自分にとって大切なものだから

嶋月聖夏

第1話 自分にとって大切なものだから

「どうして、もっといい点取れないの?」

 そう言った母さんの顔は怒りを通り越して呆れている

ように見えた。

 それに対して、僕が何も言わないのは、どんな事を言

ってもテストでいい点が取れない言い訳だと思われてし

まうからだ。


 僕、飯島学は小さい頃からずうっと勉強漬けな毎日だ。

母さんは「勉強が出来ないと、いい大学に行けずに将来

苦労するわよ」と口癖のように言う。

 だから学校でも同級生の話について行けず、休み時間

は図書室によく行っていた。


 ある日、僕は一冊の本の表紙が目に入った。

 綺麗な絵柄な、文庫本だ。僕と同じ年の男の子が、剣

を持って前を見据えている。

 それが気になって、手に取ってみた。そして、そのま

ま読み始めると、一気に引き込まれた。


 その本を借りた後、家でも夢中で読み始めた。

 主人公は、僕と似たような日々を送っていた。だけど、

自分の意志で未来を切り開くところは違っていたんだ。

「大好きな、心の支えになっているものを、やるべき事

をやれなかった言い訳にしたくない!」

 この主人公のセリフが、僕の胸を貫いた。

 

 それから、僕は勉強を頑張ることにした。

 まずは高校を合格する。まだ中学二年生だからこれか

ら頑張れば、行きたい高校に行くことができるんだ。

 母さんが行かせたがっている高校と違っても、それ以

上にレベルが高い高校なら反対はしないだろう。僕は、

この主人公に勇気づけられたんだ。

 そして大人になれば、自分の意志で未来を決められる。

 今、図書室で借りてこっそり読んでいるこの本を、自

分が働いて得たお金で買って、仕事以外の時間で読むこ

ともできるんだ。

 もし、この本を読んでいるところを見つかって、それ

で母さんに注意されても、僕ははっきり言ってやろうと

思うんだ。

「この本を読んでいるからって、成績が下がるわけじゃ

ないよ。むしろ、やる気が出て勉強がはかどっている」

って。

 大好きで、大切なものだからこそ、それを言い訳にし

たくないから。


終わり

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自分にとって大切なものだから 嶋月聖夏 @simazuki

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