たった今、俺は人を殺した。

来住 美生

第1話 完結

 たった今、俺は静香を殺した。

1年ほど前に静香(25歳)と出会った。俺には家庭がある。いわゆる不倫だ。静香も承知だったはずだ。それが最近は一緒になってくれ、結婚してくれ、と二言目にはそれだ。ほとほと疲れた。お前とは遊びだったんだよ。殺すしかない。しかし、俺にも情がある。なるべく、痛くないように殺してやろう。


 午後7時。俺は静香の家へ行った。静香の部屋はボロアパートの2階だ。俺が久しぶりに静香の家へ行くと言ったら、ヤツは大喜びだった。静香は。お気に入りの花柄のスカートで俺を出迎えた。俺は下戸だが、静香はお酒が好きだ。まずは高級ワインをたらふく飲ませた。酩酊して寝たところで心臓をブスリ。簡単だった。でも、俺は警察には捕まりたくない。ムショなんてごめんだ。俺は酔った静香を介抱するがごとく、抱えて部屋を出た。最近、静香はブクブク太りやがって非常に重い。今日の一番の難所だ。『ドサッ、ドドドドドッ』しくじった。階段から落としてしまった。


 俺は周囲を見渡した。幸い人影はない。俺は急いで俺の車の助手席に乗せた。車は軽なのでトランクルームに遺体を隠すには狭すぎた。しかし、問題はない。このように帽子を深く被せてしまえば遺体とは思わないだろう。裸足はまずいので、お気に入りの厚底サンダルを履かせた。時間は午前0時。出発だ。車で30分の所に人気のない山道がある。その雑木林に遺体を隠すつもりだ。遺体さえ見つからなければ事件にならない。静香は風俗の店を転々としていたので捜索願いも出されないだろう。完璧だ。これで完全犯罪の成立だ。


 赤い赤色灯が見えた。検問だ。ここでUターンでもすれば怪しまれる。俺は冷静だ。静香に毛布を掛けた。帽子をさらに深く被せた。

 『ピー、止まって下さい。』道路脇から警官が近づく。警官は助手席方向から運転席に近づいた。俺は窓を開けた。『すいませーん、飲酒運転の取り締まりをしています。免許証をお願いします。』俺は免許証を手渡した。『えーっと、天満さんですね。珍しいお名前ですね。52歳と。お隣で寝ている方は?』警官はニコニコしている。『家内です。ほんの少し前、寝てしまいました。私はお酒は飲めませんから飲んでいませんよ。急いでいるんで、もうよろしいですか』と無表情かつ、冷静に答えた。しかし、警官は『でも車内からお酒の匂いがするんですよね』と、まだニコニコして言う。かすかにワインの匂いが漂う。≪そうか、静香のやつ、シャツにでもワインをこぼしたな≫


 俺は『いやぁ、家内のやつ、ワインをがぶ飲みして寝ちゃっているんですよ。その匂いかな』と愛想笑いを浮かべながら答えた。警官は『じゃあ、奥様にもアルコールチェックのご協力をお願いできますでしょうか』などとほざいた。俺は『運転もしていないのに、アルコールチェックの必要はないでしょ』と語気を荒げた。警官は『冗談ですよ。すいません。ところで奥様はお若いですね、厚底サンダルとは』とニコニコして言う。確かに俺の家内は厚底サンダルなんて履かない。しかし、家内と言い切ったんだ。白を切るしかない。『そんなのどうでもいいでしょ!家内の趣味なんです。』俺はぶちぎれ気味に怒鳴った。警官は『趣味なんですね。ところで奥様はヨガの先生ですか。手首がすごく曲がっていますけど』と、指を差す。静香の手首がありえない方向に曲がっている。あの時だ。階段から落とした時、手首が曲がってしまったんだ。俺は焦った。『えーっと、この手首はですね、そうだ。何でも寝ながら手首をこーやって曲げると健康にいいって、家内が言ってました』と、へらへら笑いながら、急場をしのいだ。信じてもらえるか心配したが、警官は『そうですか』とそれ以上の追及はなかった。その時、静香のスマホが鳴った。


 警官は『出てよろしいですよ』と答えたが、出る訳にはいかない。しかしスマホは無情にもなり続ける。『出ていいですよ』と再度催促され、俺は静香のスマホを手に取った。≪ママ≫と表示されていた。俺は声色を変え、『もしもし、今取り込み中。かけ直します』と小さな声で手短に電話を切った。警官は『奥様の携帯ですよね。奥様のものまねしなくても夫です、とか言って出ればいいのに』と、ごもっともな回答を返してきた。俺は『そうだったですね。気が動転してしまいました』と答える。汗が出る。警官が懐中電灯を静香の顔に向けた。ヤバい。警官は『あれー、奥様の口から血が出ていますよ』と言う。もう俺は汗が止まらない。『ホントだ。ワインかな、ハロウィンの仮装かな』俺はしどろもどろになってしまった。警官の目が光った。『あなた、人を殺しましたね』


 俺の車に5,6人の警官が取り囲む。俺は『はい』と言って観念した。俺は『口から血が出ていたなんて。それさえなければ・・・』と独り言のごとくつぶやいた。警官は『私はあなたの車を止めた時から、あやしいと思っていましたよ』と答えた。俺は小さく≪えっ≫と顔を上げた。『最初から?』『ええ。最初から不信感がありました。そしてつじつまの合わない、言い訳じみた供述でしょ。すぐに助手席の人が被害者と思いましたよ』


 『なぜ?』警官は『まあ、車から降りなさい』と車のドアを開けた。俺は車から降り、助手席側にくるように手招きされた。助手席側のドアを見た時、俺は合点がいった。静香のスカートが出ている。警官が言う。『スカートの裾が挟まったまま、車に乗る人はいませんよね。あなたの供述によれば、寝たのはついさっきで、車に乗る際は助手席の方も起きていたはず。スカートの裾が挟まったままというのはおかしい。他にも滑稽な供述がたくさんありましたがね。とりあえず、遺体遺棄の現行犯で逮捕します』肩を落とした俺の手に手錠がかけられた。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たった今、俺は人を殺した。 来住 美生 @kisumiyoshii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