第24話 スカウト【綾香目線】

 私にいやらしい手つきで身体に気安く触れて、セクハラしてくる悠斗と健司。明らかに立場の弱くなった私を標的にしてくる。


 私を玉環たまきのように気の弱い女だと勘違いしているので、


「ふざけないで! 誰があんたたちみたいなダサい男と寝なきゃなんないのよ!」


 悠斗と健司を一喝していた。


 私の肩に触れた悠斗と髪を撫でてきた健司、二人の手を叩くようにして振り払う。ちょっと構ってやったら、男なんてすぐに調子に乗って、馴れ馴れしくしてきて鬱陶うっとうしい!


 二人に弱みを見せたら、それこそ私は玉環たまきと同じ玩具おもちゃ同然になってしまう。


 私に触れていいのは春臣……いいえ、有り得ない!


 獣みたいな性欲に吐き気が催してきそうになっていると二人は私をこき下ろす。


「おい、悠斗。綾香みてえなビッチ相手してねえで沙耶乃ちゃんとこ行こうぜ」

「おまえもMっ気あんだなぁ……まあ沙耶乃ちやんのほうが百倍かわいいのは認める」


 健司は悠斗の肩に触れ、私よりもあろうことか、邪険にされた沙耶乃のところへゆこうと誘っていた。


「なっ!?」


 ビッチなんかじゃないし、沙耶乃のほうが優れてるなんて腹立たしいこと、このうえない……。だけど、二人のカモにされるくらいなら、一人でいたほうがマシと言えた。


 二人が私のもとから去る姿を見て、私は強く思い直した。



(私は沙耶乃を越えるアイドルになるの)



 どいつもこいつも私を馬鹿にして! 白石さやを越えるアイドルになったら、私をいじめていたクラスメートたちって、告発してやるんだから、覚えておきなさいよ!



――――放課後。


 沙耶乃の周りに集まる取り巻きたち。 


 クラスメートたちの手のひらの返し方にはらわたが煮えくり返るほどの強い不満を抱いていた。


「沙耶乃ちゃん、黄泉坂だったころのエピソード聞かせて!」

「うん、いいよ!」


 地味な子がおずおずしながら沙耶乃にアイドルだった頃のことを訊ねると、沙耶乃は嘘くさい笑みを浮かべて快諾かいだくしていた。


 沙耶乃の作り笑いに騙されて、馬鹿な子。


 沙耶乃に訊ねたあの子なんて、いつも私に読モのことをしつこいくらい訊いてきたのに、手のひら返すとかサイテーよっ!


 ムカつく、ムカつく!


 私の地位を……いいえ、大事なものすべてを奪い取った泥棒猫の沙耶乃。それに私を助けたとか勘違いして、いい気になっている春臣。


 嫌い、嫌い、ぜんぶ嫌い!


「沙耶乃さ、今日、虎太郎を学童保育で預かってもらってるから、暇だったら遊びにいかねーか?」

「あっ! そうだね、歓迎会を兼ねて行こうよ」


 裏切り者の美穂が楽しそうに沙耶乃を遊びに誘う。私には趣味のこと内緒にしていたのに沙耶乃には簡単に打ち明けて……。それに同調する奈緒子。私が着てる服はなんでも欲しがったくせに。


 なにが友だちなのよ!


 二人がせっかく誘っているというのに、沙耶乃はわざとらしく悩ましい顔の演技をする。あの子の常套手段で本当にムカつく。どうせ、アイドルを辞めたから暇なくせに!


「うん……行きたいんだけど、お兄ちゃんが……」

「俺はいいよ、せっかく沙耶乃にこっちで友だちができたんだ。遠慮なく遊んできなよ」


 春臣も春臣よ!


 私が好きなんて告白しておいて、放置とかあり得ないでしょ!!!


 それに美穂と奈緒子……あんたたちは絶対に許さない。私を裏切って、沙耶乃に尻尾振るとか。元アイドルの肩書きにコロッと騙されるって、愚か過ぎる。


 春臣は私を気遣うことなく、一人で帰ってしまった。私が一人でいてるんだから、一緒に帰ろうとか声くらいかけなさいよ!


 春臣のばかーーーーーーっ!!!



 腹の虫が収まらず……。


 ドンッ!


