奇妙な話
国城 花
奇妙な話
カランカランと、鈴の音が響く。
ふと気付くと、少し埃っぽい空気が鼻に届く。
目の前に並ぶ本棚には、ぎっしりと本が並べられている。
店の奥に、白髪に赤い瞳の女と黒髪に青い瞳の女が立っている。
「……どういうことだ?」
祓い屋の男は、ヨウとルイの姿に戸惑いの声を漏らした。
目の前の奇妙な2人の女は、さっき自分が確かに祓ったはずなのだ。
先祖が陰陽師である男は、先祖代々引き継がれてきた術を使うことができる。
人ならざるものである2人の女は、札を用いて確かに祓ったはずだった。
「どういうことだ」
男が再度尋ねると、ルイは美しい笑みを浮かべる。
「私は、記憶を
「お前たちを祓った記憶は、偽りだと…?」
「そういうことね」
「しかし、私には護符が…」
男は、身を守るために護符を身につけている。
護符を入れているポケットに手を入れた男は、そのまま固まる。
確かに護符を入れたはずのポケットには、何も入っていない。
「お前が探しているのは、これか?」
ヨウは、ひらりと札を見せる。
それは確かに、男が自ら書いた護符だった。
「何故お前が持っている…?」
「我は、時を喰らうもの。お前たちが店に入ってきた瞬間に、お前たちの時を喰らった」
「しかし、私はその時点で護符を身につけていたはずだ。何故、時を奪える」
男の疑問に、ヨウはにやりと笑う。
そして、手に持っている護符を赤い炎で燃やす。
「術者より力の強いものに、術は効かない。陰陽師の末裔のくせに、そんなことも知らないのか?」
くっ、と男は悔し気に声を漏らす。
青い目の女には護符が効いたから、赤い目の女にも護符が効くと高をくくっていた。
ふと隣に立つ助手に目を向けると、時が止まったかのように立ったまま動かない。
「私の助手に何をした!」
憤る祓い屋の男に、ヨウは何でもないように肩をすくめる。
「時を喰らっているだけだ」
ヨウが時を喰らっている間、その者の体は時が止まったように動かなくなる。
そのまま時を喰らい続ければ死ぬが、ヨウに人を殺す趣味はない。
「我らはただ、己の居場所を守っているだけだ」
居場所がなかったヨウに、店を開いてはどうかと言ったのは1人の侍だった。
その男が書物が好きだと言ったから、本屋を開くことにした。
自分と同じように独りだったルイに声をかけ、店を開いた。
店に来た客は、本を読む。
その対価として、時と記憶を奪う。
「
それが、ヨウとルイにとって唯一の居場所なのだ。
しかし祓い屋の男は、ヨウの言葉に納得がいかないように首を横に振る。
「それが、時と記憶を奪う言い訳にはなりはしない」
男は、偽りの記憶の中で述べた言葉をもう一度繰り返す。
「人から時を奪うということは、寿命を奪っていることと同じ。記憶を奪うということは、思い出を奪うということと同じ。時と記憶を奪うということは、人を害しているのと同じだ」
男の言葉に、ルイは首を傾げる。
「人は短い命のくせに、生きているだけで記憶を失っていくわ。1日前に話したことや、ひと月前に読んだ本の内容。1年前に訪れた場所や、10年前に交わした約束。多くのことを忘れながら生きているのだから、たったひと時の記憶を奪われたところで何も支障はないでしょう」
「それは…」
確かに、人は全ての記憶を覚えているわけではない。
幼い頃の記憶は大人になるにつれて忘れていき、思い出は時に記憶の中に埋もれる。
「しかしそれでも、他者に奪われてよいものではない」
時も、記憶も、その人だけのものなのだ。
祓い屋の男は、懐から新たに札を取り出す。
男の持つ札の中で、一番強いものだ。
それを、ヨウとルイに向かって放つ。
しかしヨウが軽く手を振ると、札は赤い炎に包まれて消えた。
『…私では勝てないか』
明らかに、格が違う。
ヨウは、ゆっくりと祓い屋の男に向かって歩く。
祓い屋の男は、咄嗟に動かない助手を背中に庇う。
「…助手だけは見逃してくれ」
「奇妙なことを言う」
ヨウは、祓い屋の男の目の前で足を止める。
「お前たちは、人ならざるものは全て人を殺すものだと思っているのか?」
「…私を殺さないのか」
「我は、時を喰らうもの。人を喰う趣味はない」
ヨウの赤い瞳が、怪しげに光る。
「祓い屋の男よ。もう二度と、我らに関わらないことだ」
祓い屋の男の体が、青い風に包まれる。
「まぁ、客として来るのであれば歓迎しよう」
ふと気付くと、男は事務所にいた。
いつもと変わらない事務所の椅子に、自分は座っている。
いつも通りの日常のはずなのに、どこか違和感があるような気がする。
「居眠りですか?珍しいですね」
助手の男が、机にコーヒーを置く。
そんな当たり前の光景に、どこかほっと安心する。
「また新しい依頼が来てますよ」
「そうか」
ふと違和感を覚えて懐に手を入れると、いつも身につけているはずの札が無くなっていた。
1週間かけて書いた最強の札だったというのに。
「どこかに落としたか…」
「またですか?相変わらずついてないですね」
助手の淹れてくれたコーヒーを飲むと、苦い味が口の中に広がった。
「ねぇ、知ってる?あの噂」
「何の噂?」
「奇妙な本屋の噂」
こそこそと、小さな囁きで噂は広まっていく。
「駅の近くにある小さな本屋に行くと、奇妙なことが起こるらしいよ」
「昼間に行ったはずなのに、気付くと夜中になってたり」
「本屋の場所も、店の人の顔も思い出せなかったり」
「へぇ。面白そう」
「…行ってみる?」
カランカランと、鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい」
客から時と記憶を対価として貰う、奇妙な本屋。
今日も、
奇妙な話 国城 花 @kunishiro
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