君の為に~いいわけ~

猫兎彩愛

第1話

「嘘つき。こんなことしてもらっても嬉しくなんて無いんだから……」


 私は、弱っていく彼を見て後悔した。涙が溢れてくる。


 全ては私の、為、だったのね――


 ――一年前、


 私には交際5年で、同棲している彼がいる。このまま彼と結婚するんだな、って、思ってた。彼もそうなんだろうなって。


 でも……彼は変わってしまった。あの日から……。


「今日、遅くなるから」


「分かった。行ってらっしゃい」


 朝の何気ない会話。


 今日は彼、会社の飲み会で遅くなる。久々の一人。簡単に夕食を済ませ、録画していたドラマ等を観て過ごす。


 明日は土曜日。何処行こう? ……なんて、呑気にしてた。


 暫くして時計を見ると、深夜2時を回っている。


 遅い。


 スマホを見るも、彼からなにも連絡は無し。


 どうして……? それから、暫く眠れなかった。


 ガチャンと、扉の閉まる音がして目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。


 時間を見ると、午前9時。


 彼は今、帰ってきたらしい。


 こんな時間まで何処に行っていたの……?


 言いたい事は山ほどあったはずなのに、言葉が出てこない。口から出た言葉は


「おかえり。遅かったのね」


 これだけ。彼はそんな私に


「ただいま。ごめん……」


 と、だけ言って部屋に入ってしまった。


 もしかして、浮気……? とかじゃない……よね?


 真面目な彼だから、何か事情があったのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、その日はそれ以上聞けなかった。


 それから彼の帰宅が遅くなる事が増えた。遅くなるっていっても、数時間。午後6時には家に帰るはずが、いつも8時過ぎ。


「何処行ってたのー?」


 って聞くも、


「ちょっと寄り道しただけだよ」


 って……


 そんな日々が続き、急に彼が


「週末泊まりで出張になったから」


 なんて……


 怪しい。


 でも、本当に仕事かもしれないし。


 なんて、モヤモヤ考える。


 そんな私の気持ちに気付いてかは分からないけれど……


「どうしたの? そんな顔して。俺が居ないと寂しい?」


 ちょっと悪戯っぽい笑顔を見せながら言う。


「うん、そりゃ……寂しいよ? だって、同棲してから泊まりでなんて離れたこと無かったし……仕事じゃしょうがないけどね」


 と、少し拗ねて見せると、


「そかー。寂しいか。よしよし」


 と、頭を撫で撫で。


 もうー。と、言いながら彼の顔を見ると、少し寂しげな、ちょっと困った様な表情。


 どうして、そんな顔……何かあったの? 何だか少し胸騒ぎがして、聞こうと思ったけど、私が寂しいって言って困らせてるんならもっと困るよね……とか、色々考えてたら聞けなかった。


 ――この表情の意味を私は後から知ることになる。


 週末になった。何だか朝から気が重かった。本当に出張なの……? 毎日遅かったし、誰かと会ってたんじゃ……。そんな風に考えてしまう自分も嫌だった。


 でも……。


 笑顔で送り出さなきゃ、駄目だよね。

 精一杯の笑顔で


「行ってらっしゃい!」


 って、送り出した。


 パタンと扉が閉まった向こう側を暫く見つめて、また、モヤモヤが残る。


 聞きたいなら、聞けば良いのに聞けない……


 彼に限って、彼なら大丈夫って、聞けない自分に言い訳してばかり……


 *


 ――2日後、


 彼が出張から、帰ってきた。


 何だか様子がおかしい。酷く疲れてるみたい?


「おかえり。大変だったみたいね? 大丈夫?」


「ああ。大丈夫……だよ。これ、お土産」


 そう言って彼が渡してきたお土産には見覚えがあった。


 これ、この間……彼が、通販で注文してたやつ……何で? 何で、嘘、つくの? やっぱり、浮気? どう、して……?


 それから数日後、隣で寝ている彼のスマホがピコンと鳴った。


 何気なく、その画面を見てみると……


 アキという名前で、可愛い犬のアイコン。

 そして……


『この間の事、大丈夫? 彼女にバレてない?』


 の文字……


 どういうこと? アキって、誰? やっぱり、浮気してる?


 もう、黙ってられない……。彼が起きたら聞こう。


 *


「ねえ、彼方かなたくん、話があるんだけど」


 真剣な顔をしてる私に、彼は驚きながらも、少し困った顔をしながら聞いてくる。


「どうしたの? 何かあった?」


 何か……って。彼方くん、何か隠してるよね?


