからな! 君の父上も心から君を誇りに思うだろう!! タングステンに栄光あれ! アラド上等兵に幸あれ! 全員、敬礼!」


皆が俺の方に振り向き、敬礼し始める。その瞬間、父を一層恨んだ。彼の遺言さえなければ......。いや、なかったとしてもこの国で生きている以上兵役は免れないけど......。


「光栄に存じます! ホランスキ上官! 皆さまのご活躍にも幸あれ!」


思ってもない言葉を言うと、兵隊たちは屈託のない笑顔で敬礼をする。訓練場という名の研究施設を出ると、多くの人に4輪が配当された。だが、俺は2輪だった。国境警備は乗り回しのいい2輪が配当されるのが習わしらしい。2輪のハンドルの真ん中にあるバーコードに腕に取り付けられたバーコードリーダーをかざすと、頭の中に2輪操作の説明と鍛錬が2秒ほど流れていく。その間、頭痛を起こすが想定の範囲内だ。


「これが始動キーか」


キーを回し、エンジンが始動したところで俺達はそれぞれの配属先へと向かっていった。俺の配属先はタングステン南部。海辺に近く、観光施設も多いため外部からの入国者が多いと聞く。だが俺には軍事国家タングステン帝国に観光する思考がわからない。


「国境警備へようこそ、アラド上等兵。私はタングステン南部国境警備隊 隊長のジョルベ・レロウ曹長だ。ここでは私の指示に従ってもらう。ゆくゆくは君一人でここを守ってもらう」


「なにとぞご指導、よろしくお願いいたします! 曹長」


そういうと、曹長は国境ゲートの一室に俺を連れてきた。そこは、人一人が入れるのがやっとの警備室だった。しかも、魔断ガラスがばっちりとハメられていて警備の厳重さが伺える。


「ここで君は入国する外部者、そして外部から戻ってきたタングステン人を迎える。外部者には入国審査証と、各国独自の個人証明証がある。ただ、忘れるな。悪人は狡猾に入国しようとしてくる。少しでも偽証がある場合、いかなる場合でも決して入国させるな。それは自他国問わずだ。いいな!」


「総統の名に懸けて!」


「では、タングステンに栄光あれ」


俺は平和な日常から一点、国境警備員として日常を送るのだと思い知らされた2日間だった。ふうとため息をつき、警備室の椅子に座ると曹長が戻ってきて窓をコンコンと叩いてきた。近くにあるボタンを押すと会話できるようになった。


「一つ言い忘れていた。この世で一つだけ入国させてはならないものがいる」


「もしかして、それって」


「君もわかっているだろうが、国籍関係なく『魔法使い(ウィザード)』は入国させるな。今日は私からは以上だ。手元にある開閉ボタンで入国審査が始まる。時間は限られている。ご両親を養うためにもできるだけの仕事をこなせ」


「......。わかりました」


曹長が敬礼し、俺も敬礼し終わると曹長はすぐさま警備室から監視塔の方へ走っていった。俺はその一連の流れを見た後、ボタンを押し入国者を促した。


「次の方、どうぞ」



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