いいわけ(言い分け)
あそうぎ零(阿僧祇 零)
いいわけ(言い分け)
ある時代の某国では「言い分け」、つまり言葉の使い分けが何より重視されていた。
その煩雑さと厳格さは、現代の我々には到底理解の及ぶところではない。しかし、人間のみが築き上げた言葉という文化の極端な一断面を見る思いがして、極めて興味深い。
「私」に代表される自称を例に挙げて説明しよう。
その国では、身分によって自称が厳密に区分されていた。概略は以下のとおりである。(男性の例)
国王:
公爵:
侯爵:
伯爵:
子爵:我が輩
男爵:
大富豪:
中富豪:
小富豪:
中流庶民:私
下流庶民:
貧民:
大貧民:
現代人の目から見ると、ひどく差別的であるし、異様なまでに煩雑だ。
しかし、驚くのはまだ早い。上記規定に違反した者に課される刑罰は、極めて峻厳だった。
間違え方により、刑罰の種類が異なっていた。複雑なので詳細な説明は省くが、本来使うべき自称と、誤って使った自称との隔たりの大きさにより、刑罰の軽重を決めるのが基本であった。
最高刑は打ち首、つまり死刑で、刑の適用に身分の上下は考慮されなかった。この点に限れば、法の下の平等が実現していたともいえよう。
それを象徴する事件の存在が、残っている数少ない史料から読み取れる。
その時の王は、異例にも大貧民出身だった。というのは、前王は子をもうけないまま突然崩御した。慌てた宮廷は、苦肉の策を考え出した。王がお忍びで馴染んでいた遊女が生んだ子を探し出し、後継の王としたのだ。
ある日、王は諸大臣の親任式に臨んだ。
訓示する際、自分を「朕」と呼ぶべきところ、うっかり即位前の習慣が出て「愚生」と言ってしまった。王はただちに収監され、即決裁判で打ち首を宣告された。刑は翌日執行された。
こうした混乱に乗じた隣国に侵攻されたその国は、たちまち滅亡した。その際、多くの史料が失われたため、この国に関する研究はほとんど進んでいない。
《完》
いいわけ(言い分け) あそうぎ零(阿僧祇 零) @asougi_0
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