聞きたい言葉はひとつだけ

景綱

第1話


 僕はなんて冷たい男なんだろう。

 ただただ嬉しくって受け取ってしまった。君の気持ちも考えずに受け取ってしまった。誕生日プレゼントを女の子から貰うなんてことはじめてだったから。舞い上がってしまった。

 君のこと好きじゃないのに。

 傷ついたよね。君の心はひび割れてしまったよね。


 全部、僕が悪い。謝ったからって君のひび割れた心を修復することなんてできないよね。

 何を言ったとしても、すべていいわけにしかならない。

 君は勇気を出して告白してくれたのに。プレゼント貰った嬉しさで頭がいっぱいで、君の大切な言葉を聞いていなかった。


 君はとても優しい人。そんな僕を責めなかった。君の友達たちにはこっぴどく責められたけど。あのときは腹が立ったけど、今ならわかる。

 気がついたよ。


 僕は、僕は、なんて冷たい男なんだろう。本当にごめん。

 それでも、僕にいいわけを言わせてくれるかな。ううん、ダメだよね。わかっている。今更遅いって。

 あのとき、君と付き合っていればよかった。


 気がついたよ。君がいなくなってはじめて気がついたよ。僕はどうしようもなく馬鹿だったんだってこと。

 あのときに戻って、やり直したい。

 僕のいいわけなんて聞かなくていい。いや、聞いてほしいかな。やっぱり。君がいないのに無理か。僕の言葉は届かない。

 溜め息を漏らして、空を見上げる。


「先輩」


 えっ、この声は。


「かなえちゃん」


 難病にかかり専門医のいる病院に入院したはず。それで遠くに引っ越したはず。なのに、なぜここに。


「あの、あのさ。えっと。いいわけ言ってもいいかな」


 ああ、もう。何を言っている。そうじゃないだろう。もっと言いたいことがあるだろう。僕ときたら、まったく。


「ダメです。いいわけなんて聞きません。私が聞きたいのは、別の、別の言葉」


 頬を赤く染める君の心臓音がここまで聞こえてきそうだ。ほら、僕の胸にまでドクンドクンと響いてくる。


 ああ、僕はやっぱり馬鹿だ。この子の顔をきちんと見たのははじめてかもしれない。こんなにも可愛らしいのに。どこを見ていたんだ。

 厚いレンズの眼鏡越しの瞳も、天然パーマの髪の毛も可愛いじゃないか。


 一瞬、奥の植え込みがガサリと揺れて視線を向けた。なるほど、そういうことか。引っ越ししたはずの君がここにいるのは、そういうことか。嘘だったんだな。

 みんな優しい。そんな友達がいる君も優しい。そうだよね。

 僕は頬を緩ませて、一言だけ呟いた。


「スキだ」


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聞きたい言葉はひとつだけ 景綱 @kagetuna525

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