「痛いっ!」


 下校中、男女並んで歩くカップルを引き裂くように体当たりしながら、道を歩く。


「なにすんだよ! 謝れよ!」


 彼氏と思しき生徒が拳を振りあげ、怒っていたが無視してそのまますたすたと歩き去っていた。裂いた瞬間はいい気味と気持ちが高揚するが、毒虫を飲まされたような私の胸の苦しみが癒えることはない。


 バカップルを分からすことに疲れた頃には気づいたら制服のまま繁華街に出てきており、どうして満たされない心を埋めようかと思っていたときだった。


 髪を金に染めたチャラそうなホスト風の優男が両手を広げて、私の進路を妨害する。イラついて私は怒気をはらんで男に言い放った。


「どいて!」

「どかないよ」


 優男はにこにこしながら、両手を広げたまま。こういうときはアンケートやらキャッチセールスの類いに違いなく本当にろくでもないことが待っているので、そのまま踵を返して元来た道を戻ろうとしていた。


「キミ、かわいいね!」


 優男は素早く私の前に回りこみ、知れたことを白い歯を見せながら言っていた。


「なに当たり前のこと言ってるの? 仕様もないナンパならどっか行ってよね。私、そういうのに馴れてるから」

「違う、違う。いやね、街で特別輝いてるキミをスカウトしちゃおっかなと思ってねー」


「スカウト? ま、間に合ってるから!」


 断りはしたものの、普段ならこんな見え透いた言葉、真に受けないのに、今の私にはぐらりと満たされない心を揺さぶるものがある……。


 優男は私を飽きさせないためか、まるでバスケのディフェンスのように小刻みに身体を動かして、畳みかけるように私を誉めちぎっていた。


「えーっ、キミみたいなかわいい子が素人でいてるなんてもったいなさ過ぎ! 登録だけでもしてみない?」


 未成年にキャバクラや風俗業の登録なんてさせないだろうとは思うが、チャラい男のなりからして分かったものじゃない!


 だけど……。


 気にならないと言えば、嘘になる。


「登録?」


 いけないと思いつつも、男の言うことが気になって、立ち止まり首を傾げると優男は芸能事務所のスカウトと名乗り、私に名刺を差し出してきた。


「ヴィーナスステージ? 聞いたことのないところね……」

「そう? グループアイドルなんかもやってるんたけどなぁ」


 グループアイドル!?


 事務所が無名であることに優男が残念がり、ボソッと呟いた言葉に私は思わず、身を乗り出しそうになる。


 オーディションに落ち続け、沙耶乃からは馬鹿にされているに決まっている私にずっと止まない雨のなか、一筋の光明が差したような気がした。


 それでも念には念を入れて訊ねてみると、


「どうせ、育成費とか必要なんでしょ?」

「いらない、いらない」


 優男は首と手を振って、無料であることを強くアピールしていた。さっきまで聞く耳すら持っていなかった私は気になって、男に逐一聞き返していた。


「じゃあ、どうすればいいの?」


 男は目を瞑り少し顎をあげるようにして思案したあと、私に告げた。


「そうだね、まずは事務所に行って簡単な登録を済ませちゃおうか。でも怖いことなんかないからね、プロのカメラマンが宣材写真を撮るだけだから」



 優男のあとをついてゆくと小汚らしいビルの事務所を想像していたのだけれど、意外にもマンションの一室で真新しく丁寧に掃除もされていた。


 大きな机を前に悠々と座るアラフォーぐらいのイケオジがおり、「うちの諏訪です」と優男からは事務所の社長だと紹介される。


 諏訪社長に私はすがるような思いで訴えた。


「私、白石さやを越えるアイドルになりたいんです!」

「ああ、キミならなれる! 私たちが全力でバックアップしてあげるからね」


 何度もオーディションを受け、落ち続けた私に諏訪社長はまるで太鼓判を押してくれているようだった。大人の男性といった感じの優しげな声の励ましを受け、私の心は安堵してしまう。


「ただしね、ちゃんとうちの養成プログラムを受けてもらわないといけないんだ」


 安堵したのも束の間、社長の言葉にドキッとしてしまった。


「お金は……」

「大丈夫、大丈夫! うちはそんな阿漕あこぎなことはしないよぉー」


 恐る恐る訊ねると、社長は大笑いして私の不安を吹き飛ばしてくれたのだ。


 ふかふかの本革のソファーに座り、大理石のような天板のテーブルのうえで私はペンを持って、


「じゃ、ここにサインしてね」


 社長が引き出しの奥から取り出した書類に名前を書きこんでいた。


 書類にサインを終えたときだった。


「じゃあ、さっそく働いて……ステージに出てもらおうか」

「えっ!? いまからですか?」

「そうだよ、もう綾香ちゃんはアイドルなんだからね!」


 こんなにも簡単にアイドルになれるなら何故もっと早くここにこなかったのかと思ったが、私はこれから始まる地獄のような日々を味わうなんて、このときは知る由もなかった……。

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