「どうしたの? って、分かんない? 最近の彼方くん変だよ?」


「そうかな? いつも通りだよ。ああ、仕事忙しかったからかなー」


 ……なんて彼がまた、困った顔で微笑みながら言う。


「誤魔化さないで。何か私に隠し事してない

 ?」


 私がそう、問い詰めると……


「いや、してないよ? あ……もしかして、浮気してるとか思った? 最近遅かったから? あれも、仕事だよ。仕事。最近、残業続きだったし、出張も大変だったよ」


 私、浮気だなんて言ってないのに……自分から言うなんて怪しすぎる。


「本当に……仕事? 私、信じて良いんだよね?」


「あ。ああ、大丈夫だよ。信じて? ……っと、ごめん、こんなタイミングで言うのも何だけど、また、今週末から仕事で……今回は一週間位、家に帰れそうに無いんだ」


「え? 一週間も……?」


「そうなんだ。今度の仕事大変で。ごめんな」


「良いよ、謝らなくても。仕事、なんでしょ? 頑張ってね……?」


「う……ん、頑張るよ」


 何だかぎこちない。彼が言う全てが言い訳にしか聞こえなくなっていた。


 *


 ――数日後、


 彼が、一週間の泊まりの仕事から帰宅し、急に私に一言。


「ごめん、別れてほしい」


 帰って早々、そんな事を言われると思ってなかった私はずっと思ってた疑問を口にしてしまった。


「どういうこと……? もしかして、アキさんて人と関係ある?」


 私が言った事で、彼が呟いたのを聞き逃さなかった。


「何でアキのこと……」


「やっぱり! 関係あるんだ。その人の事、好きになったの? 私はもう、要らなくなったの? 好きじゃ無くなった?」


 私の問いに、彼が落ち着いた口調で話す。


「アキは……関係ないよ。未來みらいと、居るの、疲れちゃったんだ。ごめんね。家は俺が出ていくから使ってな」


 そう言うと、また部屋に入ってしまった。


 な……に? 疲れたって、どういうこと?

 もう、駄目……なの? 私はその場に泣き崩れた……



 *



 ――彼が出て行って三ヶ月


 まだ、傷は癒えていない。

 この家は思い出が多すぎる。


 そんな事を考えながら過ごしていたある日、知らない番号から電話が。


 出てみると、電話の相手はかなり焦った様子で


「未來さんですか? 俺、彼方の親友のアキって言います。急いで○○病院へ来て下さいっ!」


 ん? 今、アキって言った? ○○病院って、どういうこと?


「えと、どういうことですか?」


 すると、電話のアキさんて男の人が


「詳しくは来てから話します。とにかく、急いで!」


 私は言われるがまま、○○病院へ急いだ。


 *


 病院に到着すると、アキさんらしき人が『こっちです』と、いうので行くと、そこには痩せ細って変わり果てた彼方の姿があった。


 え? 彼方……?


 私は彼方が寝ているベッドの横に行き、話し掛ける。


「か、な……た?」


 すると、ベッドに横たわっている彼が驚いた顔で、


「未來……? なんで……。アキ、言ったのか? あ……れ、ほど、み、らいには言うなって……」


 途切れ途切れになりながら、私と後ろにいる男性に言っている。アキという男性が、涙を浮かべて彼方に話す。


「だってさ、悲し過ぎるじゃん。いくら、未來ちゃんを悲しませたくないからって、あんな別れ方してさ、自分が悪者になって。……俺だって考えたよ? でもな、愛する人に誤解を与えたまま死ぬなんてやっぱり、駄目だよ」


 死ぬ? 彼方が? どうして? 自然に涙が溢れてくる。


「彼方、どうして言わなかったの? こんなの、嬉しくないよ。何で……」


 もう、自分が何を言っているかも分からなくなってきた。どうして、なんて……きっと優しい彼だから、私の為に……でも、でもっ、言って欲しかったよ。


「未來……ごめんな。……余命宣告された時、未來に伝え……たら、きっと最後まで一緒にいるって、言ってくれるの分かってた……でも、死ぬって分かってたから……未來に心配かけたくなくて、言えなかった。いっそ別れたら、もう、俺の事、気にしなくて良いって思って……本当にごめんな」


「私だって、愛してるよ。もっとずっと一緒に居たかった。……私も気付いてあげられなくて、ごめんなさい……いくらでも聞けるタイミングはあったのに、怖くて聞けなかった……浮気……まで、疑って……私……」


 もう、涙でぐちゃぐちゃだ。 彼方はゆっくりと、手を差し出して、私の頭を撫でた。


「未來、愛してるよ。来てくれてありがとう……最後に会えて良かった……」


 *


 彼が亡くなってから暫くして……私はミキさんに色々聞いた。


 週末や、一週間居なかったのは検査入院で、毎日遅かったのもずっと病院。


 その間、アキさんは彼方に付き合っていた。


 私に心配かけまいと、黙っていて、大丈夫になったら話すつもりだったと。


 でも、一週間の検査入院で助からない事が分かり、私に別れを告げたのだそう。


 浮気だと、思っていた彼がとっていた行動は全て私の為だった……なんて……


 こんなことなら『いいわけ』せずに、ちゃんと聞いていたら良かったな……


 後悔してももう、遅い……彼はもう、この世に居ない……


 私は彼のお墓の前で言う。


「嘘つき……下手な『いいわけ』なんてしないで真実を話して欲しかったよ。けど、私の為だったんだよね……大好きだよ。彼方……」



















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